第六十六話 二人の決意
リカルド王とファルスニールを撃破した私たちは、森の中で野営の準備をしていた。
飛鳥くんはあれから目を覚まさない。
アルベルトさんの話では、魔力の使い過ぎと精神に何らかの魔術を施された形跡があるそうだが……。
飛鳥くんの、あの瞳……。
普段の彼からは想像できない、感情が消え失せた、まるで戦うだけの装置になってしまったかのような瞳。
それじゃあ、あの時飛鳥くんの中にいたのは、飛鳥くんが言っていた『声』……?
悔しくて悔しくて、思わず拳を握りしめる。
──今『神ま』があれば何とかできるかも知れないのに。
どうして私はいつもいつも……。
飛鳥くんの力になりたいのに、足を引っ張ってばかりで……。
「ア、アーニャさん……だ、大丈夫ですか……?」
「え……?」
顔を上げると、火を起こす手を止め、ヘレンさんがこちらを見つめていた。
心の底から心配そうな表情を浮かべている。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですよ!」
努めて明るく振る舞い、剣を振った。
「そ、それなら……い、いいんですが……」
彼女はそう言うが、表情は変わらない。
どう伝えたら私が元気になるか、でも触れ過ぎない方がいいだろうか、そんなことを考えているように見えた。
そうこうしていると、馬車からアルベルトさんが姿を見せたが……、
「これでよしっと。……うわっ!? ……ア、アーニャくんは中々のサバイバーなんだね」
引き攣った笑顔でそう告げる。
「へ?」
今私の足元には途中まで解体された猪が一頭横たわっていた。
剣身と猪の体から流れる血にアルベルトさんは口元を押さえる。
「野宿続きの旅も少なくなかったので、一通りのことは何とか」
他意なく笑ったつもりだったが、アルベルトさんは顔を青くし、一緒に出てきたメルクワーズさんの肩に掴まった。
その姿にヘレンさんが不機嫌そうに火起こしに戻る。
ヘレンさん、やっぱりそうなのかな……?
しばらくして煙が上がり始めたのを見て、メルクワーズさんが怯えながら口にした。
「あの、大丈夫なんですか? 場所がバレてしまうんじゃ……」
「それなら心配ないよ。何重にも隠蔽用の魔術を張ってるからね。まずは休息と栄養補給だ」
するとメルクワーズさんが安心したように微笑む。
反対にヘレンさんは恨みを晴らすかのように、調理用の木々にこれでもかと炎をぶつけた。
ティルナヴィアに帰る前に、この三角? 関係も何とかしないとかなぁ……。
静かに起こりつつある戦いに苦笑いを浮かべ、そんなことを考えていると、遅れてティアナさんが馬車から出てきた。
泣いていたのか、目を真っ赤に腫らしている。
私の視線に気付くと、彼女は目をゴシゴシと擦りアルベルトさんに声をかけた。
「アルベルト殿、ありがとうございました。あれならば、二人を無事にピアトラに連れ帰れます」
しかしアルベルトさんは首を振る。
「セスト殿の方はともかく、リカルド王の……魔石とでも呼ぼうか。ピンポイントに破壊されていたお陰で難しいことは何もしていませんよ。さすがは飛鳥くんだ」
「飛鳥くん……」
涙が込み上げてくるのを必死で耐える。
それにアルベルトさんはバツが悪そうに、
「あ、いや、その……すまない」
と、珍しく謝罪を口にした。
彼の言葉にブンブンと首を横に振り、ヘレンさんと共に調理に戻る。そして──、
「もう食べられますよ、どうぞ」
皆に声をかけ、全員で火を囲んだ。
ヘレンさんが串に刺した猪肉を手渡していくが、突然ティアナさんが一気に二本手に取り、
「メルクワーズ! 先に謝っておくぞ!」
そう告げ、思いっきり肉に噛みついた。
メルクワーズさんが訝しむように尋ねる。
「な、何でしょうか?」
「私は父上を法で裁く! 新たな王として! だが──」
ティアナさんは引き千切るように咀嚼しながら、
「だが! お前の母は法で裁くことはできない! 私はメテルニムスを、今度こそ消滅させる! お前の母だろうと、私は必ず勝つ! これ以上戦争なんてごめんだ!」
叫び、ボロボロと涙を流し始めた。
そのまま食事を進める。
視線など気にせず、真っ赤な顔をぐしゃぐしゃにしながら次の串に手を伸ばした。
