第七十三話 大地の守護者
メテルニムスはロングソードよりも長い剣を一息で鞘から引き抜き構えた。
その立ち姿にアーニャの顔が強張る。
「あの構えは、ステラちゃんの……!」
メテルニムスはニタリと笑い、
「飛鳥。アニヤメリアから私とステラの力についてちゃんと聞いてきたか?」
そう尋ねてきた。
続く言葉は想像がつく。
「当たり前だ。聞いてませんでした、なんて言い訳をするつもりはない」
するとメテルニムスは益々笑みを深くした。
「どのみち言い訳などできぬよ。この戦いはお前の死で終わるのだからな」
「……そうだな。お前が消滅して終わりだもんな」
言い返してみたがメテルニムスの様子は変わらない。
『黒の王』のことを知っていながら、全く恐れていないようだ。
やっぱり、メテルニムスの力は……。
アーニャとティアナも剣を構える。
アルベルトとヘレンがそれぞれに強化魔術を施すが──。
「せっかくだ、今回はステラがいないからな。三年前は使うことができなかった私の力を見せてやろう」
メテルニムスの手の平に黒い炎が灯った。
メルクワーズが叫ぶ。
「来ます! 皆さん! 気をつけてください!」
彼女の言葉で、メテルニムスの表情に変化が見られた。
呆れ返ったように炎を軽く吹き消す。その途端──
「あ…………?」
小さな声をあげ、ヘレンが床に崩れ落ちた。
手足を投げ出しピクリとも動かない。
手にしていたチョークがコロコロと床を転がる。
アルベルトは急いでヘレンを抱き上げた。
「ヘレン!? これは……魔力が、枯渇している……! どうして……!?」
アルベルトの言葉に全員が息を呑む。
殊更に動揺を見せたのはアーニャとメルクワーズであった。
「何で、防御魔術を施したのに……!?」
アルベルトはヘレンを床に寝かせると人工呼吸で魔力を分け与えた。しかし……、
「何故だ!? 供給した先から魔力が消えていく!?」
やはりヘレンは動かない。
そこへメテルニムスの笑い声が響き渡った。
「ここまで物を知らぬとは思わなかったぞ。アニヤメリア、メルクワーズ」
「どういうこと……?!」
「私は魔王メテルニムス。魔族を統べる者であると同時にこの大地の守護者だ。ここに生きる者たちが実り豊かな『豊穣』を享受できるか、作物が死に絶え、明日の糧さえ得られぬ『飢餓』を味わうかは私のさじ加減次第よ。これは魔術でどうこうできるものではない、この世界の摂理だ」
「そんな……!」
皆に動揺が走る。
その様子を愉しげに眺め、メテルニムスは再び手に炎を宿した。
「もう一つ教えてやろう。『飢餓』はこの大地に存在する者全てに等しく与えられる。神界の者であってもな」
そう告げ、再び火を吹き消す。
「あぐっ!? 体に……力が……!」
「アーニャ!!」
「アーニャ様!!」
膝を折るアーニャに飛鳥とティアナが駆け寄った。
アーニャは真っ青な顔で胸を押さえ、必死に空気を吸い込んだ。
「メテルニムス!! お前……!!」
「安心しろ、すぐには死なん。そいつらは後だ。まずはお前を殺し、たっぷりと絶望を味わってもらわなければな」
心底愉しそうに、メテルニムスが笑う。
拳を握りしめ、飛鳥は駆け出した。
「灼き払え! レーギャルン!」
レーギャルンが熱線を放つ。
メテルニムスはそれらを避け、剣を振るった。
一振りで魔力の刃が複数生み出され、飛鳥に襲いかかる。
レーギャルンを盾にし、飛鳥は壁を走り飛び上がった。
黒く染まった右腕に炎が宿る。
「《
レーギャルンが砲身を作るように並び、その中心に拳を叩きつけた。
リカルドの時とは比べものにならない程の炎の塊がメテルニムスを包み込む。
ティアナたちの表情が明るくなるが……、
「……ダメか」
「えっ……?」
吸い込まれるように炎が消えていき、飛鳥は舌打ちした。
その中から現れたメテルニムスは、肉体はおろか鎧にすら傷一つついていない。
ティアナたちの顔が一瞬の内に絶望に塗り潰された。
「それが『
メテルニムスは答えない。
飛鳥を見据え、左手を翳した。
「これが私の同胞を灼いてきた力か。さぞ痛かっただろう、苦しかっただろう……。飛鳥よ、ただ返すだけでは足りん。何倍も、何十倍も苦しんで死んでゆけ」
メテルニムスの手に煌々と燃え盛る炎が灯る。
飛鳥はレーギャルンを盾に身構えるが……、
「無駄だ」
メテルニムスの放った炎はアッサリとレーギャルンを弾き飛ばし、飛鳥の体を灼いた。
「があああああああああああああああッ!!」
「飛鳥様!!」
壁に打ち付けられ、立ち上がろうとするが体に力が入らない。
「まだだ」
足元から爆発が起こり、飛鳥は受け身も取れず床を転がった。
悲鳴をあげることもできず、グッタリと横たわっている。
「あれは……一体……!?」
アーニャが目を見開き、絞り出すように口にした。
それを横目に、メテルニムスが笑う。
「相手の力を吸収し、己の力に変換する『
メテルニムスはアーニャへ憐れみとも取れる視線を向けた。
「それはステラが下位の英雄だった時の名前よ。こいつの真の能力名は『
「何、それ……!?」
アーニャは動揺を隠せない。
英雄の能力が変化、いや、進化するなんて聞いたことが……。
「上位神は本当に意地が悪いな。お前たちにはほとんど真実を伝えず、英雄の育成を命じるだけ。そもそも疑問に思わなかったのか? 上位の英雄たちは複数の世界救済を同時進行している。全く異なる世界を、だ。例えば、飛鳥の魔術が全ての世界に通用すると思うか?」
「それは……」
言われてみれば、その通りだ。
存在している力も物理法則も文明レベルも違う複数の世界を、上位神様と英雄たちはどうやって……?
