第百三話 真実
「はっ……核……?」
全身を震わせ、おぼつかない足取りで
「か、核って……どういう……」
「貴女が想像している通りです」
青ざめる
「ど、どうして……」
「……」
「どうして教えてくれなかったんデスか!?」
目に涙をためながらプリムラへ掴みかかった。
それでもプリムラの態度は変わらない。
「教えればナグルファルに乗り込んでいたでしょう?」
「当たり前デス! 早くユーリティリア様を助けないと!」
「貴女には無理です」
「はぁ? ──うわぁ!?」
プリムラは片手で
飛んできた
「ナグルファルに取り込まれたことで貴女とユーリティリアの繋がりは切られました。単身で乗り込んだところで死ぬだけです」
「でも、それでも……私は……!」
それを気にする素振りも見せず、プリムラは飛鳥の方を向いた。
「ナグルファルを止める為、戦ってくれますね? 飛鳥」
「あぁ、ガムラスタを陥させる訳にはいかない。それにユーリティリアはアーニャの友達だ、必ず助け出す」
「飛鳥くん……」
プリムラが満足げに頷く。
その時だった。
「あのぉ!! 色々と無理があるんですけどぉ!!?」
と、ソフィアが目を見開き壁を指差した。
あまりの大声にアーニャが「きゃっ!?」と飛鳥の腕を取る。
「ソ、ソフィアさん……?」
「ナグルファルを止めるのもですけどぉ! その、ユーリティリアさんでしたかぁ?! たった一人で核になるなんて無理です無理です絶対に無理ですぅ!!」
一気に言い放ち、ソフィアはぜぇぜぇと肩で息を切った。
ニーナが宥めるように彼女の背中をさする。
「無理、ですか。では一つずつ説明してもらえますか? ソフィア・リスト」
「いいですけどぉ……えぇと……」
プリムラにせっつかれ、ソフィアは考え込むように視線を上に向けた。
「まずぅ、ナグルファルは他の七つの伝承武装とは違って対城、対要塞を想定して製作したものでぇ。……八つの中で唯一完成させられなかったものなんですぅ」
「完成させられなかった?」
飛鳥の問いにソフィアは悔しそうに口を尖らせた。
「先に言っておきますがぁ、私の能力不足ではないですよぉ? 街一つを空に浮かせる訳ですからぁ、相当のエレメントが必要になるんですぅ。それを生み出す核の製作も最終段階に入っていたんですけどぉ……誰かさんにエールに連れてこられてしまいましてぇ……」
チラリと、ソフィアがアクセルを見る。
リーゼロッテ以外を押し除け、アクセルは目をギラつかせると口の端を吊り上げた。
「なら、俺がてめぇを攫ったのは最高のタイミングだったって訳だなァ」
「個人的には最悪ですよぉ……未完成品を残して研究室を去るなんてぇ……」
「それで、ユーリティリアじゃ核になれないっていうのは……?」
飛鳥がその先を促す。
「ユーリティリアさんという方が問題なのではなくぅ、人一人で核になるのが無理なんですぅ。ちなみにマティルダさんや飛鳥さん、アクセルさんでも無理ですよぉ」
「余たち第八門でも無理と言うか」
弱く見られたと感じたのか、マティルダは不満そうだ。
彼女に気圧され、ソフィアは勢いよく否定した。
「そ、そうじゃありません〜! ナグルファルを動かすには無限にも等しいエレメントが必要なんですよぉ! そんなの一人の精霊使いでは──」
「えぇ、だからユーリティリアなのです」
「へっ?」
「ユーリティリアの能力は言うなれば『無尽蔵のエレメント』。飛鳥たちに比べれば強度は相当下がりますが、核となるには十分です」
プリムラの言葉にソフィアはしばらく口をポカンと開けていたが……。
「むむむぅ……。過去にそういう精霊使いがいたと聞いたこともありますしぃ……ない話ではありませんけどぉ……」
「では次です」
「な、何でしょうかぁ……?」
激しくアップダウンするソフィアの気持ちなどお構いなしに、プリムラはこう尋ねた。
「ナグルファルの能力と、何故ケニヒスベルクを元に作ったのか? ケニヒスベルクは東側諸国への押さえです。そこを空けるというのはどうにも理解できません」
「だからこそケニヒスベルクを使ったんですよぉ」
「どういうことですか?」
アーニャが首を傾げる。
ソフィアは壁に貼ってある地図の前に立ち説明し始めた。
「今に始まったことではなくぅ、ケニヒスベルクは昔から周辺国との領地争いで戦場になることが多かったんですよぉ。だからそのぉ……埋葬されている人の数が多いんですねぇ……?」
「まさか……」
気持ちの悪いものが喉へ上がってくる。
「……ナグルファルの能力は主に三つありますぅ。搭乗者であるライルさんのエレメントを使用しての砲撃とぉ、伝承とエレメントを使用して巨人兵を生み出すこと……。そしてぇ……死体を死兵として利用することですぅ……」
「あ、あれに乗っているのはアルヴァさんなんですか!?」
ソフィアの説明にアーニャが大声をあげた。
以前戦った時の、アルヴァの言葉が蘇る。
ヴィルヘルムの宮殿で戦った巨人。
あいつを伝承武装の一部と呼んだのはこういう理由だったのか……!
