第六十五話 暴走

「ん……ここ、は……?」


 目を開けると、そこは真っ暗な空間であった。

 どこまでも広がる闇以外何もない光景に急いで立ち上がる。


「アーニャ! 皆! どこだ!?」


 呼びかけるが返事はない。


 何なんだここは……!?

 まさか、ファルスニールの魔術で……!?


 身構えるが、襲いかかってくる気配もない。

 その時、微かに地鳴りのような音が聞こえてきた。


「今、のは……?」


 探るように視線を動かし振り向くと、そこには──、


「星……?」


 いや、でも、これは……。


 空? に眩く金色の光を放つ物体が二つ浮かんでいる。

 しかし、自分の知識ではそれらを星と呼ぶには無理があった。

 太陽や月より強烈な光を放ち、且つそれらより遥かに近い場所に揺蕩う星なんて見たことも聞いたこともない。

 イストロスに来て一月以上経つが、もちろんこの世界でもこんな景色は初めてだ。


 再び、地鳴りのような音が鼓膜を撫でる。


「また……!? くそっ、来い! レーギャルン!」


 そこでようやくレーギャルンがないことに気がついた。


「はっ? どこだレーギャルン! 来い!」


『待ち侘びたぞ、この時を……』


「ッ! この、声は……!」


 今度こそ、聞き慣れた声に鼓膜を叩かれた。

 それは、イストロスに来てから度々語りかけてきた──。


「ぐぅっ!?」


 その瞬間風が巻き起こり、身を焦がすほどの熱を帯びながら吹き抜けた。

 反射的に両腕で顔を覆う。


『全ての鍵は開かれた。今こそ、この世界に終焉を──』


 暗闇の中に炎が灯り、道を描くように段々と広がっていく。

 そこに浮かび上がってきた姿は──。


「そん、な……」


 先ほどから浮かんでいた金色の光は星ではない。瞳だ。

 目の前に現れたのは、炎によって輪郭が形作られた、黒い巨人であった。


 それじゃあ、レーギャルンの力は……。

 使う度に聞こえてきた声は、こいつの……。


『ようやくだ……』

「……? うわっ!?」

『俺を閉じ込めておくなど、愚かな連中だ。相応しい肉体さえあればこの通りよ』


 巨人が言葉を紡ぐ度に、熱風が吹きつける。


『これでお前は俺のものだ、飛鳥』


 どこかへ向かおうとしているのか、巨人はゆっくりと立ち上がった。

 強烈な縦揺れが起こり、足を取られてしまった。


「待ってくれ! 全然話が見えない! お前は一体何者だ!? 俺をどうするつもりだ!?」


 巨人がこちらをジッと見つめる。

 だが真っ黒な顔からも金色の瞳からも表情は読み取れない。

 すると巨人は笑い声をあげ、話し始めた。


『言った通りだ。俺の器として相応しい存在、それがお前だ。俺はこの世界を破壊し、神界へ復讐する。そして神々に見せつけてやるのだ、この宇宙の終わりをな』

「ふざけるな! 俺とアーニャは世界を救う為に戦ってるんだ! 大体、宇宙の終わりってお前どうすんだよ!? 宇宙が消滅したらお前も生きてられないだろ!?」

『俺の役目はあらゆるものを破壊することだ。対象が全て消えた時、俺も消えるのは当然のこと』


 こいつ、本気で言ってるのか……!?

 さっきの口ぶりからすると、こいつは神々によって神界に閉じ込められてたってことだよな?

 レーギャルンにレーヴァテイン、そしてこの巨人……。

 俺の知ってる神話とはちょっと違うけど、そんなことさせてたまるかよ……!


「生憎だがお前の出番はない! と言うか何で今なんだよ! それに、前に見た映像は──」

『俺を閉じ込めていた鍵は全て開けられた。お前の手によって』

「え……?」

『相応しい者が使う度、レーギャルンの鍵は一つずつ開けられていく。そして今回が九つ目、最後の鍵だったという訳だ』


 それじゃあ、レーギャルンを使用する度にこいつの声が聞こえたのは……。


『一つ開くごとに、俺の拘束も弱まっていく。故に、お前に死なれる訳にはいかなかった』


 俺に力を貸していたのはこの為だったのか……!


『話は終わりだ。せめてもの礼に、一番近くでこの世界の終焉を見せてやろう』


 巨人が告げた直後、地面が歪み、沼のように体を飲み込み始めた。

 抜け出そうと焦るが、もがけばもがくほど体が沈んでいく。


「待て! まだ話は終わってないぞ! 俺の邪魔をするな!」


 しかし巨人は笑ったままどんどん歩みを進める。


「やめろ! やめてくれ!! 皆に……この世界に手を出さないでくれ!!」


 その叫びも虚しく、やがて全身が飲み込まれ、全てが掻き消された──。






 ファルスニールを撃破しようと振り向いた飛鳥であったが、突然膝から体勢を崩した。

 

