第七十七話 未来に向かって

 モルダウ軍砦──


 もう戦いは終わったというのに、兵士たちが慌ただしく走り回っている。

 その様子に首を傾げつつ、飛鳥はアーニャたちと作戦本部に向かっていた。

 ティアナとメルクワーズの話し合いを見届ける為、なのだが……、


「ねぇねぇアスアス。話し合いは魔王様たちに任せてさ、この中案内してよ! 特に人目につかないところとか♪ あはっ☆」

「そういう訳には……。てかあまり近付かないでもらえると……」

「アスアス酷くない!? バカにしたの謝ったじゃ〜ん」


 腕を組み離れないペルラに、飛鳥はげんなりとした表情を浮かべた。


 イストロスに来て初めて戦ったサキュバスのペルラ。

 魔王城から出た一行が目にしたのは、バルトロメオに捕まりべそをかいている彼女の姿であった。

 これもメルクワーズが魔王を継承した影響だ。

 魔族の復活──いずれはラークラールを始め、歴代の四大悪魔たちもメルクワーズを支えるべく蘇るらしい。


 それにしても……と飛鳥は溜め息をついた。

 最初に、しかもこんなに早く復活したのがペルラとは……。

 肌の色も何故か褐色から白に変わってるし。

 こちらへの当たりも少し柔らかくなってる、気がするし。


「アスアス〜。機嫌直してよ〜。よく見たらアスアスって結構かっこいいし? メテルニムス様を倒しちゃったぐらいだし? 好きになっちゃうかも、なんちゃって♪」


 流行り物の陽キャやギャルが実は根暗にも優しくて良い子でしたってギャップ萌えキャラかお前は。

 それに……。


 迫るペルラを押さえながら、恐る恐る後ろを振り向いた。


「…………」


 剣に手を掛け、凄まじい殺気を放ちながらアーニャがこちらを見ている。

 笑顔な分余計に恐ろしい。

 とりあえず飛鳥も笑い、空いている方の手を振ってみた。

 しかしアーニャは頷くだけで。


 まずい……。下手したらこいつもう一回死ぬぞ……。


 飛鳥は初めてアーニャに恐怖という感情を抱いた。

 その隣でアルベルトが笑う。


「君たちの間に何があったかは知らないが、魔族にここまで好かれるなんて飛鳥くんはやっぱり面白いね」


 全然面白くないんですが。


「ペルラ、飛鳥様が困っていらっしゃいますよ。こちらにいらっしゃい」

「は〜い、じゃあまた後でね♪」


 メルクワーズに窘められると、ペルラは素直に彼女の方へ駆けていった。

 飛鳥が軽く頭を下げるのを見てメルクワーズが微笑む。

 そこへアーニャが小走りで寄ってきた。


「アーニャ、あの……」


 何と続けたらいいか思案しながら口を開くが、アーニャは拗ねたような表情で目を合わせてくれない。

 だが、その仕草が返って……。


 もしかしてアーニャ、妬いてくれてるのか……?

 そ、それって、つまり……!


 思い切ってアーニャの手を握る。

 アーニャは一瞬だけ固まったが、すぐに飛鳥の方を向いて微笑んだ。


「アルベルトさんとヘレンさんの仕事についてもお願いしないとね」

「うん!」


 そして、二人はティアナたちに続いて作戦本部へ入っていった。






「今後のことだが……課題は山積みだな」


 ティアナが眉を寄せ天を仰ぐ。

 しかし飛鳥たちの視線に気付くと慌てて姿勢を正した。


「あっ! いえ! 課題は多いですが必ず私たちの手で解決してみせますとも!」


 ティアナの態度に、そこは心配してないからそんなに慌てなくてもいいんだけどなぁ、なんて考える。


「そのことですが、僕からよろしいですか? ティアナ姫」

「えぇ、もちろんです」


 手を挙げるアルベルトにティアナが頷く。


「まず早急に行わなければならないのは、人間と魔族はもう敵対関係ではないということを広く知らせることです。ここで小競り合いでも起きたら今回のことが無駄になってしまう。まぁ人間の方から仕掛ける可能性は低いから、メルクワーズに頑張ってもらいたいところではあるけど……」