「『
「え……?」
「ほう」
息も絶え絶えに飛鳥が立ち上がる。
その口から出た単語にアーニャは眉を寄せた。
「ニーラペルシめ、随分お前が可愛いようだな。『
「ニーラペルシが俺のことをどう思ってるかなんて知るかよ。ただ、俺も同じことをずっと考えていた。聞いてみたら案外アッサリと答えてくれたよ」
荒く息を吐きながら無理やり笑う。
「俺たち英雄には対象の世界を救う為の能力が与えられる。アーニャはそう言っていた。でも、実際は逆なんだ。先に能力が与えられ、対象の世界の文明や物理法則に応じてカスタマイズされる。それが『
そう告げる飛鳥に対し、メテルニムスは牙を剥き出しにし笑った。
「そこまで知っていて何故私に挑む? お前のアークが何なのかは知らんが、下位のアークが上位を上回ることは決してあり得ない。それとも『黒の王』に頼るか? それでもステラのアークなら──」
「そんなの決まってるだろ。今の俺ならお前に勝てるからだ」
虚勢でも強がりでもなく、それが真実だと叩きつけるように言い放つ。
メテルニムスの頬がピクリと動いた。
飛鳥へ向かって炎が灯った手を翳す。
「飛鳥様! 逃げてください!」
ティアナが悲痛な声で叫ぶが飛鳥は動かない。
レーギャルンをベルトに戻し、首を鳴らした。
「実際に食らってみないと分からないなんて、本当に厄介だな……」
メテルニムスが腕を振る。
爆炎が床を這うように迫り、そして──
「これで終わりだ、飛鳥」
飛鳥を包み込むと、玉座の間の半分以上を吹き飛ばした。
「飛鳥、くん……!」
アーニャの瞳から涙が一筋流れる。
「ハハハ……ハハハハハハハッ!! 最初に言った筈だぞアニヤメリア!! お前たちは判断を間違えたとな!! 飛鳥が死んだのは他の誰でもない、お前のせいだ!!」
メテルニムスは邪悪な笑みを浮かべ笑い続けている。
体を震わせ、アーニャは床を殴りつけた。
だが、次の瞬間。
「いいや、間違えたのはお前だよ。メテルニムス」
「なっ!?」
振り向こうとするメテルニムスの頬に飛鳥の拳が突き刺さる。
手を摩り、飛鳥は大きく息を吐いた。
「な、何故……? 何が、起きた……!?」
メテルニムスの顔が明らかな動揺に染まる。
しかしすぐに剣を握り飛鳥へ斬りかかった。
手の甲で剣身を受け流し、メテルニムスの脇腹に拳打を叩き込む。
吹き飛ばされ、メテルニムスは呻き声をあげた。
「無駄だ、メテルニムス。お前の力は、もう視終わった」
直後、飛鳥の体が雷を纏った。
皆が目を見張る。
「雷……!? 飛鳥くんに魔術適性はない筈じゃ……!」
思わずアルベルトが零した。
飛鳥が一歩ずつ、ゆっくりとメテルニムスに近付いていく。
「下位のアークでは上位を越えられない、お前はそう言ったな。なら、条件を同じにすればいいだけだ」
「何だと……!?」
飛鳥の右眼が金色の、『黒の王』の瞳と同じ輝きを放った。
「『
「
アーニャが呆然と呟く。
「終わりにしよう、メテルニムス」
雷を纏う拳を握り、飛鳥はメテルニムスを睨みつけた。
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