第百八話 花嫁②

 エミリアは燦然と輝きを放つマティルダの姿に顔を引きつらせた。


特異能力シンギュラースキルが変化──いや、進化したの……!?」

「第八門ってのは何でもありかよ。何が天上の精霊使いだ」


 レオンが憎らしげに吐き捨てる。


「俺からしたら化け物だよ、あんたらは」


 しかし、マティルダはレオンの言葉など聞いていない。

 カトルたちの元へ駆け寄り、クルっと一回転してみせた。


「どうだ? この姿。飛鳥が喜んでくれるとよいが……」


 先ほどまでの殺伐とした空気はどこへやら。

 両太ももに開かれたスリットの片方を摘み、頬を紅潮させながら二人に尋ねた。

 その仕草に釣られ、カトルとクララにも笑顔が戻る。


「ご安心ください、きっとお喜びになりますよ」

「私が保証しよー」


 二人に太鼓判を押され、マティルダの目がより大きく開き頬が引き上がる。

 その表情はとても可愛らしく、本当に幸せそうで。

 カトルたちは思わず口元を押さえ、ギュッと目を閉じた。


「はー? 何その顔見たことないんだけどー。マティルダちゃん可愛すぎかー?」


 クララが普段とは比べものにならないほどの早口でまくし立て、カトルの服の裾を引く。


「カトルもそう思うでしょー?」

「えっ、それは……」


 話を振られたカトルは顔を赤くし咳払いした。


「しゅ、主君に対して可愛いとかはその、あまり適切ではないというか……」


 照れているのか、言葉にいつもの歯切れの良さがない。

 クララはちゃんとしろとでも言いたげにカトルの背を思いっきり叩いた。

 痛みに悶えるカトルにマティルダが笑う。


「そんなこと気にするでない、余たちの仲ではないか。」

「はっ、では……。とても可愛らしく、我が王も秒で落ちるかと」

「そうか。そうかそうか!」


 マティルダは益々嬉しそうに笑い、ミョルニルをクルクルと回した。

 そんな和やかな雰囲気を破ったのはもちろん──。


「ちょっと!! あんたたちいい加減にしなさいよ!! 今戦いの最中なのよ!!?」


 エミリアは目尻を思いっきり吊り上げ、シグルドリーヴァを三人に向けた。

 彼女の怒りはもっともだ。

 およそ戦場に似つかわしくない単語が飛び交い、標的は自分を無視して話に花を咲かせている。

 馬鹿にされたような気分なのだろう。

 マティルダはカトルたちへ下がるよう促し、エミリアへ向き直った。


「すまない。ついはしゃいでしまった」

「馬鹿にして……!」


 柔らかい笑みをたたえるマティルダに、エミリアは歯を食いしばり重心を落とす。

 そして、三度新たな力の名を口にしようとしたが──。


「シグルドリーヴァ、局地顕現ディストラクション

「やめよ」


 マティルダが眉をひそめ制止した。


「それ以上は貴様の体が保たんぞ」

「あんた……! 何で、知って……!?」


 エミリアの声は震えている。

 マティルダは彼女を少しでも落ち着かせようと首をゆっくりと横に振った。


「知らん。獣人としての勘だ」

「どこまで馬鹿にすれば気が済むのよ! あんたはっ!!」

「馬鹿になどしておらんよ。……何故そこまでする? そんなにエールが憎いのか?」


 エミリアは答えない。何かに焦っているように、険しい顔のままマティルダを見つめている。

 仕方がないとマティルダは溜め息をついた。


「ならばそちらの男に聞こう。余たちはどちらにもつく気はない、何故このような真似をする」

「はっ、そんな言葉信じると思ってんのか?」


 レオンがマティルダを睨みつける。


「どちらにもつく気はないって? 笑えない冗談だ。俺は以前エスティで雷帝に剣を向けられたんだぜ? 今もだ。何でナグルファルを止めようとしてんだよ?」

「ガムラスタを陥させぬ為だ」

「ほら見ろ、スヴェリエに味方してんじゃねぇか!」

「違うッ!!」


 気圧され、レオンは一歩後ずさった。


「スヴェリエが負ければ人間が、ロマノーが負ければ獣人が滅びの道を辿ることになる。飛鳥はそれを止めようとしているだけだ。あやつは、貴様ら両国を相手取るつもりでいる」


