第六十七話 羅刹天
砦から、種々の武器を手に鬼たちが姿を現した。
相変わらずラークラールの姿はない。
綺麗に整列し大地を揺らすその軍勢に、アルベルトさんが感心したように溢す。
「凄い数だな。さすがは最終防衛ラインといったところか」
「彼らは下位の魔族です。数は多いですが、個々の力はさほど大きくありません」
冷静に述べるメルクワーズさんに、ティアナさんは頷きバルトロメオさんを見つめた。
「では手筈通りに頼んだぞ、バルトロメオ」
「はっ、ティアナ様もご武運を」
バルトロメオさんの号令で、兵たちが大声をあげ駆け出す。
ティアナさんの演説で士気は最高潮まで高まっていた。
戦いが始まったのを見届け、ティアナさんも歩き出す。
「私たちも行きましょう」
砦の中は薄暗いが、大きな通路が数本交わっているだけの簡単な造りになっていた。
通常は万が一侵入された時に備えて迷いやすく、罠なども仕掛けてあるものだがここは違うようだ。
だが、ラークラールの性格を考えれば納得がいった。
彼は策を弄するようなタイプではない。
頭が悪いとか、考えるのを放棄している訳ではなく、必要性を感じていないのだ。
何が来ようと真正面から打ち砕く、メテルニムスの必殺の剣であり鉄壁の盾、それがラークラールという鬼だ。
三年前を思い出し、思わず身震いしてしまった。
あの時だって、こうして一緒に戦う仲間がいた。
なのに……。
飛鳥くんがいないだけで、足がすくんでしまう。
立ち止まりそうになってしまう。
でも、それじゃダメだ。
レーギャルンが何なのか分からない以上、飛鳥くんを戦わせる訳にはいかない。
そう決めたんだ。
「に、兄様……。む、無駄に魔力を、消費するのは……どうかと……」
「走って体力を使う方が余程無駄だよ、妹よ」
そんな会話に意識が引き戻された。
見ると、アルベルトさんの靴が淡く光を放ち、滑るように進んでいる。
羨ましいのか、ヘレンさんが拗ねたような表情を浮かべるが……、
「げっ!? っと、うわぁっ!?」
曲がり角から現れた数体の鬼にアルベルトさんは悲鳴をあげ転んでしまった。
鬼が雄叫びをあげ、アルベルトさんへ向かっていく。
「アルベルト殿!」
ティアナさんが急いで剣を構えるが、メルクワーズさんが鬼たちの前に立ち塞がった。
「私に刃を向けるか」
鬼たちに向かってメルクワーズさんが厳かに告げる。
「私を魔王の継承者と知って刃を向けているのかと聞いている」
その威圧感に、鬼たちがたじろいだ。
メテルニムスには及ばないものの、威厳ある態度は正しく魔王のそれで──。
「……先へ進みましょう」
気がつくと、鬼たちは一様に跪き頭を垂れていた。
静かに述べ、メルクワーズさんが歩き出す。
再び襲ってこないか警戒しつつ、私たちも彼女の後に続いた。
それから、しばらくして──。
「ここは……!」
既視感のある光景に息を呑んだ。
場所こそ違えど、その造りは三年前にラークラールと戦った広間とよく似ていて。
胸が締めつけられるような感覚に自然と柄へ手が伸びた。
そのすぐ傍でアルベルトさんが壁や柱を見つめていたが……、
「これ……もしかしてオリハルコンか!? こんな貴重なものを建材に使うなんて……」
と嘆き肩を落とした。そこへ──
「それぐらいの強度がなければすぐに壊れてしまうからな」
太く、凄みのある声が響く。
それぞれが異なる表情を浮かべ振り向いた先にいたのは、赤黒い肌の鬼であった。
真っ赤な髪の毛が逆立ち、炎のように揺れている。
「ラークラール……!」
恐怖を悟られないよう歯を食いしばり、鬼の名を口にする。
「久しぶりだな、アニヤメリア、ティアナ・ホーエンツォレン。それから……」
ラークラールはアルベルトさん、ヘレンさん、そしてメルクワーズさんへ順番に目をやり、
「黒髪の男……『救世の英雄』皇飛鳥はどうした? まさか怖気づいた訳ではあるまい?」
