第百二話 来訪者
──時間は少し遡る。
場所はエール王城の執務室。
「飛鳥くん……」
アーニャは膝に乗せた飛鳥の頭を優しく撫でた。
飛鳥に用がありやってきたアーニャであったが、扉を開けると、そこには長椅子にグッタリと横たわる彼の姿が。
慌てて掛けるものを用意し、首を痛めないようこうして膝枕をしているという次第だ。
クマが浮いている飛鳥の目元に軽く触れる。
エスティより戻ってからこちら、飛鳥は以前にも増して多忙な日々を送っていた。
戦時中とはいえ、内政を疎かにすることはできない。
少しでも皆が暮らしやすい国を造る為、自分たちが神界に帰った後もエールが発展できるよう、寝る間を惜しんで励んでいた。
『神ま』を開き、飛鳥について書かれたページを見つめる。
地球の日本という安全で発展した国。
なのに飛鳥は毎日、神でさえドン引きしてしまうほどの長時間労働を繰り返していた。
その歪さは今は置いておくとして、彼は元々あまり人に頼るということをしてこなかったようだ。
全部一人で抱え込み何とかしようとしてしまう。
この旅でも見られたが、それでも、少しずつでも自分を頼ってくれるのは、やはり──。
顔が赤くなるのを感じる。
こんなことを考えてしまう自分は本当にダメな神だ。
今まで一緒に世界を救ってきた英雄たちには、ステラに対してさえ考えたことはなかったのに、飛鳥にだけは。
上位神の軍団に加わってほしくない、そんなことを思ってしまった。
いや、より正確に言うのであれば、自分以外の神々と組んでほしくない。
ティルナヴィアの救済が終わった後も、ずっと一緒に──。
何と傲慢で醜い考えだろうか。
『
皆その使命を全うする為に必死に戦っているというのに、その英雄を独占したいなど到底許されることではない。
これが恋や愛というものなのか、でも何か間違っている気がする。
他の神々から聞いたそれらは、もっと美しく清らかなものであった。
ならばこの気持ちは何だろう。
「私は……」
もう一度飛鳥の肌に触れる。
そこへノックの音が響き、返事を待たずリーゼロッテが入ってきた。
しかし……。
「あっ……。ご、ごめん……」
頬を染め、申し訳なさそうに扉を閉めようとする彼女に待ったをかける。
「リーゼロッテちゃん!? これはそのっ、気にしないで! 飛鳥くんに何か用事があるんでしょう?!」
するとリーゼロッテは人差し指を唇に当て
「しーっ、飛鳥が起きちゃうでしょ」
と、小声で述べた。
アーニャも慌てて両手を口に当てる。
「コーヒーを持ってきたの。忙しいのに毎回台所に来てもらうのも悪いでしょ?」
そう言いながらテーブルにカップを置く。
そして飛鳥の頬を軽くつついた。
「よく寝てるわね」
「うん、ずっと忙しかったから……」
「飛鳥ってさ、本当にアーニャのことが大好きよね」
「へっ?」
思わず声が裏返る。
だがリーゼロッテはからかうでもなく優しく微笑んだ。
「だって、飛鳥って元々……えっと、ニホン……だっけ。すごく平和な国で暮らしてたんでしょ?」
「うん。過去には戦争もあったけど、飛鳥くんが生まれたのはそのずっと後だから」
「それが今じゃ誰よりも強い王様だもん、誰にでもできることじゃないわ。それだけ頑張ってるのは全部アーニャの為でしょ?」
今度こそアーニャの顔が真っ赤になる。
恥ずかしさのあまり俯いてしまった。
「う、うん……。飛鳥くんはそう言ってくれてる、けど……その……」
リーゼロッテが立ち上がり、アーニャの頭を撫でる。
「私はアーニャを応援してるからね。マティルダに一番を譲っちゃダメよ?」
「リーゼロッテちゃん……。うん、ありがとう」
二人が笑い合っていると、扉が乱暴に開かれアクセルが飛び込んできた。
「おい飛鳥! …………随分良いご身分だなァ、てめぇ」
「こ、これはその! 違うんです! 飛鳥くん起きて! アクセルさんが来たよ!」
飛鳥の肩を強めに揺する。
「ん……アーニャ……? ……ごめん、寝ちゃってたか。…………ん? へ? ア、アーニャの膝枕!?」