「飛鳥くん!」


 剣を握り地面を蹴ろうとするが──、


「何っ!?」


 放たれた無数の拳打をレーギャルンが全て受け止め、反対にファルスニールを弾き飛ばしてしまった。

 そして、体勢を立て直そうとするファルスニールへ炎を浴びせかける。

 今まで悠然と構えていたファルスニールの表情が苦悶に歪んだ。


「何だこの魔力は!? これじゃあまるで……がはっ!?」


 飛鳥がファルスニールの首を掴み上げる。

 その瞳には光がなく、先ほどまでの怒りを失ったかのように無表情だ。

 ファルスニールが飛鳥の腕を掴むが微動だにしない。

 再び至近距離からレーギャルンが炎を撃ち出し、岩でも砕くかのように、ファルスニールの左腕を粉々に打ち砕いた。


「調子に……乗るなよっ!!」


 ファルスニールが飛鳥を蹴り飛ばす。

 地面を削りながら後ずさるが、痛みを感じていないのか、飛鳥は少し俯いたままその場に佇んでいた。

 その間もレーギャルンは炎を吐き出し、ファルスニールを斬り刻もうと向かっていく。


「これが神界の力か! クソッタレが!」


 忌々しげに叫びレーギャルンの攻撃を撃ち落としていくが、徐々に押し込まれ、ついには岩肌へ叩きつけられた。


「やはりこれ以上進ませる訳にはいかねぇな!」


 ファルスニールの放った魔力が渦を作りレーギャルンを抑え込んだ瞬間、その一瞬をつき走り出す。

 ソニックブームを生むほどの速度で飛鳥の顔面目掛け腕を伸ばした。

 周囲の空間を抉りながら魔力の塊と化した拳が突き刺さる。


「なっ……!?」


 だが、飛鳥はそれをいとも簡単に受け止めた。

 その手からマグマのような炎が伝わっていく。


「ぐっ……がああああああああああ!!」


 崩れ落ちていくファルスニールの首元に飛鳥の蹴りが突き刺さった。

 そこから生じたヒビが全身に広がる中でファルスニールはリカルドへ視線を移す。


「ここまで、か……。すまねぇな……後は……」


 しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 ファルスニールの肉体は粉々に砕け散り、風に吹かれ消滅してしまった。


「そんな……ファルスニールを、簡単に……」


 ティアナが目を見開き呟く。

 その表情は驚きよりも飛鳥への恐怖が勝っているように見えた。


「飛鳥、くん……」


 呼びかけるが飛鳥はこちらを向かない。

 レーギャルンを手元に戻し、リカルドの方を向いた。

 嫌な予感が全身を締め付ける。


「飛鳥くん! やめて!」


 一瞬だけ、飛鳥がこちらへ視線を向けた。

 でも、その瞳は。


 違う、あれは……。


 直後、光の鎖が横を駆け抜け飛鳥の四肢を締め上げた。

 馬車からアルベルトとヘレンが姿を見せる。


「あ、飛鳥さん……。や、やめてください……」

「ティアナ姫の前で何をするつもりかな? 四大悪魔とはいえ、元は人間だよ?」


 アルベルトは恐怖と怒りが混じった表情で問いかけた。

 やはり飛鳥は答えない。

 二人を障害と判断したのか、あっさりと鎖を引き千切り、レーギャルンを向けた。

 レーギャルンの先端に魔力が収束し炎が宿る。


「待って!」


 顔を引き攣らせる二人の前へ私は飛び出した。


「もう決着はつきました! あなたが誰なのか知らないけど、飛鳥くんを返してください!! 飛鳥くんに二人を撃たせるなんて、そんなことさせないで!!」


 喉が枯れるほど声を張り上げ捲し立てる。

 私の言葉に、アルベルトたちは不思議そうに口を開いた。


「な、何を言ってるんだ? アーニャくん。あれは……」

「違います! あれは飛鳥くんじゃありません!」


 何があったって、飛鳥くんは仲間に武器を向けるような人じゃない。

 それにあの瞳。

 飛鳥くんはいつだって自分の意思で戦ってきた。

 そんな彼が、あんな目をする筈がない。


 ゆっくりと、大地を踏みしめるように一歩ずつ飛鳥が、飛鳥の姿を借りたそいつが近付いてくる。

 レーギャルンの炎が更に煌々と燃え盛った。


 それでも退く訳にはいかない。

 ここで皆の命を奪ってしまったら、きっと飛鳥くんは壊れてしまう。

 そんなの、絶対に嫌だ!!


 剣を抜き、切っ先を突きつける。

 脅威にはなり得ないと思ったのか、そいつは刃を握るが……、


「アー……ニャ……!」


 手から血を流しながら、飛鳥が呻くように私の名を呼んだ。

 剣を離し彼を強く抱きしめる。


「大丈夫、私はここにいるから」

「うん……ありが、とう……」


 安心したように口にし、飛鳥は気を失ってしまった。

 同時にレーギャルンの炎が消え地面に落ちる。


「も、もう大丈夫なのかい……?」


 アルベルトとヘレンが恐る恐る近付いてきた。


「はい、眠っちゃいましたが……」


 私の言葉に二人は胸を撫で下ろす。

 ティアナは、しばらく戦いの後を見つめていたが……、


「アルベルト殿、頼みが」

「何でしょうか?」

「父上の捕縛と、セストの体の処理をお願いできないでしょうか。私は父から王位を継承しました。メテルニムスを倒したら、民に今回のことを伝え、父上を法の下に裁きます。それと……」


 涙を堪えるように少しの間押し黙り、やがて


「セストはピアトラで生まれ、父上と共に育ってきました。ちゃんと、連れ帰ってやりたいのです」


 そう、頭を下げた。


「もちろん、お手伝いしますよ」


 アルベルトが穏やかに口にする。


「とりあえず移動しよう。血の臭いにひかれて魔獣が来たら面倒だ」


 彼の提案に、皆を馬車に乗せ、私たちはその場を後にした。

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