第八十六話 勢揃い③
飛鳥の言葉に、ソフィアはぽかんとした表情を浮かべた。
まるで単語自体初めて聞いたような反応だ。
その様子に飛鳥は困惑した。
あ、あれ……? 違ったのかな……?
だが──
「まぁ、造るのは構いませんがぁ」
ソフィアはいつもの間延びしきった口調で承諾した。
飛鳥がホッと胸を撫で下ろす。
「でもぉ、飛鳥さんは伝承武装のことをどこでぇ?」
「エミリアとレオン・ユーダリル。それからアルヴァ・ライルとちょっと、その……戦闘になりまして……」
言い辛そうに答えると、ソフィアは「あぁ」と頷き
「シグルドリーヴァとオレルス・スカディですかぁ」
名を口にすると少し不快そうに頭の横をコンコンと小突いた。
「あの、伝承武装の開発は……」
「はい〜。八つの伝承武装は全て私が設計から行ったものですよぉ」
やっぱり、思った通りだ。
それなら──
「えっと……尋問するみたいで嫌なんですが、他の六つについても教えてもらえませんか? 特にアルヴァの、あの巨人は一体──」
しかしその問いを聞いた途端、ソフィアは両手でバツ印を作るように口を覆い頭を振った。
飛鳥の顔が曇る。
そこまでは教えてくれないか……。
「言いたくない訳じゃないんですよぉ? 私はエールの出身ですしぃ、ロマノーは環境が揃ってたからいただけですからぁ。でもぉ、言うとパァンって破裂して死んじゃうのでぇ」
「ど、どういうことですか?」
ソフィアの口から飛び出した物騒な表現にアーニャは目を丸くした。
「私ぃ、痛いのとか嫌なのでぇ、万が一捕まったら絶対喋るだろってプリムラ様に精霊術を施されてるんですぅ。詳しい性能を話したら周りを巻き込んで爆発するらしいですよぉ」
皆が青ざめる中、飛鳥の目つきが鋭くなる。
プリムラが……!?
だから『
あの人は一体何者なんだ……?!
「でも主任! そんな話初めて聞きましたよ!?」
ソフィアの話に誰よりも大きく反応したのはニーナだ。
彼女の部下だったニーナにも同じ術式が施されているかもしれない。
その可能性に気付いたのか、リーゼロッテがニーナの手を強く握りしめた。
「伝承武装の開発は私一人でやってましたからぁ。ニーナさんは大丈夫ですよぉ」
「そういう問題ではなく!」
焦るニーナを余所に、ソフィアは飛鳥へ視線を戻した。
「そんな状態で造って大丈夫なんですか……?」
「はい〜。対象になっているのはロマノーにあるものだけですからぁ。そもそも今ある八つ以外に造る予定もありませんでしたしぃ」
そう言うソフィアの目は何故かキラキラと輝いている。
もしかして研究者魂に火が点いたのだろうか。
「そうと決まればぁ、さっそくやりましょう〜」
「ちょっと待つのだ」
やる気を見せるソフィアに待ったをかけたのはマティルダであった。
「貴様たちを疑う訳ではないが、伝承武装とやらは本当に必要なのか? アクセルはともかく、余は今でも十分強いぞ!」
「それは分かってるけど……。マティルダ、前に言ってただろ? 王とは先頭に立って皆を守る者だって」
「あぁ、その通りだ」
「皆のお陰で準備は進んでるけど数的不利が解消された訳じゃない。どこかで僕とマティルダ、アクセルが先頭に立つ場面が絶対に出てくる。その時に備えての……あ、そうだ。僕からの贈り物ぐらいに思ってもらえると……」
それを聞いたマティルダの耳がピョコピョコ動き、尻尾がピンと立つ。
どうやら喜んでもらえたらしい。
マティルダは顔を紅潮させ、尻尾を揺らしながらソフィアに声をかけた。
「そ、そうか! 貴様からの贈り物であれば断る理由はない! ソフィアよ! すぐ作業に取り掛かるのだ!」
「もちろんですぅ。アクセルさんのは一から造るとしてぇ、マティルダさんのはアレを元にしてもいいですかぁ?」
ソフィアが指差した先には、マティルダの黄金の斧が立てかけられていた。
「うむ! よいぞ!」
「いい訳ないでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!??」
そこへ大砲の炸裂音のような大声が響き、皆が飛び上がった。
声の方へ目をやると、茹でだこのように真っ赤な顔をしたキタルファと、うるさそうに耳を塞ぐアルネブの姿が。
「何だキタルファ。戻って早々騒がしいぞ」
「姫様こそ何を仰ってるんですか!! あの斧はレグルスに代々伝わる由緒正しいものですぞ!? それを造り変えるなど……!!」
マティルダが不満げに唇を尖らせるが、キタルファも引く気はないようだ。
両手を広げ斧の前に立ち塞がった。
