第百二十話 姉妹②

 南方司令部へと向かう馬車の中で、エミリアはマリアの膝枕で横になっていた。

 時折マリアが嬉しそうにエミリアの頭を撫でる。

 周りの者がマリアを姉と思うのも無理はない光景だ。

 向かいの席と床にはマリアが用意した大量の食料と霊装が。強引に詰めたせいで鞄が悲鳴をあげている。

 それを眺め、エミリアはマリアに声をかけた。


「ちょっと多すぎない?」


 マリアが即座に否定する。


「ううん。目的地には補給線がないんだから、これでも少ないくらいだよ」


 真剣な表情のマリアに、エミリアは苦笑いした。


「運ぶの私たちだけど?」

「大丈夫、私が運ぶから。姉さんはシグルドリーヴァだけ持って、任務に集中して」


 そんなことできる訳ないでしょ。


 口の先まで出かかった言葉を飲み込み、『うん』と頷く。

 マリアの気持ちを否定したくはなかったからだ。

 本当に、こういうところは変わらないなぁとエミリアはマリアの頬に手を伸ばした。

 マリアが微笑み、手を握る。

 エミリアはいつもの自信満々な笑みを浮かべた。


「さっさとあの根暗をぶっ倒して、帝都に帰ろうね」


 途端、マリアが険しい顔を見せる。


「少佐との戦闘もだけど、今後のことで姉さんに一つお願いがあるの」

「なぁに?」


 マリアは少し迷うような素振りを見せた後、ジッとエミリアの瞳を見つめた。


「ヴァルキュリアスタイルは、もう使わないで」


 エミリアが目を見開く。


「マリア……」

「ごめん。元帥閣下とラプラス技師から……その……」


 あのお喋りたちめ……!


 心の中で毒づき、口をへの字に曲げる。

 気持ちを察したのか、マリアはエミリアの手を両手で握った。


「お願い。ヴァルキュリアスタイルは負担がかかり過ぎるわ。それに、そんな力を使わなくても姉さんは強いんだから」


 先のマティルダとの戦闘を思い出し、エミリアは唇を噛みしめた。

 『煌輝なるは雷帝の花嫁ブリリアント・ブライド』を発動したマティルダさえも封じたシグルドリーヴァのヴァルキュリアスタイル。

 だが、万全の状態で使えたのは一度だけ。その後は満足に槍を振るうことすらできなかった。


 私はもっと強く……本物にならなきゃ、ダメなのに……!


「……姉さん」

「うん、分かった」


 でも、それよりも、マリアに心配をかける方がずっと嫌で。


「安心して、もうあの力は使わない」

「ありがとう、姉さん」


 と、二人は微笑み合った。


 それからキーウ・ルーシを経由し、馬車に揺られること数日。

 二人は南方司令部へと辿り着いた。


「さてと……物資の補充をしないと」

「えっ!? まだ持ってくの!?」


 今のままでも一週間は保つであろう量の物資を前にしても、マリアに妥協はない。

 さすがのエミリアも驚き、固まってしまった。

 そんな二人へ近付いてくる女性が一人。


「お久しぶりです。エミリア准将、マリア大佐」


 その声にエミリアは破顔し抱きついた。


「モアっち〜! 久しぶりだね! 元気にしてた?」

「はい! 准将もお元気そうで何よりです」

「グランツ大尉、ロスドンから戻っていたんですね」

「えぇ、今ロスドンには精霊特化隊が入っていますから。──大佐も元気そうで良かった」


 マリアも笑顔で頭を下げた。

 モアを先頭に南方司令部の中を進んでいく。


「部屋を用意しましたから、今日はここで休んでいってください」

「ありがとね! モアっち!」

「それにしても驚きました。エミリア准将が南部に、しかもマリア大佐と二人だけでとは。第二精霊特化隊に戻られ、西部にいらっしゃるとばかり思っていました」

「あ〜……それは、ね……」


 言い淀むエミリアに、モアは慌て出した。


「し、失礼いたしました! そうですよね……准将たちは中央からの特命も受けられるお立場ですもんね……」

「ううん、こっちこそごめんね。詳しく言えないのに、物資を都合してもらって」

「そこはご安心ください。第一精霊特化隊のお陰で東と南の補給線が守られていますから」

「ギーゼラさんかぁ。じゃあジークフリートもそっちに行ったんだね」


 エミリアの言葉に、モアが首を傾げる。


「お聞きになられていないんですか?」

「何を?」


 エミリアも不思議そうな顔で聞き返した。


「ジークフリート准将は第十三精霊特化隊を率いてガムラスタへ進軍中です。クリスティーナ・グランフェルトを突破できるといいのですが……あの、どうかなさいましたか? 准将」