「うううううううううう……! んぐっ!?」
喉に詰まったのか、ティアナさんが手をバタバタと振り呻く。
「大丈夫ですか!? お、お水を!」
メルクワーズさんが急いで水を飲ませ、咳き込むティアナさんに笑いかけた。
「謝る必要などありません。私は私の意思でお母様を討ち、ティアナ様と共に新しい世界を作ります。そう言ったでしょう?」
ティアナさんは再び涙を流しながら、何度も頷いた。
この二人ならきっと大丈夫だ。
ティアナさんとメルクワーズさんなら、人間と魔族が共存できる世界を実現してくれる。
私もいつまでも落ち込んではいられない。
軽く頬を叩く。
そこへ魔術の影響を受けず、一羽の鳥がやってきた。
馬車を引く馬と同じく、クリスタルのそれは間違いなく。
「あぁ、戻ってきたか」
アルベルトさんが手を差し出すと、その鳥は彼の指先へ止まった。
そして餌をねだるように口を動かす。
アルベルトさんはその様子を見つめていたが、やがて目を細め、
「やっぱりか。参ったなぁ」
それだけ口にし、鳥を消そうとしたが……、
「……どうぞ」
目をキラキラと輝かせながら鳥を見つめるメルクワーズさんの視線に気付くと、彼女の指先へ止まらせた。
メルクワーズさんは嬉しそうに微笑み、鳥を撫でる。
ヘレンさん……はとりあえず置いておこう。それより──
「アルベルトさん、その鳥は?」
いつの間に、何の目的であんなものを飛ばしていたのか尋ねた。
「リカルド王から僕らの動きが筒抜けになっていると思ってバルトロメオ殿の方を探らせたんだけどね、彼らは魔族を退けながら順調に進軍している。でも、ラークラールは出てきていない」
「ということは……」
アルベルトさんは「うん」と頷き、
「魔王城に奇襲をかけるのは難しそうだ。バルトロメオ殿と合流し、ラークラールから倒すしかない」
そう言って肩をすくめた。
「アルベルト殿、ではすぐにバルトロメオに伝令を送らなければ」
「えぇ。もう一度飛んでもらうぞ」
何本目になるか分からない肉を頬張りながら述べるティアナさんにアルベルトさんは同意を示し、別れを惜しむメルクワーズさんの手から鳥を空へ放った。
「さて、作戦はより難易度が上がった訳だが……」
アルベルトさんが馬車へ目を向ける。
それだけで言いたいことが理解できてしまった。
他の皆も同じなのか、表情は暗い。
「ラークラール以外の魔族はモルダウ軍の皆に頑張ってもらうしかない。アーニャくんとティアナ姫の援護は僕とヘレンがやるとして……。メルクワーズ、君も戦力に数えていいかな?」
「もちろんです。上手くいけば、私の魔王の力でラークラールの行動を制限できる筈です」
「それは頼もしい。……これ以上飛鳥くんに無理はさせられない、僕らだけでラークラールとメテルニムスを倒そう」
それから二日後。
バルトロメオさんたちと合流した私たちは、ラークラールが守る砦の程近くに陣を敷いた。
セストさんの死を聞いたバルトロメオさんは、最初こそ驚きを隠せなかったが、すぐに戦いの準備を始めた。
バルトロメオさんにとってセストさんは師であり、父親のような存在だと聞いたことがある。
それなのに……。
いや、だからこそなのかも知れない。
セストさんなら何があっても使命を優先する。
だから自分も、まずはメテルニムスに勝利することに全力を注ぐ。
悲しむのはその後でいい。
そんな思いが伝わってくるようで。
それはティアナさんも同じだった。
士気高く戦いに臨もうと意気込む兵たちを前に、ティアナさんは全てを語った。
「父上は……リカルド王はメテルニムスの手に堕ち、私たちを裏切った。……セストも、父上との戦いで命を落とした。この戦いが終わったら、私は法の下、父上を裁く」
それを聞いた兵たちの間に動揺が広がる。
「静かにしろ! これからは私が王としてお前たちを、民を導く! 私たちの世界を取り戻す為、力を貸してくれ!」
ティアナさんは高台から降り、頭を下げた。
彼女の覚悟に、兵たちの士気は益々高まっていく。
出陣を前に、私は馬車へ視線を向けた。
「行ってくるね、飛鳥くん」
決戦の時が、近付いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます