第八十話 鍛冶神
──ニーラペルシに連れられ二、三時間ほど歩いただろうか。
木々が鬱蒼と茂る森の中に、目的の神殿は存在していた。
神殿の中から規則正しい金属音が聞こえてくる。
「ここは、鍛冶屋? ……ってか、いい加減アーニャを離してくれよ。歩きづらそうだろ」
飛鳥の問いに、ニーラペルシは一瞬視線を動かしたが、すぐに正面に戻してしまった。
その冷たい視線に飛鳥が身構える。
「順番に答えましょう」
「え? た、頼むよ……」
「ここは上位神の一柱、鍛冶神ルフターヴの神殿です。彼にはレーヴァテインとレーギャルンの切り離しを依頼しています。もうできている頃合いでしょう」
ニーラペルシの回答に飛鳥は唖然とした。
「できてるって……お前に預けたのは昨日だぞ!?」
「彼なら剣の一振り程度、一日とかかりません」
当たり前のように告げるニーラペルシに飛鳥が唸る。
鍛冶屋に対しての知識なんてほとんどないけど……。
それでも、さすがに一日じゃできないだろ。
神だから神力みたいなのを使って直すのかな?
「次に、アニヤメリアのことですが」
途端に、ニーラペルシの口調に厳格さが表れた。
いや、怒りと言い換えてもいいかもしれない。
「飛鳥。『神ま』で見る限り、貴方はこれまでの二十六年間、恋愛をしたことがありませんね?」
「ぐっ……。そ、そうだけど……。それとアーニャに何の関係があるんだよ?」
人が気にしていることを……!
……あぁそうですよ、恋愛経験ゼロですよ僕は。
いわゆる草食系だし? 現実の女性より二次元だーって時期が長かったし?
だけど……。
いざ面と向かって言われると思った以上に刺さるな……。
英雄になってから一番ダメージ受けてるかも、今。
喉に気持ちの悪いものがせり上がり、足が震える。
防御反応を必死に抑えながらニーラペルシを睨みつけた。
しかしニーラペルシの態度は変わらない。
「貴方はもう少し気持ちの伝え方を考えた方がいいでしょう。アニヤメリアも貴方に敬意と好意を持って接しています。ですが、この子もまた恋愛経験はなく、未だ修行中の身です。そのように一方的に好きだ愛していると言われては却って困惑してしまいます」
「そ、それは……」
あれ? もしかしなくてもガチで説教されてる?
「イストロスの人々やユーマイヤの言動にも問題がありましたが、最終的には当人同士の問題です。アニヤメリアのことを本当に想っているのなら、この子の立場に立った言動を心掛けなさい」
「ニーラペルシ様。私はその……た、確かにビックリすることもありますが、嫌な訳では……。飛鳥くんがそう言ってくれるのは嬉しいですし……それに──」
「貴女は黙っていなさい」
飛鳥を庇おうと、赤くなりながらも口を開いたアーニャの言葉をニーラペルシはピシャリと遮った。
ここまで怒っているニーラペルシはあまり見たことがないのか、アーニャの顔が青ざめていく。
「とにかく、あなたたちが最優先すべきはティルナヴィアの救済です。今のままでは結婚は許可できません」
「…………」
ドラマで聞くような台詞に思わず絶句してしまった。
……お前はアーニャのお母さんか何かか?
ティルナヴィアの救済が終わったら「娘さんとの結婚を許してください!」みたいなやり取りをしないといけないんだろうか?
