第九十一話 伝承の世界へ⑤
スクルドに連れられ湖の畔を歩きながら、飛鳥はもう一度『
しかし彼女が指摘した通り、何も読み取らない。
不安を拭えないまま歩みを進める飛鳥であったが……。
本当に大丈夫かな……?
前を歩くスクルドはやたらと上機嫌な様子で、鼻歌まで歌い出す始末だ。
情報がほとんどない以上彼女を頼る他ないのは理解しているが、そんな態度を見せられると調子が狂ってしまう。
そんなことを考えながら歩いていると、木陰でテーブルを囲む二人の女性の姿が目に入った。
手を振りながらスクルドが駆け寄る。
「ただいま戻りました! お姉様!」
そして、また敬礼のようなポーズを取った。
「おかえりなさい、スクルド」
そう言って微笑んだのは、ウェーブ掛かったミディアムの女性だ。
顔つきはスクルドと似ているが、彼女よりも随分と落ち着き、柔和な印象を受けた。
もう一人の、ショートボブの女性はというと、何も答えずケーキを口に運んでいる。
そのやり取りを眺めていると、スクルドが椅子の一つを叩きながら元気よく飛鳥に声をかけた。
「飛鳥さん! どうぞこちらへ!」
「あ、はい……」
飛鳥に対しても、二人の女性は同じ態度を見せた。
ミディアムヘアの方は優しく微笑んでいるが、ショートボブの方は一瞥もくれない。
「はい! 飛鳥さんもどうぞ! 召し上がってください!」
スクルドがケーキとお茶を差し出すが、それよりもまずは……。
「あの、こちらのお二人は……」
するとスクルドは目を見開き、
「ごめんなさい! そうですよね! 自己紹介が先ですよね!」
と、慌てて頭を下げた。
「長女のウルドお姉様と次女のヴェルダンディお姉様です!」
ショートボブとミディアムヘアの順に手で指すスクルドに飛鳥が戸惑いを見せる。
「えっ、じゃあ、その……」
「はい! 私は末っ子です!」
スクルドが満面の笑みで答えるが気になったのはそこではない。
自分の知識通りならこの三人はノルンで、彼女は未来を司る存在だ。
僕が来ることが分かってて、あの場所にいたのか……?
もしかしてこの三人がソフィアさんの言っていた──。
険しい表情を浮かべる飛鳥に、ヴェルダンディが声をかける。
「ごめんなさい。いきなりで驚きましたよね? この子ったらせっかちで」
「ち、違いますよお姉様! 困ってそうだったから声をかけただけです!」
楽しげに笑うヴェルダンディにスクルドが恥ずかしそうに抱きつくが、ウルドは相変わらず我関せずといった顔だ。
それを見ていると……。
「……冷めないうちにどうぞ」
次のケーキを皿に取りつつ、ウルドがボソリと呟いた。
「は、はい。いただきます……」
最初は冷たくきつそうな印象を受けたが、案外そうでもないのかもしれない。
言われた通りカップに手を伸ばしたが、
「ん? 地震……?」
カップがカタカタと揺れ、飛鳥は辺りを見渡した。
「最近多いんですよ! 何かあるんですかね?」
そんなことを言い出したのはスクルドだ。
彼女の言葉に目を細める。
未来を司る存在からそんな言葉が出る筈がない。
考え過ぎか……。
ティルナヴィアは地球とは違う世界だし……。
気を取り直し、お茶を飲もうとした瞬間──
「口にしない方がいいぞ、青年よ」
頭上からしゃがれ声が聞こえ、顔を上げた飛鳥は悲鳴と共に尻餅をついてしまった。
「あ、貴方は……?」
木に逆さ吊りにされ、胸を槍で貫かれた老齢の男が威圧感を放ちながらこちらを見つめている。
男の言葉にスクルドが抗議の声をあげた。
「丹精込めて作ったのにそんな言い方酷いですー!」
だが男は無視し、飛鳥を見据えた。
「それを口にしたが最後、永遠にこの世界に囚われることになるが、それでもいいか?」
「え……?」
三姉妹を見つめる。
ウルドとヴェルダンディは否定も肯定もしない。しかし──
「ち、違います! 食べても大丈夫ですよ飛鳥さん! 私を信じてください!」
スクルドだけは必死な形相で訴えてきた。
