第七十四話 覚醒

「アークが覚醒しただと……!? あり得ん! 下位のお前が何故!」


 怒鳴り立ち上がると、メテルニムスは剣を構えた。

 魔力が集まり、剣身が赤黒く染まっていく。


「答えろ! 飛鳥!」


 メテルニムスが剣を振り抜くと、剣身を染め上げた魔力が巨大な炎となり、飛鳥へ襲いかかった。

 飛鳥は一歩も動かず拳に力を込める。


「そんなの決まってるだろ」


 そして雷撃を放ち相殺してしまった。

 メテルニムスが舌打ちする。


「俺はアーニャを笑顔にする為ならどんな力でも、アークだろうと使いこなしてみせる!」

「そんな──」


 直後、何かが弾け飛ぶような音がした。


「そんな理由で覚醒されてたまるかッ!! アークを何だと思っているッ!!」


 ステラの可愛らしい顔を怒りで歪めメテルニムスが吼える。

 石畳が砕け散るほどの力で床を蹴り、飛鳥へ飛びかかった。

 同時に飛鳥が手を掲げる。

 するとメテルニムスを狙い撃つように、上空からいくつもの稲妻が放たれた。しかし……、


「この程度ッ!」


 メテルニムスは恐ろしい速度で隙間を縫い、剣を振り被った。

 だが飛鳥の表情に焦りや驚きは見られない。

 これこそが狙いだったのだ。

 軌道を絞り、そこへありったけの魔力を叩き込む。

 メテルニムスの動きに合わせるように拳が動いた瞬間だった。


「ッ!?」


 飛鳥が目を見開き飛び退くが──


「ふん。これで分かったか、下位が上位を上回ることはできん」


 胸元が横一文字に裂け鮮血が噴き出した。

 アーニャが悲鳴をあげる。


「嫌……飛鳥くん……!」

「飛鳥様!」


 ティアナが叫ぶが、飛鳥は手を向け制した。


 軌道を絞った唯一の出口。

 こちらにとっては勝利を掴む為の、大事な入り口だった。

 そこへ来て、メテルニムスの体が更なる加速を見せた。

 『終焉の王フィニス・レガリア』で視た以上の爆発力。


 これが、『やがて無限へと至る正帰還アグレッシブ・リフレクション・イクス』の力か……!


 喉から上がってきた鉄臭い、ドロリとした塊を吐き捨て、メテルニムスを見つめる。

 その様子にメテルニムスは愉快そうに笑った。


「この程度も避けられんとは、新たな力を手にした喜びが抑えられなかったか?」

「お前こそ、こんなかすり傷をつけたぐらいでそんなに喜ぶとはな」


 互いに、一歩ずつ歩を進める。


「「底が知れるぞ」」「飛鳥」「メテルニムス」


 メテルニムスの顔から笑みが消え、瞳に激しい怒りが宿る。

 反対に、飛鳥は獰猛な笑いを浮かべた。

 二人が同時に石畳を蹴る。


「今の言葉、後悔させてやるぞ! 飛鳥!」

「それはこっちの台詞だ」


 先ほどまでよりも鋭い斬撃を躱し、叩き落とし、殴りつける。

 しかし、後数センチというところで、メテルニムスは人間ではあり得ない方向に体を捻った。

 ステラの肉体が耐えきれず、耳障りな音を立てる。

 痛みを感じていないのか、それとも気にしていないのか、メテルニムスは振り向きざまに剣を振った。


 マズい!


 反射的に上体を反らし、飛び退くと同時に雷を生み出す。

 取り囲むように放たれた雷撃がメテルニムスを撃つが、彼女はそのまま剣を振り抜いた。

 風切り音が耳を撫でる。

 首の皮が僅かに切れ、ジワリと血が滲んだ。

 それだけで済んだことに安堵の溜め息をついたのも束の間。

 黒い雷がムチのように石畳を打ちながら飛鳥に迫る。

 雷の壁を生み出すが容易く破られてしまった。


「くそっ!」


 既のところで横へ飛ぶが、躱し切れず左足を焼かれ、呻き声を漏らす。


「この野郎……!」


 血が出るほど唇を噛み締め、メテルニムスを睨みつける。


「さっきまでの威勢はどうした。それとも、ようやく勝てぬと悟ったか?」


 言葉とは裏腹に、メテルニムスの表情に奢りや慢心はない。

 こちらの出方を窺うように鋭い視線を向けている。

 無理やり捻った肉体を戻していくが、気持ち悪い光景と音に思わず口元を覆った。


「立てないか? ならばこれで終わりだ」


 メテルニムスが剣を掲げる。

 黒い炎と雷が渦を描き、天井を砕き瓦礫を巻き上げた。

 皆が茫然自失とする中で、飛鳥は『終焉の王フィニス・レガリア』に力を込める。

 その時、頭を鷲掴みにされるような感覚に襲われた。


『何をしている』

「!? 『黒の王』……!」


 頭の中に、『黒の王』の笑い声が響き渡る。


『何故視ようとしない』

「……? メテルニムスとステラの力ならもう視終わったよ、でも……」

『そんなことは聞いていない。何故自身を見ない。お前は、俺の器はその程度ではないぞ』

「俺、自身……?」


 直後、声が消え、掴まれている感覚もなくなった。


 俺自身を、視る……?


