第百六話 再臨
リズムを取るように、レオンはつま先で地面をトントンと突いた。
「オレルス・スカディ、
纏っていた風のエレメントが消える。
そしてオレルス・スカディもイチイの木でできた酷く簡素なものへと姿を変えた。
両の拳を握りしめ、空を仰ぐ。
「すげぇな……。こんな気分は生まれて初めてだ」
フッと息を吐き、兵たちへ声をかけた。
「俺が合図したら橋を架けて攻め込め。但し、あまり俺に近付くなよ? 巻き込みたくはないからな」
マティルダへ弓を向け、弦を引き絞る。
「そらよっ!!」
放たれた風の矢は途中で急加速を見せ、マティルダの眉間を撃ち抜かんと襲いかかった。
ミョルニルを振り下ろし叩き落とすが──。
これが風のエレメントか……!? これではまるで──。
あまりの速度と威力にマティルダは歯を食いしばった。
レオンが、今度は空に向け弦を引く。
「さぁ行け! エールを陥すぞ!」
ロマノー兵が鬨の声をあげ突撃していく。
レオンが放った矢は上空で無数に分裂し、雨の如く降り注いだ。
エール兵から悲鳴があがる。
レオンの号令を苦々しく思いつつも、ミカはエミリアに向かって叫んだ。
「准将は右方から攻めろ!」
「だから! 私に命令すんなっての!!」
橋が架かるのを待たず、二人は幅数十メートルある川を一足で飛び越えた。
「させるかッ!」
矢の雨を睨みつけ、マティルダがミョルニルを投げ飛ばす。
ミョルニルは弧を描きながら次々と矢を撃ち落としていった。
「ヴォーダン! 指揮は任せるぞ! 余はあの三人を討つ!!」
「はっ!」
言うや否やマティルダが姿を消す。
次の瞬間、左方から迫っていたエミリアへ腕を伸ばした。
「はあああああっ!!」
「無駄だ!!」
シグルドリーヴァを掴み、エミリアを投げ飛ばす。
返す刀でマティルダはグラムへ拳を叩きつけた。
エレメントがぶつかり合い、辺りが眩い光に包まれる。
拮抗しているかに見えた一撃であったが、マティルダは更に力を込めミカを弾き飛ばしてしまった。
「ぐっ!?」
「どうした! その程度で余を取れると思ったか!!」
「その台詞、そっくりそのまま返させてもらうぜ」
頭上からレオンの声が響いたと同時に再び矢の雨が降り注ぐ。
「『
鎧が弾け、全身が光のエレメントに変換されていく。
そのまま矢を待ち構えるマティルダであったが、突如目を見開き身を翻した。
「これは……!? おのれ! ミョルニル!」
「おっと」
飛来したミョルニルを避け、レオンが地面へ降り立つ。
ミョルニルを受け止め、マティルダは頬から滴る血を拭った。
余の体に傷を……。それにあの弓の形状、ソフィアの話ではあのような伝承武装は……。
ソフィアが嘘をつくとは思えないし、つく理由もない。
表情に出さないよう、マティルダはあえて怒りに満ちた瞳をレオンに向けた。
「ん? あぁ、悪いな、顔を傷つけて。雷帝に嫌われちまうか?」
茶化すように笑うレオンに、本物の怒りが込み上げる。
「余は女王である前に一人の戦士だ、傷など気にせぬ。それに、この程度で相手を嫌うほど飛鳥は狭量な男ではない。それよりも……」
「それよりも、何だ?」
「余の民を傷つけようとしたこと。そして、余の夫を侮辱したことの方が許せぬ」
「ふぅん、そうかい」
尚も笑うレオンにマティルダは牙を剥き出しにした。
そんな彼の足元を光の刃が穿つ。
「……相手、間違ってませんかね? 准将殿?」
「いい加減にしろ、中尉。この力は祖国の為に貸し与えられただけのものだ。己が力と過信するようであれば──」
「過信? 別に間違っちゃあいないでしょ。得るのにあれだけ苦労したんだ。こいつはもう、俺の力ですよ」
普段はほとんど表情を変えないミカの顔が明らかな怒りに染まる。
エミリアは二人を止めようと割って入った。
