第六十一話 継承者
──目の前に広がるのは、焼け落ちた命と、死に絶えた大地。
その只中で、一切の感傷もなく、それが当たり前であるかのように佇んでいる男が一人。
あれは……僕……?
「んん……。今、のは……って、気持ち悪ぅ!?」
ゆっくりと目を開け起き上がろうとするが、寝汗でグッショリと濡れ体に張り付くシャツに、思わず人目があるかも確かめないまま脱ぎ、床に叩きつける。
こんな寝汗、インフルエンザの時ぐらいしか出ないだろ……。
首に手を当ててみるが当然熱はない。
溜め息をつき周りを見てみると、馬車に設けられた自室であった。
そうだ。確か……。
ティアナたちと話し合いをする予定だったが体調を崩し、ここまで連れてこられたのを思い出す。
レーギャルンを使っていないのに、何故か聞こえてきたあの『声』。
夢の内容を思い出そうとするが、どうにも思い出せない。
思い出さなければならない筈なのに、それを拒むように前頭葉が不快感を訴えてくる。
「……皆と合流しないと」
だがいつまでもベッドに座り込んではいられない。
着替えを用意し、僕は風呂場の戸を開けた。
身支度を終え、馬車から出ようとしたその時。
馬の方から別の気配を感じ、御者台の出入り口からソッと辺りを見渡す。
するとそこには、黒いフードを被った人物が立っていた。
身の丈から見てまだ子どものようだ。
クリスタルの馬が珍しいのか、初めは恐る恐る手を伸ばすが、大人しくしているのを見ると安心したように頭を撫で始めた。
「あの、君は──」
何か悪さをするつもりはないらしい。
でもどうしてこんなところに子どもが……そんなことを考え声を掛けるが、
「きゃっ!?」
急に声を掛けられ驚いたのか、その人物は短い悲鳴をあげ身を翻す。しかし……、
「ふぎゃっ!?」
足をもつれさせ、顔から地面に落ちていった。
「大丈夫ですか!? すみません、いきなり呼び止めて……って」
その姿に思わず息を呑む。
黒くツヤのある長い髪の毛に真っ白な肌の少女であったが──、
「魔族……!?」
頭の両側に生えている短い角が目に入り、無意識の内に左手がレーギャルンに触れる。
すると少女はハッとした表情でフードを被り直し、飛び退くように走り出した。
「待て!」
こんなところにまで魔族が潜り込んでるなんて……!
本来ならアーニャやティアナたちを呼ぶべきだが、建物はどれも同じ見た目でどこに皆がいるのか見当もつかない。
でも相手は一人、しかも子どもだ。こうなったら一人で、と思っていたのだが……、
「速いなッ!? くそッ!」
見た目とは裏腹に、その少女は凄まじいスピードで駆けていく。
見失わないようについていくのがやっとだ。
おまけに余程ここに詳しいのか、人目につかないルートばかりを進んでいる。
その様子に背筋が凍る思いがした。
ここまでこの砦を熟知している者が魔王軍にいる。
つまり、ここの情報が魔王軍に筒抜けになっているということだ。
これから先の戦い、その状況は非常にまずい。
何としても捕まえないと……!
やがて少女は少し大きめな、他の建物とは間隔が開けられて建っているそれへ駆け込んだ。
「!? しまった!」
人質を取るつもりか!?
中に誰もいないといいけど……!