最初寝ぼけ眼でボソボソと喋る飛鳥であったが、目の前にあるアーニャの胸に顔を真っ赤にし椅子から落ちてしまった。
「飛鳥くん!? ご、ごめんなさい!」
「ちょっと、大丈夫!?」
「う、うん……。大丈夫だよ、ありがとう」
ホッとし和やかな雰囲気を醸し出す三人に、遂にアクセルの怒りが爆発した。
「のんびりしてる場合じゃねぇんだよ!! いいからさっさと来やがれッ!!」
「あ、あぁ。すぐに行くよ」
アクセルの剣幕に身を縮め、飛鳥も執務室を後にした。
「何だ、あれ……?!」
壁をスクリーン代わりにした遠望術式──そこに映る光景に飛鳥たちの顔がこわばる。
先にいたマティルダたちも同じ表情だ。
「街、なのか……!?」
「あぁ、多少変わっちゃいるが間違いねぇ。あれはケニヒスベルクだ」
さすがのアクセルも苦笑いし、額に汗を浮かべている。
飛鳥は呆れたように呟いた。
「僕は行ったことないからアレだけど……多少どころじゃないだろ」
映し出されたケニヒスベルクは最早街とは呼べない状態となっていた。
全体が闇のエレメントで覆われ、地面の下には巨大な黒い四角錐が伸び、街のいたるところにモノリスのような柱が刺さっている。
その間から僅かに見える東方司令部の建物でようやく判断できたという訳だ。
直後、部屋に入ってきたニーナが悲鳴をあげた。
そして、彼女と共にやってきたソフィアは……。
「ど、どうして……。何で……アレが、動い……」
呆然とした表情でへたり込む。
それを見てすぐに理解できた。
「ソフィアさん。アレは、伝承武装なんですか……?」
「──ッ!!」
ソフィアが慌てて口元を手で覆う。
彼女はプリムラの精霊術によって伝承武装に関する情報を話すことができない。
だが、今はその反応だけで十分だ。
「ケニヒスベルクは、あの伝承武装はどこに向かってるんだ?」
飛鳥の問いにカトルが応える。
「ゆっくりではありますが、スヴェリエの首都ガムラスタを目指しているようです」
「つまりアレは大砲のようなもので、上からガムラスタを砲撃するつもりか」
「そんなことをされたら……!」
慌てる飛鳥にマティルダが真剣な表情で頷いた。
彼女も珍しく動揺しているようだ。
先ほどからずっと拳に力を入れている。
「早く止めないと! ガムラスタが墜ちたらスヴェリエは……!」
「ですが我が王、アレは鳥や僕たち鳥人族よりも高く飛んでいます。近付くことは……」
「仮に方法があったとしてもロマノーの周辺国を通ることになる。クララ、オスカー王からの連絡はまだか?」
「何もナッシーン」
マティルダに問われクララは首を振った。
この戦争、主戦場となるのはロマノーとスヴェリエの国境にある西エウロパ平原だ。
介入するにはどうしてもロマノーの周辺国を抜ける必要がある。
その為、オスカーに周辺国の説得を頼んでいるが状況は芳しくない。
おまけに……。
「アクセル様! 私、怖いです!」
アクセルの背中に抱きつくエリカに、普段は髪と同化しているリーゼロッテの耳がピンっとイカ耳になり、尾がボワッと膨らんだ。
周辺国の説得をする代わりに守ってほしいとエリカを預かって以来ずっとこうだ。
一応は客人だからと自由にさせているが、一日のほとんどをアクセルの側で過ごしていた。
そうなると面白くないのはリーゼロッテだ。
アーニャと目を合わせる。
伝承世界での一件以来、変化したのはアクセルやソフィアだけではない。
むしろ一番変わったのはリーゼロッテだろう。
口にこそ出さないが、甲斐甲斐しくアクセルに尽くすその姿は正に恋する乙女のそれで──。
何とかしたいが、エリカを閉じ込めておく訳にもいかない。
「とにかく、だ」
アクセルがエリカを突き飛ばす。
相手がアクセルであれば何でも笑って受け入れてくれるところが唯一の救いか、エリカは椅子に座り嬉しそうに彼を見つめた。
「何とかしてアレを止めるぞ。ガムラスタだけ墜としてはい終わりじゃねぇだろ、あの野郎は」
そう言いつつソフィアに視線を移すが、彼女は困惑した表情を浮かべるばかりで。