「何か言うことはありませんか?」
「え?」
気のせいだろうか、ニーラペルシがいつもより大きく感じられる。
「えっと……。こ、これからは気をつけるよ……」
「違いますよね?」
「へっ?」
ニーラペルシはアーニャから手を離し、飛鳥を真正面から見つめた。
「な、何だよ……?」
だがニーラペルシは何も言わない。
何だか上司に詰められている時を思い出してしまった。
あ……思い出した途端に胃が……。
早くこの状況を抜けないと……。
キリキリし始めた腹部に手を置き、必死に正しい回答を考える。
心配してくれているのか、アーニャもハラハラした表情でことの成り行きを見守っている。
「……あ。アーニャ、これからは気をつけるね。ごめん……」
「う、ううんっ。本当に気にしないで」
素直に謝罪を口にすると、アーニャは笑顔で首を振った。
顔色を伺うようにニーラペルシの方を向くと……。
「ではルフターヴを呼びましょうか」
どうやら機嫌が治ったようだ。
ホッと胸を撫で下ろし神殿に近付いていく。
「ルフターヴ、ニーラペルシです。レーヴァテインを受け取りにきました」
ニーラペルシが声を掛けるが、返事の代わりに返ってきたのは金属音であった。
困惑したように飛鳥とアーニャが顔を見合わせる。すると……、
「飛鳥、アニヤメリア。あなたたちも声を出しなさい」
と、振ってきた。
「「え?」」
「早くしなさい」
「は、はい。ルフターヴ様! アニヤメリアです! レーヴァテインを受け取りに参りました!」
しかし返ってきたのはやはり規則正しい金属音だ。
飛鳥も口に両手を当て叫ぶ。
「ルフターヴ様ー! 皇飛鳥といいます! レーヴァテイン返してくださーい!」
だが──
「どうなってんだよ……。耳が聞こえないのか……?」
返ってくるのは金属を叩く槌の音だけで。
「飛鳥くん、一緒に叫ぼ!」
「分かった」
「せーの……」
「「ルフターヴ様ああああああああああああああああああああ!!!」」
鳥たちが驚いて逃げ出す程の──お互い出会ってから初めて聞くであろう絶叫に音が止んだ。
飛鳥とアーニャがガッツポーズを取るが……。
「何でだよ!?」
再び聞こえてきた槌の音に飛鳥はイラつき頭をかいた。
「ん? おい、何で呼ぶのやめてるんだよ。お前も叫んでくれよ」
飛鳥がニーラペルシの方を向く。
ニーラペルシは言葉を探すように『神ま』を捲ると、
「貴方が住んでいた日本風に言うなら、私は絶叫するようなキャラではありませんから」
そんなことを言い出した。
「そういう問題じゃないだろ!? 早くレーヴァテインを返してもらってティルナヴィアに戻らないと!」
憤慨する飛鳥に対し、ニーラペルシはあくまで冷静に『神ま』のページに指を走らせる。
直後、巨大な竜巻が起こり、周りの木々ごとルフターヴの神殿を粉々に吹き飛ばしてしまった。
「んなっ……!?」
その光景に二人が目を見開く。そこへ──
「誰じゃあ!! 儂の神殿を吹き飛ばしたのはぁ!!」
怒鳴り声と共に男が姿を現した。
「はっ……?」
その姿に、飛鳥は間抜けな声を発してしまった。
巨木のように太く、浅黒く焼けた筋骨隆々な肉体。
そして短く切られた白髪──見た目は人間でいって五、六十代といったところか。
しかし飛鳥が驚いたのはそこではない。
「ん? おぉ、ニーラペルシか」
ニーラペルシの姿を認め、ルフターヴがニカっと笑う。
「仕事熱心なのは良いことですが、もっと外の声にも気を配ってください」
そう、ニーラペルシは首を九十度近く逸らしルフターヴを見上げた。
「こ、この人がルフターヴ……!?」
自身の四倍以上、七メートルはあるだろう巨体に飛鳥はポカンと口を開けたままだ。
「お久しぶりです、ルフターヴ様」
アーニャが恭しく頭を下げる。
「おぉ! アニヤメリアか! 神格が戻って良かったな!」
「はい!」
笑顔で頷くアーニャに、ルフターヴは嬉しそうに大きな笑い声を響かせた。
「ルフターヴ、レーヴァテインはできていますね?」
「あぁ、あの剣か……」
レーヴァテインについて問われたルフターヴは先ほどとは一転して歯切れが悪い。
考え込むように顎を摩りながら腰を下ろした。