 モアの説明に、エミリアはしばし頭を抱え俯いていたが……。


「はあああああああああああああああ!!!?? 私たちがこんなコソコソやってる間にジークフリートが本丸攻めってどういうこと!? てか、十三って何よ!? 精霊特化隊は十二まででしょう!?」


 雄叫びをあげ、モアに詰め寄った。


「わ、私に言われましてもっ! 何でも、ジークフリート准将を指揮官とした新設の部隊だそうで……」

「私が隊長補佐なのにあいつは隊長でしかもあいつ用の部隊ってそんなのありなの!?」

「な、何と申しますかぁぁぁぁぁ……」


 エミリアにされるがまま、モアが前後に激しく揺さぶられる。

 マリアは慌ててエミリアを引き剥がした。


「姉さん! 気持ちは分かるけど、グランツ大尉のせいじゃないし……」

「マリアは知ってたの? このこと」


 エミリアが唇を尖らせ、マリアの顔を見上げる。

 マリアは申し訳なさそうに頷いた。


「言わなかったのはごめんなさい……。でも、聞いたら怒るでしょ……?」

「マリアには怒りたくないけど……やっぱりムカつく!」

「私にも怒らないでいただけると〜……」


 モアが訴えるがエミリアは聞いちゃいない。

 マリアの手を離れ、振り向いた。


「少し休むから、後のことはマリア、お願い」

「うん、分かった」


 シグルドリーヴァを肩に担ぎ、エミリアは大股でその場を後にした。






 スヴェリエへ向かう準備を終えたマリアは、建物の外で風に当たっていた。

 既に陽は傾いているが気温は丁度よく、時折吹く風が心地良い。

 そこへ、両手にカップを持ったモアがやってきた。


「お疲れ様。お茶でもどう?」

「ありがとうございます」


 礼儀正しく受け取るマリアにモアが笑う。


「二人の時くらいやめてよ、同期なんだから」

「うん、ごめんなさい」


 そう言ってマリアも微笑む。

 しかし、モアが煙草に火をつけるのを見て顔をしかめた。


「やめてなかったんだ。体に悪いよ」

「禁煙しようとチャレンジはしてるわよ? 毎回負けてるだけで」

「言い訳になってない」

「まぁまぁ。キーウ・ルーシにだって滅多に行けないし、南部は娯楽も少ないし、目の前はスヴェリエだし。せめてもの清涼剤ってことで一つ」


 と、モアは楽しげに笑うが、マリアが辛そうに目を伏せるのを見て、視線を彷徨わせた後煙草の火を消した。


「ごめんごめん。愚痴になっちゃって」


 マリアが首を振る。

 モアは励ますようにマリアの肩を小突いた。


「そんな顔しないでよ。私たち皆マリアに期待してるのよ? 早く偉くなって私たちの給料を上げてもらわなきゃ」

「私は自分の功績で中央にいる訳じゃない。全部姉さんのお陰なの。姉さんがいなかったら、軍に入ろうとも思わなかったし……」


 沈黙が流れる。

 だが突如、モアは『てりゃー』と気の抜けた声を発し、マリア目掛けて手刀を振り下ろした。

 マリアの体が自然と動き、目にも留まらぬ速さで背後を取る。

 それだけの動きをしながら、お茶が溢れるどころか表面には波一つ立っていない。

 モアはニヤリと笑い、両手をあげ降参を示した。


「自分で思ってる以上にマリアは優秀よ。エミリアさんが何もしなくても、貴女は今の場所にいたと思う」

「私は……」

「軍学校の頃から変わらないわね。自分を過小評価しちゃうとこも、心配性なとこも、エミリアさんのことが大好きなとこも」

「……うん」


 モアはマリアの手を引き、切り株に座るよう促した。


「自信を持って。あれだけ準備したのだって全部エミリアさんの為でしょ? 任務の中身が分からないから無責任な言い方になっちゃうけど、マリアのやりたいことをやれば大丈夫よ」

「ありがとう。また、弱気になっちゃってた……。少しは、変われたと思ってたんだけど……」

「無理に変わらなくてもいいんじゃない? そうだ。落ち着いたら同期の皆で集まらない? 皆、それぞれの場所で頑張ってるし」


 その提案に、マリアは嬉しそうに頷き、立ち上がる。


「そうだね。モア、本当にありがとう。じゃあそろそろ部屋に戻るね」

「うん、ゆっくり休んで。明日見送りぐらいはできると思うから声かけてね」


 二人は笑顔で固く握手をした。

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