第百十三話 尋問

「かなり回復したようですね。出なさい、尋問を行います」


 スクルドの冷たい声が響き渡る。

 キルマインナム刑務所──エール王城の西に建てられていた、現在は使われていない砦を改築したものだ。

 エールでは元々各集落に地下牢が作られていたが、飛鳥の『いくら刑務所だからってこんな劣悪な環境ダメだよ』の一声でキルマインナムにその機能が集約されることとなった。

 一般の受刑者はもちろん、精霊使いでも破れないよう強力な術式が張り巡らされている。

 背を向けたまま返事すらしない女に対し、スクルドは再び声をかけた。


「こちらを向きなさい、エミリア・アルヴェーン」


 だが、エミリアは何も発しない。そればかりか、スクルドを挑発するように耳をほじり横になってしまった。

 珍しくスクルドの頬がピクピクと動く。

 そこに割って入ったのはウルドだ。


「良かったぁ、残さずちゃんと食べてくれたんですね。作った甲斐がありました」


 ウルドは空になった食器を見つめ、小さな子どもを褒めるように述べた。

 ヴェルダンディも「姉様の料理は最高ですからね!」などと我が事のように笑っている。

 二人の呑気な態度にスクルドは大きな溜め息をついた。

 そのやり取りを聞いていたエミリアが起き上がる。


「本当に出ていいの? あんたらなんて、私の敵じゃないけど?」


 スクルドは馬鹿にするように笑うエミリアを睨みつけた。


「強がりはやめなさい。その手錠は精霊使い用に作った特殊なものです、今の貴女など脅威ではありません」

「フンっ、どうせソフィアに作らせたものでしょ。自分の手柄みたいに言わないでくれる?」


 二人の視線が火花を散らす。

 その様子にヴェルダンディは慌てふためき、ウルドに牢の鍵を渡すと彼女の背中に隠れてしまった。

 ウルドがヴェルダンディの頭を撫で、鍵を開ける。


「はい、それじゃあ行きましょう」


 尚も朗らかに微笑むウルドに、エミリアは唇を尖らせた。


「調子狂うなぁ……。分かったわよ、敗者には何の権利もないしね」


 尋問室には木製の机が一つと人数分の椅子が置かれていた。鉄格子が嵌め込まれた小さな窓からは陽の光が差し込んでいる。

 スクルドとエミリアが向かい合って座り、ウルドとヴェルダンディは壁を背にして椅子に腰を下ろした。


「ここでの発言は全て公式なものとして記録され、軍の資料室に保管されます。いいですね?」


 紙とペンを取り出し、スクルドが告げる。

 エミリアは無言のまま首肯した。


「では、まず所属と階級を述べてください」

「……ロマノー帝国軍中央総隊、第二精霊特化隊兼特務隊『八芒星オクタグラム』所属。階級は准将」


 スクルドは言われた通りにペンを走らせる。


「次に年齢ですが──」

「あんたらにどう見えてるかなんて知らないけど」


 途端にエミリアの語気が強まる。足を組み、不機嫌丸出しで言い放った。


「私はこれでも二十三歳、れっきとした成人だから」


 どう反応しようか迷い、スクルドが視線を落とす。

 それが余計に気に障ったらしく、エミリアは大声をあげた。


「どいつもこいつも、いっつもその反応! 身長だけで判断すんなっての!!」

「そ、それを証明できるものは……」


 エミリアの迫力にスクルドはタジタジになりつつ問いかける。

 問われたエミリアは益々眉を吊り上げ、


「はぁ? あんたバカじゃないの? 軍事行動中に市民証を持ち歩くやつなんている? エールはそうなの? どうなのよ?!」


 早口で一気に捲し立てた。

 見かねたウルドが立ち上がり、エミリアの両肩に手を置く。

 ヴェルダンディも中腰になり彼女に顔を近付けた。


「気持ちは分かるわ。女の子はいつだって背伸びをしたいもの、私も小さい頃はそうだったのよ」

「そうじゃなくて……!」


 慈愛に満ちたウルドの微笑みに、エミリアがトーンダウンする。しかし……。


「でも嘘はダメですよ! さっきスクルドが言った通り、このやり取りは公式記録として残りますからね! 尋問に問題がなかったか詳細に残すようにとの国王様の命令ですから!」

「だから嘘じゃないっつってんでしょ!!」

「へぶっ!!?」


 ビシッと人差し指を立て叱るヴェルダンディにエミリアは全力で頭突きをかました。


「いだあああああああああああああああいいい!! 鼻血出たああああああああああああああああああああ!!」


 その場に崩れ落ち、ヴェルダンディが泣きじゃくる。

 これではどちらが子どもか分からない。いや、どちらも大人なのだが。

 スクルドはヴェルダンディの鼻に丸めたハンカチを詰め椅子に座らせた。


「姉さんたちは座っていてください……。……尋問を再開します」

「ねぇ、私からも聞きたいことがあるんだけど」

「何でしょうか? 答えられる範囲であればお答えします」


 スクルドは警戒したままだが、エミリアの方は少し落ち着いたらしい。

 真剣な表情でこう口にした。


「あんたらにはさ、飛鳥ってどう映ってる?」

「陛下ですか……?」


 エミリアは「うん」と頷き、続ける。


「私の第一印象は何て言うか……変なやつだけど、油断ならないって感じだった。アーニャのことになるとすぐ怒るし、剣はどう見ても我流。でもめちゃくちゃ強くて、天性のバトルセンスを持ってた。癖の強い上層部相手にも遠慮なく意見してたし」