 そこまで話して、アルベルトは考え込むように口をつぐんだ。

 メルクワーズが不思議そうに尋ねる。


「どうかしたのですか?」

「今ヴァラヒアの中枢には君とキスキル・ナハトしかいないだろう? 徐々に復活するとはいえ、この人手不足をどうしたものかとね」


 するとメルクワーズは微笑み、こう述べた。


「あぁ、それでしたらご心配なく。私が魔王を継いだ時点で、魔族側には伝わっていますから」


 その言葉にアルベルトの目の色が変わる。


 あ、これ話が脱線するパターンだ。


「魔術や儀式を行わなくてもそれが可能とは……! 魔族の統一意思とはどんな仕組みなんだろう……。メルクワーズ、是非詳しく──」


 あぁ、やっぱりと飛鳥とアーニャが止めに入ろうとしたが──


「ん? どうしたんだい? 妹よ」

「は、話が……そ、逸れてますから……す、座ってください……」


 アルベルトを止めたのは意外にもヘレンであった。

 珍しく素直に従い、アルベルトが腰を下ろす。


「であれば、次は飼い人の解放だね。エレナくんのような者もいるかも知れないが一度全員を帰した方がいいだろう。希望者は改めてヴァラヒアに移ればいい」

「はい、そのようにいたします」


 と、メルクワーズは頭を下げた。


「モルダウはティアナ姫の正式な即位からですね」

「はい、皆にきちんと説明せねば……」

「最後にモルダウとヴァラヒアの同盟締結を調印すれば、新しいスタートだ」

「分かりました」


 ティアナが頷く。


「ねぇ、ちょっといい?」


 先ほどから微笑を浮かべ話を聞いていたキスキル・ナハトがアルベルトに声をかけた。


「何かな?」

「アルデアルはどうするの? ヴァラヒアとモルダウが手を組んだと知ったら、恐怖で軍を動かすかも知れないわよぉ?」


 まるでそれを望んでいるかのように、キスキル・ナハトは笑みを濃くする。

 警戒するように、アルベルトが身構えるが……。


「そんなに怖い顔しないの。メルクワーズ様を裏切ったりはしないわぁ」

「それならいいけどね」


 尚も睨むアルベルトに、キスキル・ナハトはイタズラっぽく笑った。


「アルデアルにももちろん同盟締結に参加してもらう。根回しは僕がやっておくよ」


 なかなかに凄いことをサラッと言ってのけるアルベルトに、ティアナが口を開く。


「アルベルト殿はアルデアルに戻られるのですか? 向こうでは研究者をされていたんですよね?」

「いえ、帰る気はありません」


 食い気味に否定されティアナは、


「それでしたら是非モルダウに来ていただけませんか? これからの世の為、お知恵を貸してください」


 と提案した。だが……、


「ありがたい提案ですが、僕には僕の望みがありまして」


 アルベルトはメルクワーズへ視線を向けた。

 メルクワーズが首を傾げる。


「アルベルト様?」

「メルクワーズ、君の隣にいさせてもらえないだろうか」


 飛鳥とアーニャを除く全員の目が点になり、沈黙が流れる。


 また誤解を生むようなことを……。


 二人は顔を見合わせた。

 アーニャも同じことを考えているらしい。


「…………へっ!? わ、私っ!?」


 メルクワーズの顔が段々赤くなっていく。


「あぁ、どうか僕の望みを叶えてほしい」


 アルベルトは深く頷いた。

 ティアナやバルトロメオ、エレナはもちろん、キスキル・ナハトさえも固唾を飲んでメルクワーズの言葉を待っている。


 傍から見たらプロポーズ以外の何物でもないのだが……。

 この旅で見てきた限り、アルベルトにそういう考えはない。

 四人はともかくヘレンぐらいはいい加減慣れてくれると……ん? ヘレン?


