第七十二話 対峙
魔王城まで残り数キロの地点で、飛鳥たちは最後の野営の準備をしていた。
辺りに魔族や魔獣の気配はない。
アルベルトは首を傾げた。
「明日には魔王城な訳だが……どういうことだ? 警備が薄いどころか誰もいないじゃないか」
「我々を油断させる為の策かも知れません。見張りと探索用の魔術を強化しておきましょう」
バルトロメオの提案にアルベルトが頷く。
そして、振り向きざまにコソコソと歩いていたアーニャの腕を掴んだ。
「アーニャくん、君には休むように言った筈だけど? 馬車に戻るよ」
「で、でも、私もお料理の手伝いぐらいは……」
目を泳がせているアーニャにアルベルトが溜め息をつく。
「君と飛鳥くんが主力なんだ。皆に任せて休むことに専念しなさい」
そのまま馬車の方へ歩いていってしまった。
アーニャが助けを求めるようにバルトロメオを見るが、彼は微笑むだけで。
観念したように肩を落とし、アルベルトについて歩き出した。
「ところで飛鳥くん、好きな色は何だい?」
「何ですか? 藪から棒に」
コーヒーカップを手に飛鳥が怪訝そうな表情を浮かべる。
それにアルベルトは得意げにこう述べた。
「そんなボロボロの格好じゃ締まらないだろう? 以前の誤解を解く意味でも、新しい服を作ってあげようと思ってね」
飛鳥が「はぁ」と自身の服を摘んでみせる。
穴だらけになったマントはラークラールの砦で捨て、今は白い上着と黒のズボンだけだが、こちらも所々焼け焦げていた。
作ってくれると言うならありがたくもらっておこう。
「好きな色……黒と赤ですかね」
「ん、了解だ」
と、アルベルトが魔術書を開く。
するとリクエスト通り黒と赤の布が現れ飛鳥を包み込んだ。
「どんなデザインにするかは任せるよ。思い浮かべてくれたら後は勝手にやってくれるから安心したまえ」
任せるよと言われても、僕は服飾系の学校を出た訳じゃないんだけど……。
でもそうだなぁ。一応戦う為の服だから……。
などと考えていると、急かすように布が顔にまで貼り付いてきた。
アーニャが慌てて布を引っ張る。
「飛鳥くん!? 息できてる!?」
「んー……」
そこは問題ないが、中々考えがまとまらない。
戦う為の服……戦う為の……やっぱり軍服になるのかなぁ。
でも僕が覚えてるものだと……。
布が段々と形を変えていく。
世界史の授業、もっと真面目に受けとけば良かったなぁなんて考えてしまった。
正直言って軍服の歴史とか、海外の戦争事情とかあまり詳しくはない。
かと言って日本史に出てくる武士の格好だとこの世界に合わないよなぁ。
そんなことを考えていった結果、できたのは当然……。
「……こんなもんかな」
「飛鳥くんの世界ではそういう服装が主流なのかい?」
「へ?」
顔を上げると、アルベルトが興味深げにこちらを見つめている。
黒い軍服は、イストロスには無さそうな近代の形を取っていた。
そして左腕には、レーギャルンを模した赤い菱形が八つ、渦を巻くように描かれている。
「主流……そう、ですね。どの国も大体こんな感じかなぁと」
そこへティアナとバルトロメオがやって来た。
「皆さん、食事の準備が──ってあぁ!?」
「え?」
突然ティアナが興奮した様子を見せ、バルトロメオに向かってサッと手を差し出す。
バルトロメオはどこに持っていたのか、すぐさま紙とペンを取り出した。
「飛鳥様! あの、良ければこれを持って肖像画を描かせていただけないでしょうか!」
「しょ、肖像画?」
「はい! 実はアーニャ様の肖像画も三年前に描かせていただきまして、今は城に飾り皆で崇めているのです! バルトロメオは服を描き止めてくれ、今後我が軍の服を刷新する際の参考にするぞ!」
「承知しました!」
「あれ、本当に飾ったんですね……」
照れ臭そうにしているアーニャを見ていると、ティアナは自身の剣を飛鳥に持たせポーズを取らせた。
「よし! 飛鳥様、どうかしばらくご辛抱を……」
ティアナが物凄い勢いでペンを走らせる。
そこでふと、ある疑問が頭を過ぎった。
「そういえば、ティアナさんの鎧ってもしかして──」
言い終わる前にティアナの顔がパッと明るくなり詰め寄ってきた。
「はい! 私の鎧はアーニャ様とステラ様のものを参考にした特注品なのです! 私もお二人のようになりたいと……まだまだですが」
ティアナの言葉にアーニャが首を振る。