 マティルダの言葉にエミリアは唖然とした。

 だが、しばらくして──。


「専守防衛だの何だの言って、結局最後は総取りか。やっぱ恐ろしいやつだな、雷帝は」


 と、レオンは大声で笑った。

 マティルダが少しだけ寂しそうに述べる。


「大陸統一など飛鳥は望んでおらん。この戦争が終わってくれればそれでよい。……そしてこの国ように、人間と獣人が互いを理解し合うようになれば、尚更……」


 それにレオンは皮肉をかました。


「人間と獣人が理解し合う、か。最近まで国を閉じてた割には良いこと言うねぇ」

「そうだな。飛鳥に出逢わなければ今の余は、エールはなかった。外からやってくる獣人は、貴様らに傷つけられた者ばかりだったからな」


 マティルダの怒りとも悲しみとも取れる表情に、エミリアは心の底から辛そうに目を伏せたが、レオンは──。


「おいおい、スヴェリエの差別主義者共と一緒にしないでくれよ。俺たちはちゃあんと能力で評価してんだ。傷つけたなんて心外だなぁ」


 それが当たり前であるかのように、落ちていった者たちを嘲笑うかのように口の端を上げた。


「弱肉強食は世の常だ、否定するつもりはない。だが、それによって弱者とされた者を守るのが王であり、為政者であり、貴様らのように力ある者の役目だ。それが国というものだ。違うか?」


 自身の言葉に胸を張り、マティルダはレオンに問いかけた。

 それだけは、飛鳥と出逢う以前と変わらない。

 父と母から何度も教えられ、その背中を見てきた。

 自分もそうありたいと努めてきたつもりだ。

 しかし、レオンは呆れたように首を振った。


「獣人であるあんたなら分かってくれると思ったが、案外ぬるいな」

「何事も加減が重要ということだ。覇を競う他国相手ならともかく、同じ国民にやり過ぎれば国は必ず衰える。その先に待つのは滅亡しかない」

「そうかもなぁ。だから大陸を統一して、国をでかくする必要があんのよ」

「…………」


 自分はまだまだだと、マティルダは思う。

 レオンは軍人だ。当然政治には関わっていないだろう。

 だが、立場などどうでもいい。『八芒星オクタグラム』ほどの力があれば、助けを求める自国の民をどれだけ救えるか。

 それこそ、飛鳥のように。

 伝えたいのはただそれだけ。でも、それさえ伝えることができない。分かり合うことができない。

 飛鳥はあんなにも簡単に自分に伝えてくれたというのに。

 それなら、今の自分がやるべきことは──。

 砦の更に後方、王城で帰りを待つ者たちを思い浮かべ、マティルダは静かに息を吐き目を閉じた。

 彼女の放つ闘気に、空気がピンっと張り詰める。


「ならば……」

「ん?」


 レオンは警戒するように首を少しだけ傾けた。

 マティルダがゆっくりと目を開け、レオンとエミリアを睨めつける。


「これで最後だ。貴様らは、何の為に戦っている。答えよ」


 レオンがエミリアに視線を移すが、彼女はマティルダを見つめたまま動かない。

 彼は面倒そうに頭をかき、先に口を開いた。


「以前の俺ならまぁ、金の為って答えてただろうな。もちろん安全な仕事じゃないが、軍人は身分も保証されてるし給料も馬鹿高いからな。けど……」


 レオンが再び相手を嘲るかのような笑みを浮かべる。


「この力を得た今は違う。敵を倒したくて倒したくて仕方がないんだ。俺は強くなった! スヴェリエを蹂躙し! 大陸統一の暁には、俺は支配する側に立つ! ……その為に戦ってんだよ」

