第八十三話 凱旋

 飛鳥の言葉を聞き、男は大きな溜め息とともに紫煙を吐き出した。


「どんだけツイてねぇんだ……。何か悪ぃことしたかな? 俺……」


 ガックリと項垂れるその姿からは闘気も殺気も感じられない。

 完全に戦意喪失してしまったようだ。

 しかし飛鳥は隙を見せない。

 レーヴァテインを構え、男のエレメントを視つめている。

 やがて男は顔だけ上げ、


「あー……てことはおたくアレか、アルヴェーンの小さい方が連れ込んだっていう『伝説の英雄』か。なーんで裏切っちゃうかねぇ?」


 恨めしそうに口にした。

 飛鳥が焦りを見せる。


「裏切ったって……あれはヴィルヘルムが──」

「どっちが先とかどうでもいいのよ。結果としておたくは俺たちの敵になった。トリックスターまで引き連れてな」


 飛鳥が反論しようとすると、男は遮るように手の平を向けた。


「焔王と氷の戦乙女。それにおたくとトリックスター、獅子王」

「……?」

「『八芒星俺たち』が倒さなきゃならん相手だとさ。上も無茶苦茶言うよなぁ。このユートラント大陸だけじゃあない、ティルナヴィア全体で見ても間違いなく最強格の五人だ。どうしろってんだよなぁ」


 男は益々怠そうな様子を見せ、柱に寄りかかった。


「俺は帝国とも王国とも和睦を結び、この戦争を終わらせたいだけだ。必要のない戦いをする気はない」


 飛鳥が毅然と告げる。

 だが男は呆れたように首を振った。


「和睦ってさぁ、うちの陛下も王国も話し合いなんざ望んでねぇ。それでもってんなら、それこそ武力で黙らせて首根っこ掴んで座らせるしかねぇだろ? 現におたく、俺に剣向けてんじゃん。矛盾してるぜ?」

「これは……。……何故町の人たちを襲った? エスティは帝国の同盟国だろ?」

「あれ? 質問してんの俺なんだけど……。まぁいいか、決まってんだろ。見せしめだよ」

「何……?」


 飛鳥の表情が険しくなる。

 男は当たり前のようにこう続けた。


「帝国の旗色が悪いと見たのか、最近抵抗を見せる国が増えてきてねぇ。見せしめにエスティを焼こうって話になったのよ」

「ふざけるな! そんな理由で……!」


 飛鳥が怒りを露わにするが暖簾に腕押しだ。

 男は全く動じていない。


「俺に怒鳴らないでくれよ。決めたのは上、俺は命じられただけだ」

「だったら上層部を説得すればいいだろう! 『八芒星お前たち』はヴィルヘルム直下の部隊じゃないか!」


 男は変わらず気怠げな態度を取っていたが──


「あぁ、そういや名乗るのを忘れてたなぁ。俺はレオン・ユーダリル、中尉だ」


 名乗り、弓を握る手に力を込めた。


「何だ、急に」

「おたくとの話は終わりってこと。同じことの繰り返しになるだけだからな。俺がもしエールの担当になっちまった時は、おとなしく負けてくれると助かる」

「そんなことすると思うか?」


 飛鳥が一歩前に出る。

 レオンは飛鳥へ一瞥もくれず時計塔の縁に足をかけた。


「ハァ……。痛ぇ思いすんのと、こっぴどく叱られるのとじゃあ、後者がましよなぁ。あぁ、全然ましだ」

「何を言っている……?」

「オレルス・スカディ、極限解放イグニッション──」


 レオンが弓の名を呼んだ瞬間、エレメントが何倍にも膨れ上がり竜巻を発生させた。そして──


「ッ!? 待て!!」

「待つ訳ねぇだろー……っと!」


 縁を蹴り、空中から矢を放った。

 同時に飛鳥がレーヴァテインを振り抜く。

 風と雷のエレメントがぶつかり合い、時計塔の外壁を何度も打ちつけた。


「くそっ!」


 足場が崩れゆく中で、レオンを睨みつける。

 しかし、レオンは風に乗りあっという間に姿が見えなくなってしまった。


「ヴィルヘルム……お前は、何を考えてるんだ……?」


 瓦礫から這い出た飛鳥は、土埃にまみれた服を払い呟いた。

 広場に戻る道すがら、ヴィルヘルムと初めて会った時のことを思い出す。


 第一印象は、眩く輝く「光」であった。

 彼なら間違いなく世界を正しい方へ導いてくれると確信できた。

 現に人々は笑顔で過ごし、誰もが彼を支持していた。だが……。


 僕たちがエールに行っている間に何かあったのか……?


