第七十五話 過ち
ステラの肉体から徐々に黒い霧のようなものが浮かび上がっていく。
飛鳥は右腕に更に力を込めた。
「はああああああああああ!!」
あまりの眩さに皆が目を覆う。
そこへステラのものとは違う、低い女の声が響いた。
「まだだ……!! ステラの肉体を失う訳には……!!」
黒い霧から魔力が放たれ、飛鳥に襲いかかる。
首と四肢を締め上げられるが、飛鳥は攻撃の手を緩めない。
振り解こうと全身を雷撃が駆け巡る。
互いの魔力が打ち合い、壁や床を叩きつけた。
黒い霧がステラの肉体に戻ろうと足掻くが、雷に遮られ少しずつ剥がれていく。
「飛鳥……! 飛鳥飛鳥飛鳥ァ!! 神界の侵略者共め!! 一度ならず二度までも……!!」
憎しみに満ちたメテルニムスの声に、飛鳥は静かに応えた。
「あぁ、お前にとって俺たちは侵略者だ。破壊者だ。それを否定するつもりはない。でも──」
その口調に憐れみや同情はない。
「俺たちはこれが正しい、新しい未来に繋がると信じている。だからもう、ここで終わりだ。メテルニムス」
メテルニムスの絶叫が木霊する。
黒い霧が霧散し、ステラの肉体が糸が切れたように崩れ落ちた。
「ステラ! しっかりしろ! ステラ!」
口元に手を当てると、微かだが呼吸が感じられる。
気を失っているだけのようだ。
「勝った、のか……?」
実感が湧かないのかティアナがポツリと呟く。しかし……、
「いえ、まだ……」
「えぇ、まだです」
アーニャとメルクワーズが緊張した様子で応えた。
黒い霧が消滅したというのに、アーニャもヘレンも起き上がれずにいる。
「まさか……!」
ティアナが息を呑んだ。
「まだ……終わってなるものか……!!」
部屋を包み込むように響くメテルニムスの声に、ティアナがギョッとする。
散り散りになった筈の黒い霧──メテルニムスの魂が集まり塊となった。
血のように真っ赤な双眸が憎悪を放ちながらティアナたちを見つめている。
「何てしぶとい……!」
歯噛みするティアナには目もくれず、メテルニムスはメルクワーズに向かって飛びかかった。
「その体、私に捧げよ! メルクワーズ!!」
「あっ…………」
「逃げろ! メルクワーズ!」
ティアナが叫ぶが、メルクワーズは恐怖で動くことができない。
ティアナとアルベルトが駆け出すが──
「来い──レーヴァテイン」
黒い光が、流星のように
空間を斬り裂き、遮るものを穿ち、その光は玉座の間へと舞い降りた。
「きゃあっ!?」
「ぐうううううううう!?」
光が生み出した衝撃波がメルクワーズとメテルニムスを薙ぐ。
やがて光が消え、現れた剣をアーニャは呆然と見つめた。
「レーヴァ、テイン……?」
「待たせてすまなかったな」
ステラを床に寝かせ、飛鳥がレーヴァテインへと近付いていく。
するとベルトからレーギャルンが一つ、また一つと外れ、レーヴァテインを取り囲んだかと思うと融合し、鍔と柄を金色に染め上げた。
アーニャがキョトンとした表情を浮かべる。
「レーヴァテインとレーギャルンがくっついた!?」
肉体の辛さを忘れたように大声を出すアーニャに微笑みかけ、飛鳥はレーヴァテインを引き抜いた。
「行くぞ、レーヴァテイン」
飛鳥の声に歓喜するかのように、この時を待ち侘びていたかのように、レーヴァテインの剣身が雷を纏う。
「いつまでそうしているつもりだ、メテルニムス」
レーヴァテインを肩に担ぎ、メテルニムスを睨みつける。
直後、メテルニムスの魂が髪の長い成人女性の姿を取った。
両耳の上に巻き角が一本ずつ生えている。
恐らくあれがメテルニムスの本来の姿なのだろう。
「感じるぞ飛鳥。それがお前の至った場所か」
「あぁ」
メテルニムスから魔力が噴き上がる。
「ならばこれが最後の一撃だ。決着を着けるぞ」
「もちろん、そのつもりだ」
メテルニムスの周囲が魔力の収束によって歪んでいく。
飛鳥もレーヴァテインを振り被った。そして──
「咆哮せよ──」
「滅びよ!! 『救世の英雄』!!」
「レーヴァテイン!!」
闇と雷の魔力がぶつかり合い、大気を揺らす。
互いの力は拮抗しているように見えたが……、
「ッ!」
徐々に闇が雷を飲み込んでいく。
押され、飛鳥は苦悶の表情を浮かべた。
『
これが大地の守護者としての、やつの全力か……!
でも……!
視界の端にアーニャたちの姿が映る。
この後のことなんて考える必要はない。
皆が、アーニャがいる。
だから、俺が今為すべきことは──
「この世界に、この世界の摂理に終焉をもたらせ!! レーヴァテインッ!!」
レーヴァテインが黄金に輝く。
一気に闇を押し返し、メテルニムスを灼いた。
「おのれ……! 何故……何故だ! 何故私が敗れる!? 私は間違ってなどいない! 私は魔王、魔族の母だ! なのに……何故──」
「なら、どうしてメルクワーズを捨てたんだ」
「何……?」
メテルニムスが眉を寄せる。
「魔族の母なら、どうしてメルクワーズを捨てた。あの子はお前が血を分けたたった一人の、本当の子どもだろう」
「本当、の……」
一瞬だけ、メテルニムスがメルクワーズへ視線を移す。
あぁ、そうか──
「私は……間違ってはならぬところで、間違ったのだな……。私の……愛しい……」
それ以上、メテルニムスの言葉が続くことはなかった。
彼女を貫いた雷は、やがて空の彼方へと消えていった──。
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