「くだらん」

「何ぃ……!?」


 レオンの顔が歪み、青筋を立てた。


「力を誇示する為の戦いなど、ただの弱い者いじめと変わらんよ」

「てんめぇ……!」


 顔を真っ赤にし、怒りをあらわにするレオンを無視し、マティルダはエミリアに促した。


「貴様も同じ口か? 娘よ」

「私は娘じゃないって言ってんでしょうが……! ……私は、私には護りたいものがある。護りたい人がいる。それだけよ」


 エミリアの答えにマティルダは微笑んだ。


「それを聞いて安心したぞ。さぁ、武器を取れ。決着をつけよう」

「言われなくてもそのつもりだ」


 レオンが矢を放つ。

 そして、マティルダが避けるのを見て目を見張り笑った。


「姿が変わってもスカディの傷からは逃げられないようだなぁ!!」

「うむ! それはそうだ! エレメントは強化されたが能力自体は変わっておらんからな!」


 聞いていたカトルとクララが一斉に声をあげる。


「マティルダ様!? 何故敵に教えるんですか!?」

「それ言わなくてもよくなーいー?」


 向かってくる矢を全て紙一重で躱し、マティルダはミョルニルを叩きつけた。

 地面がめくれ上がり衝撃波が広がる。

 しかし、レオンは攻撃の手を緩めない。飛び退きつつも矢を放った。


「私も、行かないと……」


 力を振り絞り、冷や汗を垂らしながらエミリアが立ち上がる。

 それに気付いたマティルダは地面を蹴り上げた。

 砂で目を潰されレオンが叫ぶ。


「何の真似だ! この……!」


 エミリアはシグルドリーヴァを握りしめ穂先に炎を灯した。


「シグルドリーヴァ、局地顕現ディストラクション……! スタイル・ヘルフィヨトゥル……!」

「やめよと言うのが分からんか」

「──ッ!」


 マティルダがシグルドリーヴァを掴み上げる。

 そのあまりの速さにエミリアは青ざめた。


「護りたい者がいると言ったな。ならばこれ以上その力は使うな。貴様がここで死んだら、誰がその者を守るのだ?」

「あんたには関係ない! それより、いいの? シグルドリーヴァを掴んで」

「何? ──むっ?」


 途端に全身が重くなり、マティルダは怪訝そうな顔をした。

 青ざめながらもエミリアが震える唇で笑う。


「ヘルフィヨトゥル。その名が意味するのは縛め、足枷……これでもう、あんたは動けない」


 レオンが放った矢が無数に分裂し、嵐の如くマティルダへ襲いかかった。

 このままではエミリアも巻き込まれてしまう。そう判断したマティルダは短く鋭い息を吐き出しエミリアを投げ飛ばした。

 エミリアが戸惑いを見せる。


「どうして……!?」


 直後──。


「はあああああああああああああああああああああああああ!!!」


 咆哮と共に放たれた光のエレメントが矢の嵐を吹き飛ばしてしまった。

 レオンの目が大きく開かれる。


「はっ……? 馬鹿な!?」

「これは飛鳥に捧げる花嫁衣装だ! 傷つけさせる訳にはいかん!」


 マティルダはミョルニルを両手で握り、大地を強く蹴り飛ばした。


「受けよ! これが余最大の一撃だ!」


 エレメントを纏い、ミョルニルがより一層輝きを放つ。

 その輝きは満点の星空よりも眩く、大地を照らす陽光よりも激しく。

 高く飛び上がったマティルダは全ての力を込め、ミョルニルを振り下ろした。


「《誓約雷哮トールハンマー・ノワ・ヌプタ》ッ!!!」


 地割れが起き、そこから噴き上がった光は空まで届き雲を消し飛ばした。

 直撃こそ免れたものの、巨大な鉄塊で思いっきり殴りつけられたかのような衝撃波を全身に受け、レオンとエミリアは声をあげる間もなく数十メートル弾き飛ばされた。

 ピクリとも動かない二人を眺め、カトルが尋ねる。


「マティルダ様、彼らは……」

「安心せよ、殺してはおらん。砦から兵を呼び捕らえよ」

「はっ、かしこまりました!」


 マティルダはミョルニルを地面に下ろすと、少しずれたティアラを着け直しナグルファルがいる方角を見つめた。

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