皆この世界の者たちだ。
どちらを信じればいいのか、飛鳥が口元を覆う。
「この世界の者の言葉を信じてはならん」
男が続ける。
スクルドは不安げに、祈るように飛鳥を見つめた。
対して、飛鳥は──
「なら……」
「む?」
「それなら、貴方の言葉も信じる訳にはいきませんね」
迷いを隠すように、わざと笑ってみせた。
男も口の端を吊り上げる。
するとウルドが立ち上がり、男の胸に刺さっている槍をグリグリとねじり始めた。
男が呻き声を漏らす。
「貴方は黙っていてください」
「ちょ、待てウルド。本当痛いか、ぐううううううううううう……」
目の前の物には何が入っているか分からない。
なのに、何故か……。
皆がいたら怒られるなぁ。
直後、飛鳥はケーキを丸ごと頬張りお茶で流し込んだ。
視線が集まるが、気にせずスクルドに礼を告げる。
「ごちそうさまでした、美味しかったです。それじゃあ僕は急ぐのでこれで」
返事を待たず、飛鳥は歩き出した。
その後ろ姿を見つめ、ウルドが呟く。
「あまり感心しないわね、スクルド」
「えっ、だって……」
スクルドは拗ねたような表情で手をモジモジさせながらこう返した。
「飛鳥さんには頑張ってもらわないと、また痛い思いをするのは嫌ですから」
森を抜けると、一面真っ白な花畑が目に飛び込んできた。
彼岸花に似ている気もするが、違う種類のようだ。
遠くには緑が生い茂った山々が見える。
「……あっちかな」
やはり『
それどころか、エレメントを全く感じない。こんなことは初めてだ。
でも、どうしてか進むべき方向だけは分かる、気がする。
半ば引っ張られるように足を進めるが、花の香りのせいか頭が少しボーッとしてきた。
だが飛鳥は足を止めない。
しばらくの間フラフラと歩いていると、いきなり視界に変化が生じた。
「どうなってるんだ……?」
次に現れたのは草木の一本も生えていない、火山のような場所であった。
しかし、戸惑ったのはその景色にではない。
後ろを振り返ると、さっきまで歩いていた花畑が消えていた。
ずっとこの場所を歩いていたかのように、三百六十度岩肌に囲まれている。
「うわっ!? ……また?」
突き上げるような激しい縦揺れに足を取られしゃがみ込む。
自身を落ち着かせようと、飛鳥は一度深呼吸をした。
大丈夫、行くべき道は分かっている。
そこから先も、驚きと不可思議なことの連続であった。
火山を歩いていたかと思えば突然氷に囲まれた世界に放り出され、気付けば再び森の中を歩いていた。
足を止め、辺りに目をやる。
ここまで歩いてきて、一つ大きな疑問が浮かんできた。
これだけ長時間、しかも見た目も正反対な場所にいたにも関わらず、気温に変化がないとか、ほとんど体力を消耗していないとか、気にすべき点は色々あるがそういう世界なんだと無視することにした。だが……。
「この世界の人たちはどこにいるんだ……?」
そう、最初に会った三姉妹と不気味な老人以外、とんと誰とも出会っていない。
スヴェン・ラプラス──ソフィアの父親によれば、伝承世界とは精霊が至った世界。
ならばその精霊とやらに出会ってもおかしくない筈だが……。
「…………」
考えても仕方がない。
ここに来た目的はアクセルを見つけ、獣たちと切り離すことだ。
飛鳥は再び歩き出したが──
「これは、フラナング?」
突如目の前に建物が現れた。
それは、アクセルやリーゼロッテと出会ったフラナングの館とそっくりで。
館に向かってレーヴァテインを放り投げてみたが何の反応もない。
どうやら結界は張られていないようだ。
慎重に近付き、扉に手をかける。中に人の気配はない。
しかし飛鳥には確信があった。
アクセルはここにいる、と。
覚悟を決め、一気に扉を開け放つ。
そこに広がっていたのは──。
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