「何をブツブツ言っている」


 メテルニムスの手に巨大な、この城さえ両断してしまうほどの真っ黒い剣が現れた。

 飛鳥が目を見張る。


 あんなものを使われたら、この大地が……!


 心中を察したのか、メテルニムスが静かに告げる。


「安心しろ。死ぬのはお前だけだ、余計な破壊はしない。大切な、私の世界だからな」

「……お前って、本当に……」


 飛鳥は痛みを堪え、しっかりと床に足を着け立ち上がった。

 両手に魔力を集中させる。


「最後に言っておきたいことはあるか? 飛鳥」


 メテルニムスの問いに、飛鳥は目を瞑り首を振った。


「そうか」


 メテルニムスが剣を突きつける。

 飛鳥も応じるように拳を握った。

 真っ黒な魔力が、一直線に向かってくる。だが……、


「あぁ、特に言うことはないな」


 飛鳥の手に触れた瞬間、メテルニムスの剣が跡形もなく消滅した。

 何が起きたのか理解できず、メテルニムスはしばらく自身の手を見つめていたが──


「ど、どういうことだ!? これは!?」

「まだ、最後じゃないからな」


 慌てふためくメテルニムスへ飛鳥が腕を伸ばす。

 しかし皆が捉えられたのはその場面だけであった。

 次の瞬間、無数の打撃音と共にメテルニムスの体が宙を舞う。


「がはっ!? な、何──がっ!?」


 飛鳥の蹴りがメテルニムスの顔面にめり込み、メテルニムスは床に叩きつけられた。

 そこへすかさず稲妻を落とす。

 メテルニムスの悲鳴が響きわたった。


「おのれ……! 飛鳥ぁ……!」


 体を起こし、息を切るメテルニムスの前に、飛鳥が立ち塞がる。

 そして、再び彼女の全身を殴り飛ばした。


「があああああっ! この……このぉ……!」


 メテルニムスが魔力の塊を撃ち出す。

 だが、先ほどまでの威力はない。

 メテルニムスは怪訝そうな表情を浮かべた。


「『やがて無限へと至る正帰還アグレッシブ・リフレクション・イクス』が……使えない……? な──」


 その時だった。

 ステラの肉体から黒い霧のようなものが浮かび上がり、膝を折った。


「何だ!? 私とステラの結合が弱まっている!?」

「それは元々ステラの力だ。結合が解かれかかっている今、使えなくて当然だろう」


 ハッとメテルニムスが顔を上げるが、そこへ飛鳥の蹴りが突き刺さった。


「ぐぅっ! さっきから飛鳥、お前……。この体はステラのものだぞ!? 取り戻すと言っていたのは嘘か!?」

「いいや、嘘じゃないさ」


 肩を掴み立ち上がらせ、脇腹に拳を叩き込む。


「気付いていないのか? よく見てみろ。さっきから俺は、

「はっ……?」

「た、確かに……」


 その言葉に、ティアナが口を開いた。


「ステラ様の体に傷がない……?」


 飛鳥が頷く。


「そうだ。俺はずっと、お前の魂だけを攻撃していた。ステラを取り戻す為にな」

「何を言っている!? 魂だけを攻撃!? そんなことできる筈がない! ふざけたことを──」

「魂が、物質……?」


 メテルニムスがゆっくりと頭を動かし飛鳥を見上げる。

 他の者たちも飛鳥の言葉が理解できず、唖然としていた。


「俺が英雄になる前にいた世界で唱えられていた学説だ。人間は死ぬと二十一グラムだけ体重が減るらしい。当時の学者たちはそれを魂の重さだと考えた。その真偽は今はどうでもいい。だがこの瞬間、この場所においてそれは真実だ。

「訳の分からんことを!」


 メテルニムスが拳を振り上げようとするが……、


「か、体が思うように動かん……!」


 苦々しく口にする。


「結合が弱まっているんだ。お前の魂とステラの肉体が混ざり合うことはもうない」

「一体何をした!? 飛鳥! 魂が物質だなどと──」

「それが俺の、『終焉の王フィニス・レガリア』の能力だ」


 飛鳥の右眼が更に輝きを増し、雷が迸った。


「『終焉の王フィニス・レガリア』には二つの能力がある。一つは相手を解析し、俺の力とする能力。そしてもう一つは、一定の範囲内に任意の法則を敷く能力だ」

「法則を、敷く……?」

「そうだ。魂が概念的なものではなく物質となれば、そこにプラスマイナスの電子が生じる。そうなれば、後は俺の領域だ」


 飛鳥がステラの胸元に右手を当てる。

 それにメテルニムスは目を見張った。


「や、やめろ!! ステラの肉体は私のものだ!!」

「違う! ステラはアーニャの戦友で、大切な仲間だ! 返してもらうぞ!」


 飛鳥の放った雷撃が全身を包み込み、断末魔にも似た、メテルニムスの咆哮が轟いた。

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