 そして、エミリアは初めて飛鳥と共闘した時のことを話して聞かせた。

 聞いていた三人が微笑む。


「全然変わってませんね! 国王様は!」


 最初に口を開いたのはヴェルダンディだ。


「そうね。今の陛下なら見張りごと正門を吹き飛ばして正面突破なんてことはしないでしょうけど」


 と、ウルド。

 最後にスクルドが話し始めた。


「私たちはマティルダ様との決闘に勝利した方という話を先に聞いていましたから、貴女とは少し状況が違います。ですがその在り方はロマノーにいらっしゃった頃のまま。陛下は誰かが自分の前に立つことを許しません。でもそれは傲慢からではなく、王は常に先頭に立ち民を守るというレグルス家を体現したものです。獣人ではなく人間がそれを為している……それだけで、命を預けられると思える方です」

「そっか。国王なんて偉くなっても、飛鳥は飛鳥のままなんだね……」


 三人一緒に同意を示す。

 エミリアは肩の力が抜けたように息を吐き出し微笑んだ。


「私からはそれだけ。続けていいわよ」

「分かりました。では──」


 その後は妙な緊張感はなく、エミリアへの尋問が続いたのだった。






 同時刻、キルマインナム刑務所内別室。


「騒がしくしてしまってすまないな」

「気にするな、こっちもだ」


 申し訳なさそうに笑うミカに対し、アクセルは呆れた様子で返した。


「しかし、エールのナンバースリー自ら尋問とは。司令部にいなくていいのか?」

「俺は尋問官じゃねぇ。てめぇに一つだけ聞きたいことがある」

「……?」


 一転して殺気立つアクセルにミカが身構える。


「正直に答えろ。スヴェン・ラプラスは生きてるんだな?」

「…………あぁ」

「いつ知った?」

「つい最近のことだ。伝承武装の強化の為、陛下の宮殿に行った時だ」


 ミカの答えにアクセルが眉をひそめる。


「宮殿? 開発局じゃなくてか?」

「スヴェン・ラプラスの生存について知っているのは政府と軍の上層部、それと俺たちぐらいだ。二年ほど前から陛下と元帥閣下の指示の下、研究を再開していたらしい」

「二年……」


 アクセルは拳を握りしめた。


「今回のことで思い知らされたよ」

「あ?」


 ミカの表情は後悔や失意、だがその中に怒りも見えて。


「お前を否定するつもりはない。十五という若さであの伝承世界へ行き、力の代償として肉体を失い、大罪を犯した。今も苦しんでいる筈だ」

「知った風な口を聞くじゃねぇか」

「……だがお前は肉体を取り戻し、伝承世界の力を我が物とした。それはもう、お前自身の力だ」

「何が言いたい?」


 ミカは言葉を選んでいるのか目を瞑り、口を固く結んでいる。


「はっきり言えよ。今更化け物だの何だの言われても気にしねぇよ」


 アクセルに促され、ミカはゆっくりと目を開けた。


「誰かに、何かに頼った力など本当の力ではない。自身で掴み取らなければ、目的を果たすことも守りたいモノを守ることもできない」

「フン、今時珍しいことを言うやつだ」


 アクセルはどこか嬉しそうだ。

 反対にミカは思い詰めたような表情を崩さない。


「俺からも、聞いていいか?」

「答えられる範囲でならな」

「ロマノーとスヴェリエだけでなく、エールにも大陸統一はさせないと言ったな。あれはどういう意味だ? 自国を強大にしたいと思うのが普通だと思うが?」


 ミカの問いにアクセルは首を振った。


「エールに大陸全土を背負うだけの余裕はねぇ。この国はまだ足元を固めている最中だ。それに……」


 そう遠くない未来、飛鳥とアーニャは神界に帰ることになる。いや、帰らせなきゃならねぇ。

 だがその先は……。マティルダは前を向けるのか? 飛鳥のように先頭に立ち続けられるやつがこの国にいるか……?


「それに、何だ?」


 ミカが首を傾げる。


「いや、何でもない」


 しばしの沈黙の後、ミカは意を決したように再び疑問を口にした。


「もう一つだけいいか? もし、スヴェン・ラプラスに会ったら──」

「やつは俺が殺す」


 迷いなく答えるアクセルにミカが息を呑む。


「それと、もしじゃねぇ。この戦争が終わったら俺はロマノーに行き、必ずスヴェンを殺す」

「リスト女史はお前たちの仲間だろう? 彼女の父親でもか?」


 アクセルは無言のまま、だがしっかりと頷いた。


「話は終わりだ、交代で尋問官が来る。邪魔したな」


 ミカの返事を待たず、アクセルが立ち上がる。

 決意に満ちたアクセルの背中を眺め、ミカは項垂れた。


「アクセル・ローグ。お前は、そこまで……。ならば、俺は……」


 ミカのか細い声が、一人残された部屋に虚しく響き渡った。

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