 ヘレンの方を向き、飛鳥は目を見張った。

 目の錯覚だろうか。

 ドス黒い、絶望のオーラのようなものが全身から溢れている。

 他の面々もそれに気付いたようだ。

 まずはティアナが立ち上がった。


「アルベルト殿! それは少し性急というか……ある程度落ち着いてからにしませんか!?」

「いえ、それではダメです」


 アルベルトがピシャリと言い放つ。

 次に動いたのはキスキル・ナハトだ。

 メルクワーズを抱き寄せ、


「大きく出たわねぇ。メルクワーズ様は魔族を統べるお方よぉ? 一般人は一般人とがお似合いだと思うけど」


 ヘレンへ視線を送った。


「そんなの関係ないだろう。それに僕は一般人じゃない、天才魔術研究家だ」


 自信満々な態度に、キスキル・ナハトは気圧されてしまった。

 その間もヘレンは呪詛を吐くかのようにブツブツと喋っている。


 この辺で止めないと、まずいよなぁ……。


「あの……」

「飛鳥様?」

「アルベルトさんはメルクワーズと結婚したい訳じゃなくて、魔族の研究がしたいんですよね?」

「へっ?」


 ティアナが素っ頓狂な声をあげた。


「ん? 結婚? 何を言ってるんだ? もちろん、共存するには互いのことを深く知る必要があるからね。それに、ティアナ姫とメルクワーズの代だけで終わったんでは意味がない。互いが代替わりした後も関係を続けていく為には正確で詳細な資料が不可欠だ。それをまとめ、次代へ繋ぐ。僕以外に適役がいると思うかい?」


 それを聞いて全員が脱力してしまった。

 もうちょっと言い方を考えてもらいたい。


「で、ではアルベルト殿はヴァラヒアに行くとして……。ヘレン殿だけでも私の下に来ていただけませんか?」

「あ……。は、はい……。よ、よろしく──」

「ティアナ姫、申し訳ありませんがヘレンくんは僕と一緒に来てもらいます」

「えっ……?」


 ヘレンがゆっくりと顔を上げる。


「何て顔をしているんだい? 君は僕のお茶汲み係兼助手だよ? それと、もう兄妹の振りは終わりだ。ここまで来た以上名を偽る訳にはいかないからね」

「は、はい……!」


 涙を拭いながら、ヘレンは花が咲いたように笑った。


「アルベルト様、名を偽るとは……?」


 メルクワーズの問いにアルベルトが微笑む。


「面倒ごとを起こしたくなくてね。僕の本当の名はアルベルト・ノルデンショルド、アルデアルが生んだ世界一の天才だ」

「あら、ノルデンショルドってことはマスティヴァイスの腰巾着だったあのおデブちゃんは貴方の親族かしら?」


 キスキル・ナハトの言葉に、アルベルトは拳を握り肩を震わせた。


「恥ずかしいことにあれは僕の父親でね。でももう関係ないことだ。家の為ではなく、僕個人の意思で魔族の側からこれからの世界を見たいんだ」

「そういうことであれば大歓迎です」


 差し出されたメルクワーズの手をアルベルトが握り返す。

 ヘレンの機嫌も直ったようで何よりだ。


「よし、今日ぐらいは騒いでも構わないだろう! バルトロメオ! 兵たちに命じ準備を始めよ!」

「はっ! 既に準備を開始しております! 夕刻までには間に合うかと!」

「そうだったのか。ありがとう」


 そこでバルトロメオは姿勢を正し、


「これからも、お支えいたします。セスト殿の分まで」


 深々と頭を下げた。


「バルトロメオ……。あぁ、頼んだぞ。アーニャ様たちも是非、まだこちらにいらっしゃいますよね?」

「はい、まだニーラペルシ様もいらしてませんし、飛鳥くんとステラちゃん……も?」


 そこでようやく、


「あれ? ステラは?」


 ステラの姿が見当たらないことに気付いた。

 アーニャが俯き拳を握る。


「アーニャ……?」


 肩に手を掛けようとすると、アーニャはバッと顔を上げこう述べた。


「ティアナさん! ちょっと炊事場をお借りしますね!」


 と──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る