表情を変えず、当然の疑問をぶつけてきた。
「飛鳥くんは……」
「飛鳥様が出るまでもありません。貴方の相手は私たちです」
毅然とした態度で、メルクワーズさんが先頭に立つ。
そのまま、二人はしばらく見つめ合っていたが……、
「メテルニムス様から後継者の資格と力の大部分を奪われた貴様が俺の相手をする、か。それはそれは……」
突如、ラークラールが大きな笑い声をあげた。
この鬼に油断という言葉はない。
誰が相手であろうと侮らず、手加減もせず、常に全身全霊で臨む。
そこには強者である奢りもなく、戦いを楽しむといった嗜好もない。
彼を突き動かすのは、メテルニムスの治世を守ること。ただそれだけだ。
それ故に、その態度が意外なものに映る。
メルクワーズさんを侮るように、自身には及ばないと誇るように笑い続けるその姿は、三年前とは全く違うものであった。
「……そうですか。私は、敵対者と見られていないのですね」
ポツリと、メルクワーズさんが呟く。
その横顔はとても悔しそうなもので。
するとラークラールは剣を抜き、こう告げた。
「当然よ。戦や狩りならいざ知らず、目の前に出された物言わぬ料理に警戒心を抱く者がいるか?」
メルクワーズさんの表情が一段と険しくなる。
新たな魔王となり、ティアナさんとこの世界を変えていく。
それは今まで体験したことのない困難な戦いになるだろう。
そのスタートラインにすら立っていない、そう告げられたように感じたのかも知れない。
「私は……!」
ラークラールに向かってメルクワーズさんが手を翳す。しかし──、
「話はそこら辺にしてもらえるかな? 僕らの最終目標はメテルニムスの撃破だ。君じゃない」
アルベルトさんが不敵な笑みを浮かべ、ラークラールを見つめた。
今までのビビリな態度はどこへやら、魔道書を開き悠然と構えている。
「大口を叩くなよ? 人間」
ラークラールの髪が荒ぶるように激しく揺れ、五本の角が鋳造中の金属のように光り輝いた。
アルベルトさんが素早く魔道書のページに指を滑らせる。
「と、言う訳で頼んだぞ! アーニャくん! ティアナ姫! メルクワーズ!」
訂正します、やっぱりアルベルトさんはビビリでした。
でも、体の内側からどんどん力が湧き上がり、魔力が高まっていくのを感じる。
「アーニャ様! メルクワーズ!」
ティアナさんが叫ぶと同時に、私たちも走り出した。
「「はああああああああああッ!」」
メルクワーズさんが生み出した黒い鎖がラークラールの四肢を締め上げたのに合わせ、ティアナさんと共に斬撃を放つ。
それらがラークラールの肩と脇腹を裂いた。だが……、
「きゃあっ!?」
「くっ!?」
血の代わりに噴き出したのは炎だ。
そして、炎が鬼へと姿を変え襲いかかってきた。
「憤ッ!!」
傷を塞ごうともせず、ラークラールが足を床に叩きつける。
地響きが起こり体勢を崩してしまった。
鬼が私たちの命を奪おうと腕を伸ばす。
「ティアナ様! アーニャ様!」
メルクワーズさんが慌てて魔術を編んでいくが、彼らの攻撃を防いだのは意外にもクリスタルの盾であった。
続けざまに、槍のように研ぎ澄まされたクリスタルが鬼たちを貫く。
その一撃で鬼たちは元の炎に戻り消えてしまった。
ラークラールがギラつく瞳をアルベルトさんへ向ける。
「俺としたことが見誤るとは。この中で最も力ある者は貴様だったか、魔術士」
「いいや? 僕は魔術士じゃない、天才なだけの学者さ。サポートはできても、君を倒すだけの術は用意がなくてね」
「貴様のようなやつが一番厄介なのだがな。今も、昔もな!」
怒鳴り、ラークラールはアルベルトさんへ急接近した。
「させません!」
ラークラールを止めるべく、私も走り出すが、
「来ちゃダメだ! アーニャくん!」