と、そこへ──。
「大変です! 陛下! マティルダ様ー!」
「今度は何だッ!!」
アクセルに怒鳴られ怯える兵にマティルダが歩み寄る。
「どうした? 申せ」
「あ、はっ! 妙な二人組を捕らえまして、その……」
「? ならば普段通り尋問すればよいだろう」
すると兵はチラチラと廊下へ目をやりながら続けた。
「か、片方がめっぽう強く狐人族の三姉妹が捕まってしまいまして……! 陛下に会わせろと言っているのです……」
「僕に?」
皆の視線が飛鳥に集中する。
「分かった、連れてきてくれ」
「はっ!」
「よいのか?! 飛鳥!」
駆け寄ってきたマティルダを落ち着かせるように頭を撫でる。
「うん。皆揃ってるし、これで負けるようならここまでだよ」
「そうですね」
廊下から聞こえてきた声に全身が総毛立ち、反射的にレーヴァテインに手を添えた。
マティルダとアクセルも同じだ。
マティルダは立て掛けてあった大槌を手に取り、アクセルもいつでも動けるよう身を沈める。
しかし、現れた人物に飛鳥たち四人は息をのんだ。
「プリムラ、さん……!?」
「久しぶりです、飛鳥」
最後に会った時と変わらない落ち着いた態度。
その隣では、喉元に七色の剣を突きつけられ顔中を涙と鼻水で濡らした三姉妹が嗚咽を漏らしていた。
プリムラが手を振り、剣が消える。
「手荒な真似をしてすみませんでした」
安全を確認した三姉妹がアクセルに抱きつき大泣きしだした。
それを見たエリカも三人を押し除けるようにアクセルに飛びつき、リーゼロッテは益々怒り牙を剥き出しにして……。
五人にもみくちゃにされるアクセルを一瞬だけ眺め、すぐにプリムラに視線を戻す。
とりあえず、向こうは放っておこう。
アクセルの叫びには耳を貸さず、飛鳥はプリムラに尋ねた。
「どうしてプリムラさんがここに? 目的は何ですか?」
「目的、ですか……」
どう答えようか、プリムラ自身悩んでいるようだ。
「そうですね、まずはこの子を助けてもらえますか?」
「あれ? 貴女はユーリティリアと一緒にいた──」
「飛鳥パイセン! お願いしマス! ユーリティリア様を助けてください!」
と、プリムラの陰から飛び出した
「パ、パイセン……? それより、ユーリティリアを助けてって……」
「ユーリティリアに何かあったんですか!?」
しかし
「えと……どこにいらっしゃるかは分からないんデスが……」
「ユーリティリアならあそこですよ」
プリムラが差した方を見て、飛鳥たちは目を見開いた。
彼女が差しているのは──。
「ケニヒスベルクにユーリティリアが……?」
「はい」
頷き、プリムラがソフィアに近付いていく。
「貴女も元気そうで何よりです、ソフィア・リスト」
「ど、どうも……って、へっ?」
プリムラがソフィアの頭に手を置いた、その途端──
「あにゃにゃにゃにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!??」
ソフィアは頭を押さえのたうちまわった。
「一体何を!?」
飛鳥とマティルダが構える。
「ソフィアさん! 大丈夫ですか!?」
アーニャがソフィアの前に飛び出すと同時に二人が振り被るが。
「ご心配なく。ソフィアに施していた術式を解いただけです」
そのままプリムラは腰を下ろし、ソフィアに話しかけた。
「では、あの伝承武装について教えてもらえますか?」
「ほ、本当にぃ……ぱぁんって爆発しませんかぁ……?」
「えぇ、そんなことになれば私まで巻き込まれますから」
まだ少し痛むのか、ソフィアは頭に手を当てながら椅子に座る。
「あのぉ……話すのはいいんですけどぉ……。ど、どうしてナグルファルが動いてるんですかぁ……?」
プリムラは改めてケニヒスベルクを指差しこう告げた。
「ユーリティリアは現在、あの船──天空要塞ナグルファルの核として捕らわれています」
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