「そんなことありませんよ。ティアナさんは立派な方です、今も三年前も」
「アーニャ様……! ありがとうございます。お二人が安心して神界に戻れるよう、明日は必ず勝ちましょう!」
そう言うと、ティアナは嬉しそうに作業に戻っていった。
翌日──
ティアナを先頭に、一行は魔王城へ辿り着いた。
これまでの戦いが蘇ってくる。
アーニャに、たくさん心配をかけてしまった。
イストロスに来ることも勝手に決めて、その癖ついこの間までレーギャルンがどんなものかも理解できていなかった。
でも、良いことだってたくさんあったんだ。
これまで以上に、アーニャのことを知ることができた。
気持ちを伝え合うこともできた。
今ではこうして、仲間と呼べる人たちが大勢いる。
改めて、魔王城を見上げる。
ニーラペルシと黒い巨人の話が本当なら、メテルニムスが相手でも、きっと……。
「やっと来たわね。待ちくたびれたわよ、飛鳥、アニヤメリア」
「その声は……!」
門が開き、エレナを従えキスキル・ナハトが姿を現した。
エレナの無事な姿にホッと息をつく。
「なぁに? その緩んだ顔。もしかして私がエレナを虐めてると思ってた? そんなことしないわよ。この子は飼い人じゃなくて……」
キスキル・ナハトはエレナを抱き寄せ、
「大事な大事なこ、恋人ですもの」
顔を真っ赤にし、頬ずりした。
エレナの方も嬉しそうに、だが大勢に見られて恥ずかしいのか両手を合わせモジモジさせている。
「人間と魔族が恋仲? 訳の分からないことを……!」
ティアナが睨みつけるが、キスキル・ナハトは興味なさげに
「付いていらっしゃい、玉座の間まで案内してあげる」
一方的に告げ背中を向けた。
「そんな見え透いた罠に乗ると思うのか?」
レーギャルンに手をかける。
しかしキスキル・ナハトは面倒臭そうにこちらへ振り向くと、
「メテルニムス様の命令よ。城の者は全員避難させてあるわ。メテルニムス様と貴方、勝った方がイストロスの未来を決める。文字通りの最終決戦よ」
そう言い、城の中へ入っていった。
「バルトロメオ、念の為お前たちは外で待機していてくれ。城内へは私たちだけで行く」
「しかし!」
「心配するな。中と外から挟み撃ちに合う方が危険だ」
「……承知しました。ご武運を」
城内はキスキル・ナハトの言った通りもぬけの殻であった。
伏兵がいる気配もない。
警戒しながら進む飛鳥たちへキスキル・ナハトが馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「だから言ったじゃない。人間と違って、私たちは嘘はつかないの。ねっ、エレナ?」
促され、エレナがこちらを向く。
「あの、本当にキスキル・ナハト様もメテルニムス様も、私に良くしてくださっています。だから、その……」
言いにくそうに、ボソボソと呟いた。
彼女の立場からすれば、こちらを応援する訳にはいかないだろう。
「エレナさんが無事で、安心して生活できているなら良かったです」
「え……?」
アーニャの笑顔に、エレナは困惑した様子を見せる。
その会話を断ったのはキスキル・ナハトだった。
「は〜いそこまで。ここが玉座の間よ。死ぬ覚悟はできてる?」
「そんな覚悟いらないよ。勝つのは俺たちだ」
キスキル・ナハトはクスリと笑うと、扉を開け放った。
その途端、凄まじい魔力が皆を襲う。
「これは……!」
「待っていたぞ、飛鳥」
部屋の一番奥、豪奢な椅子に座っているのは──
「え? ス、ステラ……様……!?」
メテルニムスの姿に、ティアナは目を見開いた。
アーニャが目を伏せる。
「ちゃんと言ってなくてごめんなさい。ステラちゃんの体は今、メテルニムスに支配されていて……」
「そんな……!」
「そのようなこと、今はどうでもいいだろう」
メテルニムスが椅子から立ち上がり、剣に手を掛ける。
「あぁ、そうだな。ステラを返してもらうぞ、メテルニムス」
「『黒の王』を黙らせたからと調子に乗るなよ、飛鳥」
「お前、やつのことを知って……!?」
動揺する飛鳥に、メテルニムスは自慢げにも見える表情を浮かべた。
「ステラは上位の英雄だからな。……さて、始めようか」
「……あぁ」
飛鳥とメテルニムスが向かい合う。
「行くぞ。開け! レーギャルン!」
今、決戦の火蓋が切られた──。
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