アルベルトさんの目の前の空間が歪んだかと思うと、巨大なクリスタルの鳥が現れラークラールを押し返した。
鳥の爪を受け止めながらラークラールが忌々しげに吐き捨てる。
「俺を倒す術がないなどと、よくもそんな嘘が吐けたものだな!」
「最終目標は君じゃないが、ここで負けたら目標に届かない。なら、全力を出すしかないんだよ! 僕らも!」
アルベルトさんの魔道書が輝き、足元からオリハルコンの壁を覆うように、いや──
「空間魔術……!? しかもこれは、最上位の……!」
広間だけでなく、砦よりも巨大なクリスタルの空間が出現した。
遥か遠くに見える天井からは陽光が、クリスタルに反射し空間全体を煌々と照らしている。
「アーニャくーん。これで僕は本当に動けないから、なるべく離れて戦ってくれ。自動防御が働いているとはいえ、何度もあんな剣撃を食らいたくないからね」
そう言って、アルベルトさんはヘレンさんを引き寄せた。
ティアナさんと二人、彼の言葉に頷きラークラールへ向かっていく。
「怒ぇい!!」
クリスタルの鳥を斬り伏せ、ラークラールが炎を吐き出した。
炎を躱し斬りつける。
空間から絶えず魔力が流れ込み、十分なまでに強化された一撃だった筈だが、それでも防がれてしまった。
「見事だ、だが──ッ!?」
突然、ラークラールが膝を折る。
「皆さんに剣を向けることは許しませんよ、ラークラール」
この空間によって強化されたのは私たちだけではなかった。
メルクワーズさんの言葉が、道中の鬼たちと同様にラークラールを縛りつける。
「このっ……裏切り者めが……!」
「裏切ったつもりはありません。私はただ、お母様に知っていただきたかったのです。人間も私たちと同じだと。手を取り合って生きていけるということを」
「戯言を……抜かすなぁッ!!」
立ち上がろうとラークラールが全身に力を込める。
彼の肉体から鈍く、軋むような音が響いた。
「ティアナ様! アーニャ様! 今の内に!」
「あぁ!」
「はい!」
とどめを刺そうと首と胸目掛け突きを放つ。しかし、
「覇あああああああああああああああ!!」
まるで星が最後の光を生み出す瞬間のような強大な爆発が起こり、吹き飛ばされてしまった。
クリスタルの空間が僅かだがひび割れる。
「いやいやいやいや……いくら四大でもこんな力、なしじゃないか……?」
アルベルトさんの額から汗が噴き出した。
「げほっげほっ……まだ、こんな力が……!」
ティアナさんもメルクワーズさんも横たわったまま動かない。
三年前より強化されていると分かってはいたけど、こんな……。
「貴様らを通す訳にはいかん。メテルニムス様はこの世界に必要なお方だ」
轟々と燃え盛る炎の中からラークラールが姿を現した。
与えた傷も全て塞がっている。
「アーニャくん! 逃げろ!」
アルベルトさんが怒鳴るが恐怖で足が動かない。
こんなところで、私は……。
嫌だ。
死にたくない。
まだやるべきことがある。
もう一度会いたい人たちがいる。
「いや……た、助けて……」
戦わせる訳にはいかない。
それでも、浮かんでくるのはやはり──
「助けて……飛鳥──」
その時、マグマの槍が飛来した。
「雄おおおおおおおおおお!!」
既のところで槍を受け止めるが勢いを殺しきれず、ラークラールが押されていく。
「あれは……まさか……」
「お前がラークラールか」
怒りに満ちた声が響く。
視線の先に立っていたのは。
「飛鳥くん……」
ダメ、それを使ったら、また。
来てくれた安堵感は一瞬。
すぐに恐怖が心を塗り潰した。
「皆、遅くなってごめん」
お願い、やめて……!
飛鳥くんが腕を伸ばす。
ベルトに下げられた破壊の力が、歓喜するように飛び上がった。
「行くぞ。……開け! レーギャルン!」
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