第六章 大戦編②
第百十五話 瓦解
ウルドたち三姉妹に案内され、ミカたちは国境線である川までやってきた。
アクセルが破壊した橋は元通りどころか幅が拡張され、より頑丈なものとなっていた。
ミカが振り向き頭を下げる。
「案内、感謝する」
「いえ、お気をつけて」
応えたのはスクルドだ。いつも通りの事務的な口調。
それだけ交わし、終わりの筈、だったが……。
「エミリアちゃん! 戦争が終わったら、今度は遊びに来てくださいね!」
スクルドの肩に手を乗せ、ヴェルダンディがひょっこりと顔を出した。
戸惑いを見せるかと思いきや、エミリアが笑う。
「えぇ、あんたたちも帝国に来なさいよ。案内してあげる。……飛鳥なら、きっとそうなるように終わらせてくれるよね」
「はい!」
二人のやり取りに、スクルドとミカは呆気に取られてしまった。
スクルドが額に手を当て、呻くように口を開く。
「姉さん、無駄話は……。というか、この方々は一応敵ですよ」
「悪い癖が出てますよ! スクルド! 敵でも、後から友達になることだってできます!」
ヴェルダンディは人差し指をビシッと立て、スクルドを叱った。どうやら本気で言っているらしい。
そんな二人の横をすり抜け、ウルドがバスケットを差し出した。
「たくさん作ったから、道中皆で食べてね」
「うん、ありがとう」
エミリアが素直に礼を述べる。
「何から何まで、その……申し訳ない」
複雑そうな表情を浮かべつつも、ミカも謝意を示した。
ウルドが柔らかな笑みを浮かべる。
だが、その時だった。
ミカの背後で、レオンがオレルス・スカディの弦に指をかけた。
スクルドの目つきが鋭くなる。
ミカも同じだ。後ろ手にレオンの右腕を強く握りしめた。
「では、我々はこれで。改めて貴女たちに感謝を。レグルス陛下にもそうお伝え願いたい」
「はい! お任せください!」
ヴェルダンディが元気よく敬礼してみせる。
ミカたちを見送り、三姉妹も踵を返した。
「エミリアちゃん、可愛かったですね! また会えるのが楽しみです!」
「そうね。ロマノーは大きな街も多いし、早く行ってみたいわね」
なんて呑気な、もとい微笑ましいやり取りの一歩後ろで、スクルドの表情はこわばったままだ。
「スクルド? どうかしたの?」
ウルドに問いかけられ、スクルドが顔をあげる。
そこへヴェルダンディが両手で彼女の頬を持ち上げた。
「ほら、笑ってくださいスクルド! せっかくの美人が台無しですよ!」
「ご、ごめんなさい……。そうですね、これ以上何事もなく、終わってくれるといいですね……」
スクルドは辛そうな笑顔を浮かべ、目を伏せた。
川を渡り、三姉妹の姿が見えなくなったのを確認してから、ミカはレオンの腕を離した。
「──中尉」
「何でしょうか? 准将殿」
振り向き様に、ミカはレオンを殴りつけた。その表情は先ほどまでとは打って変わって険しいものだ。
レオンも血を吐き捨て、ミカを睨んだ。
「お前、何を考えている?」
「質問の意図が分かりかねますが?」
「とぼけるな!! 彼女たちを攻撃するつもりだったな?! そんなことをすればどうなるか……! 分からないとは言わせんぞ!!」
レオンは座ったままヘラヘラと笑っている。
襟を掴み上げ、ミカはもう一度レオンを殴り飛ばした。
「アルヴェーン准将、上官だからってこんな不当な暴力は良くないと思うんですが、止めてもらえませんかねぇ?」
レオンがエミリアへ視線をやる。
しかし、彼女は軽蔑するような目でレオンを見下ろした。
「あんたを擁護する点が見つからないんだけど。それより答えなさい。どういうつもり? あの子たちは私の──」
「友達ってか? あんたら本当、つくづく救えねぇなぁ」
地面に転がったまま、レオンが嘲笑う。
「何だと?」
レオンは立ち上がり、再びオレルス・スカディに指をかけた。
「あの姉妹を殺せば、マティルダ・レグルスは軍を動かし、ロマノーは北と南両方から攻められることになる。個人的にはそうなってもらいたかったんだけどなぁ」
「……そういうことか」
ミカはグラムを手に取り、レオンへ向けた。
「中尉、最後に一つ聞いておきたい。──お前は、帝国の敵か?」
「その予定っすね」
「予定?」
エミリアが問う。
レオンは二人を馬鹿にするように顔を歪めた。
「戦ってみてあんたらも分かったでしょう? この戦争、ロマノーは負ける。それじゃあ俺は支配する側に立てない」
「つまりお前は、王国の獣人排斥に賛同すると?」
「そうなるのも仕方ないでしょ」
「──! 中尉! あんたねぇ!」
エミリアがレオンに飛びかかるが簡単に避けられてしまい、反対に蹴り飛ばされてしまった。
レオンが鼻で笑う。
「紛い物はそこで大人しくしといてくださいよ。言っときますけど、俺は差別主義者じゃあありませんよ? けど、結果的にそうなるなら無理に止める必要もないでしょ」
「もういい、黙れ」
「そうだ、あんたたちも一緒に王国に行きませんか? 俺たちが持ってる情報と伝承武装を手土産にすれば向こうも無下にはしないっすよ」
「黙れと言ったのが聞こえなかったか? ──行くぞ、グラム」
表面の黒い金属が弾け飛び、銀色の十字架が姿を現した。光のエレメントが渦を巻き、剣身を作り上げていく。
ほぼ同時にレオンが矢を放つ。
それを受け止めるが──。
これほどとは……!? だが!!
歯を食いしばり、ミカはグラムを振り抜いた。そのまま大地を蹴り、レオン目掛けて斬りつける。
だがレオンはその一撃どころか、降り注いだ光刃の雨さえも避けてみせた。
「何っ!?」
「今の俺とあんたじゃ、これだけ差があるってことですよ。あんたは伝承世界の連中に見限られた。神々の終末を招いた邪神と獣を討てなかったばかりか、借り物の力に意味はないと連中を否定した。愛想つかされて当然っすよ」
その言葉に、ミカは口の端を上げた。
「何がおかしいんすか?」
「いや何、それならそれで構わんさ。お前のように醜く堕ちるよりはずっと良い」
レオンの笑みが消える。彼の気持ちを表すかのように風が荒れ狂い始めた。
「ほざいてろ。最後に勝つのは俺だ」
レオンが弓を引き絞る。
荒れ狂う風が集まっていき、輝く矢を生み出した。
「決して癒えることのないスカディの傷だ。苦しみ続けろ、ミカ・ジークフリート!!」
矢が放たれる。
対して、ミカは両手でしっかりとグラムを握りしめた。
「これこそは魔獣を討ち滅ぼす陽光の魔剣。獣に堕ちたお前の心根、斬り伏せてやろう」
光と風のエレメントがぶつかり合う。
その余波は大地に爪を立て、木々を薙いだ。
「……! クソっ!!」
視界が晴れた時には、既にレオンの姿は無かった。
不安そうな表情を浮かべ、エミリアがミカに近付いていく。
「まずは北方司令部に行き、中央に報告を入れるぞ。その後は──」
「うん、すぐに追撃しよ」
グラムを腰に戻し、二人は北方司令部へと急いだ。
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