第百十話 神を喰らう獣②
「おおおおおおおおおおッ!!」
「どうしたどうした!! そのッ、程度かァ!!」
もう何度打ち合っただろうか。
先ほどまでとは比べものにならない、打ち合う度にまるで大砲の発射音のような轟音が響き渡る。
それだけではない。
振り抜く度に光刃と氷弾が生み出され、二人の周りでぶつかり合い、破片となったそれらは地面を抉り、木々を裂いた。
息もつかせぬ連打の果て、突然アクセルの体にブレが生じた。
氷弾が抉ってできた地面の溝に足を取られたのだ。
「──そこだ!!」
それを見逃すミカではない。力強く踏み込み、アクセルの首を貫かんとグラムを突き出した。
残り僅か一メートル、時間にしてコンマ何秒という迫りくる死に相対しても、アクセルの表情は変わらない。あろうことか、軸足に力を入れ前に進み出た。
「ッ!?」
ミカの目が大きく見開かれ、グラムが揺れる。
軌道が変わり左肩を斬られたが、そんなことお構いなしにアクセルは右拳を握りしめた。そして──。
「温いことしてんじゃねぇぞ……ジークフリートォ!!」
真正面からミカの顔面を殴り抜いた。
「がぁっ!? ……うぅ、あ……」
ミカの鼻と口から赤黒いドロっとした血が垂れる。左手で血を拭い、グラムを支えに立ち上がった。
「カハッ、ハハハハ……」
アクセルは手から滴り落ちる血を気にも留めず、掠れた笑い声を漏らしながらミカへ近付いていく。
その姿を睨めつけ、ミカは歯を食いしばった。
「狂っている」
「……あ?」
「お前の体のことは聞いている。だが……いくら不死に近いとはいえ、自ら刃に向かっていくなど狂っている以外に表現できるか?」
「ん、あぁ……」
左手をしげしげと見つめ、そこでようやく肩の傷に気がついた。打ち合う内に熱が入ってしまっていたようだ。
『分かってると思いますけどぉ、もう生身の体ですからぁ、これからは刺されてもいいや戦法はダメですよぉ?』
『そうですね。いいか? アクセル、刺されてもいいや戦法は絶対にダメだからな』
『えと……生身とか関係なく痛いのは辛いですし、皆心配しますから、刺されてもいいや戦法はやめてくださいね?』
ソフィアや飛鳥、アーニャとのやり取りを思い出し、アクセルはふぅっと息を吐き出した。
「アホくせぇ……」
大体何だその名前……ダセェ……。
でも今は、またそんなアホくさいやり取りがしたくて。
アクセルは血に濡れた手をミカに見せつけた。
「……?」
ミカが警戒しながら一歩下がる。
「よく見ろよ。不死の体が血を流すか? 俺はこの通り肉体を取り戻している」
「何!? それなら、今までのは……」
ミカの顔がサッと青ざめる。
アクセルは少しだけ憐れむように続けた。
「あぁ、俺は俺の体とエレメントで戦っている。獣どもはエレメントをエサにして……ソフィアは『召喚術式』なんて名付けてたがどうでもいい。そもそも、世界で俺にしか扱えない力に名前をつけて何になるってんだよなァ?」
しかしミカはアクセルの話など聞いていない。
震える唇で呟いた。
「神と英雄の力を借りて尚、届かないのか……!? 俺は……! 俺、は……」
思ってもみなかった事実を突きつけられ、ミカの心が絶望に蝕まれていく。指が一本、また一本とグラムから離れていった、その時だった──。
「離すな」
アクセルの言葉に、ミカが不思議そうに顔を上げる。
「てめぇの残った目は何の為にある。左腕は、その体は飾りか?」
「何を、言って……?」
意図が分からず、ミカの表情が益々困惑の色に染まった。
アクセルがミカを真っ直ぐ見つめる。だが、その瞳には先ほどまでの怒りも憐れみもない。
「人の身で俺たちを倒すと言ったな? なら両目で俺を見ろ、両手で剣を取れ。文字通り全身全霊でかかってこい」
「どういうつもりだ……。何故、そんなことを……」
「今のロマノーにもスヴェリエにも、もちろんエールにも大陸統一なんざさせねぇ。それは俺の目的と違うからなァ。もしそんなことになれば相手が誰だろうと構わねぇ、俺が全てぶっ潰す」
ギラリと光るアクセルの瞳に、ミカは息を呑んだ。
「さぁどうする、そん時敵いませんと指を咥えて見てるか? 違うよなァ? ──ロマノーの敵を倒すのがてめぇの生きる理由なら、それに見合ったもんを見せてみろ」
「…………」
長い沈黙の後、ミカはグラムを地面から引き抜き、両手でしっかりと握りしめた。身を沈め、水平に構える。
「礼を言わせてもらう。やはりお前は──」
「足りねぇよ」
「?」
「『
ミカの口元が僅かに綻ぶ。しかし、すぐに固く結び地面を蹴った。
ほぼ無音。耳を澄まさなければ聞こえないほど小さな、金属が擦れ合う音が一つ。
互いの耳がその音を捉えた時には、二人の距離は大きく開いていた。
同時に身を翻し、二撃目、三撃目と攻撃を交わしていく。
「何だ、やればできるじゃねぇか」
「いつまで余裕ぶっているつもりだ?」
ミカの動きが更に加速する。アクセルの首、心臓、そして逃れられぬよう両足目掛けグラムを振るった。
アクセルも負けてはいない。
寸分違わぬタイミングで襲いかかってきた斬撃を全て弾き、返す刀でミカの顔面目掛け蹴りを放つ。
だが、後数センチのところで躱されてしまった。