それでも全く目線が合わない。
ニーラペルシは訝しむように眉を寄せた。
「どうしました?」
「こいつだがなぁ……」
ルフターヴがレーヴァテインを手に取る。
その巨体のせいで、まるで短いナイフのようだ。
「無理じゃわい!!」
「は?」
ルフターヴはお手上げといった様子で笑った。
ニーラペルシの眉間にシワが寄っていく。
「確かに不安定な結合をしとる! だが──ん? お前さんが皇飛鳥、『黒の王』の器か! 大変なやつに目をつけられたなぁ!」
「は、はぁ……」
ルフターヴは相変わらず楽しそうだが笑いごとではない。
『黒の王』にどれだけ手を焼いたと思っているんだ。
「不安定な状態だが、こいつはこれが本当の姿よ! 引き剥がすよりちゃんとくっつけてやった方が早いわ!」
「しかしレーギャルンは『黒の王』の──」
「まぁ儂に任せておけ! こいつが暴れんようにちゃあんと直してやるわ!」
ニーラペルシはまだ納得していない様子だったが……、
「貴方がそう言うなら任せましょう。どれくらいでできますか?」
と、渋々承諾した。
「そうだのぉ、一週間ほどか」
「分かりました。ではその頃にまた来ます」
それだけ言うと、ニーラペルシはさっさと踵を返し歩き始めた。
「待たんかニーラペルシ! 神殿を直していけぇ!」
「神殿の修繕などそれこそ一瞬でしょう。私はこれで」
取りつく島もないニーラペルシの代わりに二人は頭を下げ、ルフターヴの元を後にした。
「という訳ですので、一週間ほど経ったらルフターヴの神殿に来なさい」
「承知いたしました」
「あぁ、分かった」
アーニャと飛鳥が返事をすると、ニーラペルシはすぐに姿を消してしまった。
「一週間どうしようか?」
「ん〜……そうだ、せっかくだから神界を案内させて。飛鳥くんに見せたい場所がたくさんあるの」
「それいいね、お願いしようかな」
飛鳥が同意を示すと、アーニャは嬉しそうに笑った。
その笑顔が可愛くて──
いや、いかんいかん。
アーニャの立場に立った気持ちの伝え方をしないと……。
ニーラペルシの説教を思い出し頭を振る。
アーニャはその様子を不思議そうに見ていたが、
「ねぇ、飛鳥くん。お願いがあるんだけど、いい……?」
いつもより少しだけ真剣な声色で尋ねてきた。
「なぁに?」
「ニーラペルシ様のこと……まだ信用してないと思うんだけど……」
「それは……」
正直、信用はしていない。
アーニャに出逢えたのはニーラペルシのお陰だ。だけど……。
『救世の英雄』に選ばれた時点で、自分は、自分の意思とは関係なく、人間でも神でも、他の何ものでもない存在になってしまった。
ゴールがない旅に送り出され、更にはよく分からないやつの『器』とやらにされて……。
どこまでがニーラペルシの意思によって成されたことかは知らないが、そんな状態で全てを受け入れて、信じなさいって方が無理がある。
でも……。
アーニャやステラへの接し方を見て、悪いやつじゃないんじゃないかなと思っている自分がいるのも事実だ。
まぁ、そういう風に見せてるだけかも知れないけど……。
「いいの。ニーラペルシ様は口数も少ないし、あまり感情を表に出されない方だから」
「アーニャ……」
「でもね、本当にお優しい方だし、ステラちゃんのことも飛鳥くんに言われて、きっと気にされてると思う」
どう表現したらいいか探るように、アーニャはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「だから、少しだけでもいいから、私に接するみたいにニーラペルシ様にも接してほしいなって……」
「……」
「何かあったら遠慮なく私に言って。私のことなら、信用してくれるでしょ……?」
「アーニャのことを疑ったことはないよ」
その言葉にアーニャの口元が綻んだ。
「……努力、してみるよ。良かったらニーラペルシのこと、聞かせてほしいな」
「もちろん! 時間もあるし何でも聞いて! ……ありがとう、飛鳥くん」
喜びを噛みしめるようにアーニャが微笑む。
こうして、二人も帰路についた。
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