「ソフィアさん、ナグルファルに近付く方法はありませんか? 止めるだけじゃダメなんです。ユーリティリアを助けてからでないと」
飛鳥の言葉にソフィアは目を伏せた。
それだけで彼女の言いたいことは理解できたが──。
「難しいのは分かっています。でもお願いします、僕たちはユーリティリアを助けたいんです」
「方法ならありますよ」
そこに口を挟んだのは意外にも……。
「プリムラさん? 何か知ってるんですか?」
「えぇ」
と、プリムラはアクセルへ視線を移した。
そうされることが分かっていたのか、アクセルは溜め息をつく。
「また随分と面倒くせぇことを……」
「ですが、私たちにはそれしか方法がありません」
話が見えず、二人の間で視線を往復させる。
「アクセル……?」
「貴方の中にいる世界蛇ミドガルズオルムなら、飛鳥をナグルファルへ送り届けることができますね?」
「──!」
そうか……! ミドガルズオルムは世界を取り巻くほどの巨体だ、それなら……!
「そうだなァ、あの程度の高さなら何の問題もねぇ。だが……」
アクセルは言い辛そうに口を手で覆った。
「そこそこの巨体を維持する訳だからな、俺はこいつの操作で手一杯になる。攻撃を防ぐ手段がねぇ」
「防御は気にしないでくれ。僕が──」
「アクセルさんへの攻撃は私が防ぎます!」
「アーニャ!?」
突然名乗りを上げたアーニャに飛鳥が慌て出す。
「アーニャ、ナグルファルへは僕だけで行くから──」
「ううん! 私も行くよ! ユーリティリアは私の友達だから……待ってるだけなんて嫌だよ!」
「でも……」
「お前の防御術式があれば俺も操作に集中できる、決まりだな」
「アクセル!」
勝手に話を進めるアクセルを怒鳴りつける。
するとアーニャが飛鳥の手を握った。
「危ないのは分かってる。でもお願い、私も連れていって」
「アーニャ……」
「それに私たち二人なら、どんな時でも大丈夫でしょ?」
そう言って微笑むアーニャに飛鳥は項垂れた。
また約束を破るところだった。
もう留守番なんかさせないって何度も言ったのに。
これじゃ……またニーラペルシに説教されるなぁ。
「分かった、一緒に行こう。アーニャ」
「うん!」
「問題はもう一つある」
「「えっ?」」
忌々しげな表情のアクセルに、二人は顔を見合わせた。
「アレを追うにはどうしても帝国領を通らなきゃならねぇ。最悪、周辺国がエールに軍を進ませる可能性がある」
「それは……」
オスカー王の説得が終わってない以上否定はできない。
しかし──。
「それがどうした」
「マティルダ……?」
マティルダは大槌を肩に担ぎ笑みを浮かべている。
その笑みは何度か見たことがあるもので。
「攻めてくるのなら叩き潰す、それだけだ」
予想していた答えだったが、鼻息荒く胸を張る彼女に飛鳥は頭を抱えた。
飛鳥の目の前に立ち、マティルダが告げる。
「余たちのことは心配するな。友とは家族と同じくかけがえのない存在だ。ユーリティリアとやら、必ず助けるのだぞ」
「うん、ありがとう。マティルダ」
礼を言うと、彼女は尾を揺らし「ふふっ」と無邪気に笑った。
改めて映し出されたナグルファルを睨みつける。
「行こう。ユーリティリアを助けて、ナグルファルを止めるぞ」
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