「あの、キタルファさん……」
「陛下も姫様に妙なことを吹き込むのはやめていただきたい!! ロマノーと同じものなど使わずとも姫様は──うおお!?」
床にしっかりと足をつけ訴えるキタルファであったが、マティルダは彼をアンカーの方へ軽々と投げ飛ばしてしまった。
そして──
「ふんっ!!」
斧を持ち上げると、膝に叩きつけ真っ二つにへし折った。
キタルファの断末魔のような叫び声が響き渡る。
マティルダは柄をキタルファの前に刺し笑った。
「すまん! キタルファ! 余の不注意で斧が壊れてしまった! 鍛え直しておいてくれ!」
「えぇ……いや、姫様……。あの……」
そんなやり取りをアーニャとアルネブは微笑ましそうに見つめている。
続いてマティルダはソフィアの方を向き、
「ソフィアよ、これで伝承武装を造るがよい」
斧刃の方を放り投げた。
初めは嬉しそうにしていたソフィアであったが、斧刃が床にめり込むのを見て助けを求めるように視線を泳がせる。
飛鳥は苦笑いを浮かべた。
「僕が何とか運びますから、部屋へ行きましょう。リーゼロッテ、アクセルを呼んできてもらってもいいかな?」
「はい! リーゼロッテ、良かったわね」
代わりにニーナが元気よく返事をすると、リーゼロッテは顔を真っ赤にして足早に広間から出ていった。
その夜──
皆と話を終えた飛鳥は自室へ向かっていた。
疲れで頭がぐわんぐわんしている。
今日は長い一日だった。
ハリンでの戦いに伝承武装の準備、キタルファのお説教……。
でも、こういう言い方も変かもしれないが、日常が戻ってきたような感じに自然と笑みが溢れてしまった。
「飛鳥くん、お疲れ様」
「うん、アーニャもお疲れ様」
アーニャが微笑む。
その笑顔だけで疲れが吹っ飛ぶ思いだ。
ただ、問題が一つ。
「それじゃあおやすみなさい」
「おやすみ」
アーニャが部屋に入るのを見送り、飛鳥は肩を落とした。
そう、部屋が別々になっているのだ。
マティルダとも別室だから文句を言うこともできない。
というか、それはそれでマティルダが可哀想な気がする。
胸がズキリと痛んだ。
僕らの正体を知っているのはアクセルとリーゼロッテ、カトル、クララの四人だけだ。
どれだけ慕われようと、どれだけ結婚を望まれようと叶えることはできない。
いつかきちんと話して、謝らなければならないが……。
どんな風に伝えたら、マティルダを傷つけずに済むのかな……。
そんなことを考えながら自室の扉を開けた飛鳥はそこでフリーズしてしまった。
ベッドに置いてある毛布が膨らみ亜麻色の尻尾がはみ出ている。
「……カトルー、いるかー?」
「はっ、こちらに」
すぐに現れたカトルの手には、頼もうと思っていた毛布が。
この状況を楽しんでるだろと思いつつ毛布を受け取り
「ありがとう。カトルたちももう休んでくれ」
そう伝えた。
「承知いたしました。おやすみなさいませ、我が王」
カトルは深々と頭を下げると、あっという間に姿を消した。
ソファに横になり、受け取った毛布を被るが……
「飛鳥よ! そこはベッドではないぞ!」
ベッドに置いてあった毛布が宙を舞い、出てきたマティルダが飛鳥を揺する。
飛鳥は毛布を頭まで被り直し、
「ベッドはマティルダが使っていいよ……」
一気に襲ってきた眠気に抗いつつ返事をした。
するとマティルダは頬を膨らませ、
「そうではない! 余と一緒に寝ろと言っているのだ!」
駄々っ子のように飛鳥の毛布を引っ張った。
「狭いし……本当、うん……寝ていいよ……」
眠気で脳が働かず、自分でも何を言っているのか分からない状態で呟く。
「気にするな! 狭いならくっついて寝ればよい! 余と貴様は夫婦なのだぞ!」
マティルダはしゃがみ込み至近距離から飛鳥を見つめた。
甘い香りと可愛らしい顔にいつもならドキドキしてしまうところだが、今全身を支配しているのは睡眠欲だ。
マティルダが尚もせがんでくるが応じる余力がない。
その時、扉が開いたかと思うとアーニャが入ってきた。
「何だアーニャ」
「マティルダさん、私と一緒に寝ましょう」
「余は飛鳥と寝る。貴様も部屋に──こら! 離さぬか!」
「リーゼロッテちゃんはニーナさんと一緒に寝てると聞いたので、マティルダさんをモフモフさせてください」
「ふざけるな! 待っ……飛鳥! 助けてくれ! 離せー……」
段々と二人の声が遠ざかっていく。
辛うじて上がった手を二人に振り、飛鳥は夢の世界へと落ちていった。
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