「ちょっと! 今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 早くこいつらを倒してスヴェリエに向かわないと!」
「アルヴェーン准将は黙っててくれませんかねぇ? あんたには分からないと思いますが──」
「中尉ッ!! お前、聞かされていたのか……!」
レオンの言葉にエミリアは黙り込んだ。
悔しそうに歯を食いしばり、全身を震わせている。
ミカが更に続けようとするが──。
「貴様ら! ごちゃごちゃとうるさいぞ!」
苛立ち、マティルダはミョルニルを地面に叩きつけた。
大地が割れ、川が大しけの海のように荒れ狂う。
「これがロマノーの誇る『
「ご自慢の体を傷つけられといてよく言うよ」
頬に手を当て、マティルダはせせら笑った。
「この程度の傷で満足するとはつまらんやつだ」
「その程度だろうと傷は傷だ。偉そうに言うことじゃあないが、本来俺のエレメントじゃあんたの体には傷一つつけられない。違うか?」
「……」
核心を突かれ、マティルダはレオンを見据えた。
彼の言う通り、『
今の彼女に傷をつけられる者など片手で数えられる程度しかいないだろう。
「中尉、黙れ……!」
ミカが怒りに身を震わせる。
しかしレオンは止まらない、見せびらかすように弓をマティルダに突きつけた。
「スカディって知ってるか?」
その名を聞きようやく合点がいった。
だが、それだけでは説明できない点がある。
「……山の神とも言われる女巨人の名だな。その名が意味するのは──」
「あぁ、傷をつくる者。そして死だ」
「ならば最初の、光のように鋭い風の矢は天空神ウルによるものか」
「見た目に似合わず博識じゃないか」
と、レオンは嘲笑った。
「エールには優秀な学者がいるのでな。やや気が小さいがやる時はやる女よ。何より教え方が上手い」
誇らしげに胸を張るマティルダだが、視線はオレルス・スカディから離さない。
レオンの口振りからするに、彼はウルとスカディの力を直接操っている。
しかし、それでは伝承武装ではなくアクセルの在り方に近い、ソフィアの話と矛盾が生じる。
視線はそのままに、マティルダはミカたちに問いかけた。
「グラムとシグルドリーヴァだったか。ならば貴様らも、あの大英雄と戦乙女の力が使えるということだな? 余を殺したいのであれば早く見せた方がよいぞ?」
「……行くぞ、准将。幸いアクセル・ローグと皇飛鳥はこの場にいない。今の内に獅子王を倒す」
「もちろん。二対二になる前に片付けるよ」
最早レオンは当てにならないと断じたのか、二人が同時に仕掛ける。
「グラム!!」
「シグルドリーヴァ!!」
煌々と燃え盛る光とマグマのような炎が浴びせられる。
それを軽々とかわし、マティルダはミョルニルを振るった。
「ふん、そう簡単に奥の手は使わぬか。だが! それでは勝機はないぞ!」
「だから、それはこっちの台詞だっての」
向かいくる矢を避け、叩き落としていく。
直後、エミリアの炎が視界を阻み舌打ちをした。
「目眩しとは小癪な!」
炎を払ったすぐ先にグラムの剣身と特大の矢が映る。
全てを正面から受けたのではさすがに保たない。
そう判断したマティルダはミョルニルを盾にし拳を握った。
だが──。
「がうっ!?」
「きゃあ!?」
「これは……大地のエレメントか……!?」
のしかかる重力に四人は攻撃ごと地面に叩きつけられた。
それとほぼ同時、隕石でも落ちたかのような衝撃に大気が、大地が揺さぶられる。
爆心地にできた巨大なクレーターの中心に立つ人影にミカの顔が歪んだ。
「あれは、まさか……!」
全てを嘲るかのような邪悪な笑い声が響き渡る。
「先に始めてんじゃねぇよ、マティルダ」
「ふんっ、貴様が遅いだけであろう」
体を起こし、マティルダは土煙の中から現れた人物──アクセルを見つめ笑った。
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