 確かめるにはもう一度帝国に行く必要がある、が……。

 傍には常にプリムラと『八芒星オクタグラム』が控えている。

 戦いは避けられない。


 ごちゃごちゃしてきた頭を落ち着かせる為大きく息を吐く。

 広場へ戻ると、アーニャが駆け寄ってきた。


「飛鳥くん! 無事で良かった。時計塔にいたっていう弓士は……?」

「『八芒星オクタグラム』のレオン・ユーダリルって名乗ってた。周辺国への見せしめに、この国を焼くとも……」

「そんな……」


 アーニャも不安げな表情を浮かべる。

 そこへ男が一人がやってきた。

 怯えた様子の娘を守るようにしっかりと抱きしめている。


「助けていただきありがとうございました。あの、あなた方は……」


 するとアーニャは背筋を伸ばし、


「この方はエール共和国の王、雷帝皇飛鳥様です。私はだ・い・い・ち、夫人のアニヤメリアといいます」


 やたらと「第一」の部分を強調し名乗った。

 嬉しさのあまり口元がニヤけてしまうが……、


「これはとんだご無礼を! 申し訳ございません!」


 跪く男に慌てて首を振る。


「あのっ、そんなにかしこまらないでください。皆さんが無事で良かったです」

「ありがとうございます。それでその、お二人はこれから……」

「はい、エールに戻るところです」


 それを聞いた男はすがるようにこう頼んできた。


「それでしたら、私たちも連れていってもらえないでしょうか? 帝国の侵略から逃れた者を受け入れていると聞きましたので……」

「え?」


 「そうなの?」と口には出さないが、アーニャへ視線を送る。

 しかしアーニャも同じ反応を見せた。

 住民たちへ目を移すと、人間と獣人が半々といったところか。


 ブーメランになるけど、人間を受け入れたらキタルファが怒らないかな……?


「あの、雷帝様……?」

「あ、す、すみません! そうですね、とりあえず一緒に行きましょう」


 と、飛鳥たちはハリンの町を後にした。






 それから一時間と少し、アーニャの言った通りエールとの国境に差し掛かった。

 視線の先には国境警備兵の姿が見える。

 飛鳥は手を振り、


「すみませーん! 一応国王の皇飛鳥です! 王城まで案内してほしいんですがー!」


 呼びかけるが、警備兵はそれに気付くと銃を抜き空へ向かって引き金を引いた。

 黄色い煙が広がっていく。


「信号弾……?」


 それを眺めていると、彼らはさっさと逃げていってしまった。


「あ! ちょっと!」


 追いかけようとしたが、


「この音は……?」


 アーニャが耳に手を当て辺りを見渡す。

 飛鳥も耳を澄ますと、


「え? な、何?」


 大地を殴りつけるような、規則正しい打撃音が聞こえてきた。

 音の方へ目をやると、土煙が起こり木々が宙を舞っている。そして──


「飛鳥ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 聞き覚えのある咆哮と共に、亜麻色の塊が向かってきた。

 全身の細胞が「このままぶつかったら死ぬぞ」と訴えてくる。


「ちょ! ちょっと待って!」


 身構えるが、次の瞬間視界が空を捉えた。

 直後、亜麻色の塊──マティルダに抱きしめられた木が悲鳴をあげ粉々に砕け散ってしまった。

 あれが自分だったらと嫌な汗が背中を伝う。


「──ってあれ? 何で空に……」

「ご帰還、お待ちしておりました! 我が王!」


 上を向くと、そこには懐かしい顔が。


「カトル! ありがとう、助かったよ」


 飛鳥が微笑むと、カトルも「いえ」と嬉しそうに笑った。


「飛鳥ーおひさひさー」


 隣を見ると、クララがアーニャを抱えている。


「クララも。ただいま」

「おかー」


 クララも満面の笑みを浮かべた。そこへ──


「カトルー! クララー! 降りてこーい!」


 マティルダの声が響く。

 地面に降りると、マティルダは飛鳥を抱きしめた。


「よくぞ戻った! 花婿修行、ご苦労だったぞ! 我が夫よ!」

「花婿修行……?」

「ん? そうであろう?」


 返事に困っていると、カトルが「そういうことにしてありますので」と耳打ちしてきた。


「あ……うん。マティルダも花嫁修行の調子はどう?」

「余を誰だと思っている! もちろん順調だ!」

「なら良かった。ただいま、マティルダ」


 それに機嫌を良くしたのか、マティルダは「ふふっ」と笑うと背伸びをし鼻先を飛鳥の顔にコツンとくっつけた。

 アーニャの絶叫が響く。


「アーニャ!? お、落ち着いて! これは猫がやる鼻ちゅーで口は当たってないから……」

「貴様もご苦労だったな、アーニャよ」

「はい……」


 マティルダの笑顔に他意はないと思うが、アーニャは少し拗ねたような表情を見せた。


「ところで飛鳥よ、この者たちはどうした?」


 ようやく話題がハリンの人たちに及んだ。

 当の本人たちはというと、マティルダの豪快さに驚き目が点になっている。

 訳を話すと、マティルダは目を細め


「またか……」


 と、呟いた。


「また?」

「クララ、先に戻りキタルファとアルネブに受け入れの準備をさせよ」

「しょーちー」


 クララを見送り歩き出すが、先ほどとは一転してマティルダは怒りを滲ませている。


「マティルダ。今、何が起きてるんだ?」

「城に戻ってから話そうと思っていたが……」


 マティルダは拳を握りしめ、


「この大陸は今、更なる混沌の中にある。帝国の、魔王のせいでな」


 牙を剥き出しにした。

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