扉を蹴破り中へ飛び込む。しかしそこには……、
「あ、飛鳥くん? どうしたんだい? そんなに慌てて」
アルベルトにアーニャ、ヘレン。そしてティアナたちが席についていた。
先ほどの少女はというと、ティアナの背中に抱きつき怯えるように震えている。
「ティアナさん! そいつから離れてください! そいつは魔族です!」
僕の言葉にティアナはギョッとした表情を浮かべ、庇うように少女の体に手を触れた。
「ティアナさん? 何をしてるんですか!? そいつは──」
「落ち着いてください、飛鳥様。訳をお話しますので……。セスト、バルトロメオ。人が来ぬよう見張りを頼む」
「「はっ!」」
彼らはティアナの言葉に従い、外へ出ていった。
「彼女の、フードの中をご覧になったのですね」
座るよう手招きしながらティアナが口にする。
頷くと、ティアナは少女の頭を小突き、
「勝手に出歩くなといつも言っているだろう」
自分の隣へ座らせた。
「だって……透明な馬が珍しくて、可愛かったから」
こちらの様子を窺いながら少女が答える。
ティアナはしょうがないといった表情を浮かべ、
「飛鳥様、申し訳ございません。最初に話しておくべきでした」
と、深々と頭を下げた。
「この子の名前はメルクワーズ。魔王メテルニムスの……娘です」
「メテルニムスの、娘……!?」
思わず立ち上がるが、驚いているのは僕だけで……。
「あ、あれ……?」
アーニャたちの方を向くが、皆落ち着いた様子だ。
「馬車に戻ってから説明しようと思ってたんだけど、行き違いになってすまないね」
なんて、アルベルトがいつの調子で述べる。
「いや、でも……メテルニムスの娘って……」
「この子は他の魔族と違い、メテルニムス自身が生んだ子。正真正銘魔王の座を継ぐ者です。ですが……」
ティアナはどうにも歯切れが悪い。
どう説明したらいいかと言葉を選んでいるように見える。
そうしていると、メルクワーズがティアナの手を握り口を開いた。
「メテルニムスの娘、メルクワーズといいます。先ほどはその、逃げてすみませんでした」
「いえ、その……僕の方こそすみません……」
改めてよく見てみると、目鼻立ちがハッキリとしていて、ティアナやマティルダとはまた違った気品を漂わせている美しい少女だ。
それだけではない。まだ幼いが王の風格を備え、威厳さえ感じられる。
「私はメテルニムス──お母様に捨てられ、彷徨っていたところをティアナ様たちに助けられました。以来、彼女の侍女ということにしていただいています」
「捨てられた……?」
メルクワーズがコクリと頷く。
「人間を慈しむなど魔族ではないと、城から追い出されてしまいました……」
「え……? 今何て……」
魔族が、人間を慈しむ……?
「メルクワーズが魔族であることを知っているのは私とセストとバルトロメオ、そして皆様だけです。どうかご内密に……」
ティアナはそう言うと、祈るように頭を下げた。
「も、もちろんです。誰にも言いません」
宥めるように伝えながら椅子に腰を下ろし、アルベルトの方を向く。
「あの、確か魔族って……魔王によって意思が統一されてるんですよね?」
「あぁ、もちろん個体差はあるが、根っこの考え方は魔王によって統一されている。魔族が人間に攻撃的なのはメテルニムスが人間に対してそういう考えだからだ」
それなら、もし……。
「その通り。メテルニムスを倒し、メルクワーズが魔王を継承すれば、魔族が人間を襲うこともなくなる筈さ。人間の方はモルダウ王とティアナ姫に纏めていただこう。アルデアルが反対するなら制圧してしまえばいい」
同じことを考えていたのかスラスラと代弁するアルベルトだが、アルデアルの制圧だけは考え直してほしいというか、故郷なのにアッサリと見放すんだなぁと呆れさえしてしまった。
「で、でも……メ、メテルニムスは……あ、貴女の、お母さんなんですよね……?」
僕らとは反対に、ヘレンがメルクワーズに気遣いを見せる。
しかし彼女はヘレンの言葉に首を振った。
「お気遣い、感謝いたします。ですが、お母様が君臨する限り、人間と魔族の共存はできません。私はティアナ様と共にこの世界を変えたいんです」
メルクワーズの瞳に迷いはない。
なら、それに応えなければ嘘になる。
アーニャへ視線を移すと、彼女も頷いた。
「イストロス救済の最終目標はメテルニムスの撃破とメルクワーズの王位継承、それで決まりですね」
皆の顔に笑みが浮かぶ。
そこへ青髪の男──バルトロメオが飛び込んできた。
「姫様! 大変です! 物見から魔族が砦に向かってきているとの報告が!」
「何!? 相手の数は!?」
「そ、それが……相手は一騎です」
バルトロメオの言葉にティアナの顔が青ざめていく。
「一騎だと……!? まさか……!」
「はい。敵は四大悪魔の一角、ファルスニールです……!」
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