『
飛鳥の『
このまま打ち合い、継戦力で勝ったとしてもあまり意味はない。
いつ他国が攻めてくるか分からない、戦況によっては飛鳥たちが戻る前に西エウロパ平原の戦闘に介入する必要も出てくる。
この戦闘で力を使い切る訳にはいかない。
ならば──。
「何を考えている?」
アクセルは横へ飛び、頬から流れる血を拭いもせずミカを睨みつけた。
ミカがグラムを振り被る。
「先ほどの台詞、そのまま返そう。全身全霊で向かってこい、アクセル・ローグ」
グラムが光を纏い、巨大な渦を作り上げていく。
アクセルは地面スレスレまで身を沈めた。
「言われなくてもそのつもりだ。今度こそ完全に喰らってやるよ」
「穿て! グラム!!」
光の渦が集束し放たれる。
アクセルは駆け出し、その先端へスレイプニルを叩きつけた。
初めは拮抗していた両者だが、やがて。
「馬鹿なッ!?」
スレイプニルが光の渦を喰い破り、ミカの腹部を捉えた。
「ぐぅっ!」
弾き飛ばされたミカをアクセルは猛スピードで、まるで狼の
そしてあっという間に追いつき、狼が爪を立てるように何度も何度もスレイプニルでミカの体を切りつけた。
「があああああああああ!!」
「終わりだ」
崩れ落ちるミカへ、アクセルは両足を大きく開き飛びつく。
「《
巨大な狼が獲物を喰い千切るように蹴りを叩き込み、ミカは声をあげる間もなく気を失った。
アクセルは立ち上がり、服についた砂埃を払う。
「
背を向けたまま告げ、歩き出したアクセルであったが──。
「随分手酷くやられたようだな。フラついているぞ?」
マティルダに肩を組まれ鬱陶しそうに振り払った。
「何の真似だ。つーか何だその格好は。目が痛ぇ、離れろ」
「これは飛鳥に捧げる余の花嫁衣装だ! 光り輝くのも当然のこと! それより、奮戦した褒美に余の肩を貸してやろう! 掴まるがよい!」
「いらねぇよ。飛鳥以外に触られるのは嫌なんだろう?」
「だから褒美だと言っているだろう!」
「うるせぇ、とにかく一旦戻るぞ」
尚も腕を掴むマティルダを無視し、兵の方へ視線をやる。
ミカたちの敗北を受け、ロマノー兵は一目散に撤退していった。
それに安堵の溜め息をついたのも束の間。
神妙な面持ちで鼻をおさえるマティルダにアクセルは首を傾げた。
「ん? どうした?」
「血の臭いだ」
「当たり前だろ、戦闘の後だぞ?」
「違う。ロマノーの兵たちが撤退していった方向からだ」
そこへ慌てた様子でカトルとクララが飛んできた。
クララの方は精霊使いの兵を抱えている。
「マティルダ様! 大変です!」
「何があった?!」
「これをご覧ください!」
クララが手を離すと、精霊使いの兵は急いで遠望術式を展開し始めた。
映し出された光景にマティルダが目を見張る。
「援軍か……!? これだけの人数を一体……! いや、それよりも──」
「はい。あの者たちは仲間である筈の兵を殺害しながらこちらへ向かってきています」
大地を埋め尽くす大軍勢。その数は百や二百では足りない。
しかも援軍と思しき集団は撤退していったロマノー兵を助けるどころか何の躊躇いもなく殺害し始めた。
更に奇妙なのはその構成だ。とても訓練を受けたとは思えない老人や女子供まで混じっている。
カトルがマティルダに詰め寄った。
「この人数で奴らを止めるのは困難です!」
「分かっている! すぐに砦まで後退し、守りを固めるぞ! ヴォーダンに伝えてくれ!」
「はっ!」
カトルが飛び立つのと同時に、アクセルも砦とは反対方向に向かって歩き出した。
マティルダがアクセルの腕を引っ張る。
「何をしている、余たちも撤退の準備をするぞ」
「俺は残る」
その言葉にマティルダだけでなく、クララまで険しい表情を浮かべた。
「何を言っているのだ! まさか、あの人数を相手にするつもりではないだろうな!?」
「そのつもりだ」
迷いなく答えるアクセルを無理やり振り向かせる。しかし、彼の表情にマティルダは言葉に詰まってしまった。
いつも見せる怒りでも嘲笑でもない。今にも崩れ落ちそうなほどの痛み、苦しみ、悲しみとも取れる表情。
「アクセル……?」
「頼む。これは俺がやるべきことなんだ」
自然と、マティルダは手を離してしまった。答えを怖がりながら問いかける。
「ちゃんと……戻ってくるのだろうな……?」
「あぁ」
「戻ってこなければ許さんぞ……! 貴様には……」
「分かってる。大丈夫だ、分かってるから……」
マティルダが拳を握りしめる。
「クララ、行くぞ」
「マティルダちゃん……」
「すまないな」
それだけ言い残し、アクセルは歩き出した。
ヘルが体の中から脳に指を這わせる。
浮かび上がってきた情報の羅列に吐き気を催すが足は止めない。
国境の川を越え、アクセルはロマノーの地を踏みしめた。
待っていたかのように川底からミドガルズオルムがその巨体を現し、両国を繋ぐ唯一の橋を押し潰した。
「ソフィア、許してくれとは言わねぇ」
だが、俺は──。
「今度こそ殺してやるよ。スヴェン・ラプラス」
そう口にし、アクセルはセントピーテルの方角を睨みつけた。
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