第六十話 再会

 モルダウに入って十日、アーニャの提案通り首都ピアトラには立ち寄らず、南部の街フォクシャーで補給を済ませた四人は、馬車に揺られ近くの森の中を進んでいた。


 彼女曰く、この森の中に、三年前に共に戦ったモルダウ軍の砦が隠されているそうだが……、


「いやぁ、酷い悪路だ。本当にここで合ってるのかい?」


 腰を摩りながらアルベルトが尋ねる。

 その姿に、何となく僕も椅子から立ち上がり腰を反らすが、ガタンっと馬車が大きく揺れ尻餅をついてしまった。

 疲れを取るつもりがこれでは真逆だ。

 アーニャはそんな僕へ手を差し伸べながら答えた。


「本当はもっと整備されているんですけど、普段は魔術で獣道みたいになってるんです」


 彼女の手を取り、椅子に座りなおそうとするが、


「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 石か樹の根にでも乗り上げたのか、馬車が再び大きく揺れる。

 アーニャがバランスを崩し、僕を押し潰すように抱きついてきた。


「ぎゃっ!?」


 無事にアーニャを抱き止めたはいいが、床に頭を打ち付け悲鳴を漏らす。


「いたた……。あ、飛鳥くん!? ご、ごめんなさい!」

「ううん……大丈夫。気にしないで……」


 アーニャはすぐに体を起こすと、真っ赤になり頭を下げた。

 抱きつかれた時の柔らかい感触と花のような優しい残り香にこちらも頬が熱くなる。

 アーニャに怪我はないし、頭とお尻を打ったところでトントンどころかプラスだ。

 そんな不純な考えが浮かんでしまい、上体を起こすと頭を振った。


「なるほど、侵入者除けか。通りでさっきから馬の調子が悪い訳だ」


 僕らの様子に赤くなっているヘレンとは反対に、アルベルトは冷静に述べ魔術書を開く。


「これから共闘するとはいえ、この僕を謀ろうとは少し腹立たしいね」


 そう言うと目を細め、詠唱を開始した。

 馬が足を止め、何かを探すように辺りを見渡す。それからしばらくして──、


「……そこか。飛鳥くん、アーニャくん」


 アルベルトが視線だけをこちらに移した。

 冷たい光を帯びた瞳に、辺り一帯を焼けとか言われるんじゃないだろうかと身構えるが……、


「どちらでもいい。あの樹の枝を落としてくれ」


 と、窓を開け目的の樹を指差した。


「じゃ、じゃあ私が……」


 アーニャが光弾を撃ち出す。

 それが当たり、枝が一本落ちた途端、周りの景色が歪み始めた。

 鬱蒼としていた樹々や足元に広がっていた獣道が段々と透明になっていき、やがて──


「これは……!」


 目の前に、高い木の柵で周囲を囲まれた巨大な砦が姿を現した。

 アーニャの顔をパッと明るくなる。


「ここです! 良かったぁ、記憶違いだったらどうしようかと……」

「数時間とはいえ、こんな素人魔術に騙されるとは……。僕としたことが……」


 反対にアルベルトは不機嫌そうだ。

 そんな彼を宥めつつヘレンが砦の入り口を指差す。


「せ……に、兄様……。い、入り口のところに……へ、兵士が……」

「ふむ。アーニャくんの予想通り、モルダウ軍はここに集まっているようだ」


 アルベルトはさっさと馬車から出ていってしまった。

 僕らも急いで準備し続こうとしたが、


「ッ!?」


 一瞬目の前が真っ暗になり膝を折る。

 頭を振り、目をしばたかせながらレーギャルンを見つめた。


 今、『声』がしたような……。


「大丈夫!? 飛鳥くん!」

「えっ……?」


 顔を上げると、アーニャが心配そうにこちらを見つめている。


「うん、ありがとう。僕らも行こう」


 馬車から出ると、先に行ったアルベルトが兵士たちと揉めていた。

 理由は大体想像がつくが……。


「だから、君たち下っ端に用はない。ここの責任者に会わせてくれ」

「やかましい! お前みたいな怪しいやつを通す訳ないだろう! 大体どうやってここを見つけた!」

「あんな素人魔術で隠してたつもりかい? やれやれ……これだから凡人は……」

「何だと貴様ァ!!」


 やっぱり無礼な物言いしてるし!

 さっきの魔術がどの程度のものか知らないし、騙されて腹たってるのは分かるけどやめてぇ!

 いきなり喧嘩腰はやめてぇ!


「あのっ、すみません! 私たちは怪しい者ではなくて……ティアナ・ホーエンツォレン様に会わせていただけませんか?」


 アーニャが出した名前に兵士たちはギョッとした表情を見せるが、


「何のことか分からんな! とにかく立ち去れ! でないと痛い目を見るぞ!」


 慌てながらも武器を構え威圧してきた。


「分かりやすいな君たち。そのティアナとやらに会わせて……ん? ティアナ・ホーエンツォレンだって?」

「姫様のことを呼び捨てにするな不敬者どもがァ!!」


 いや何でどもなんだよ!

 不敬なのアルベルトさんだけだし! って……姫様……?


「そもそもお前たち、本当に人間か? 魔族が化けているんじゃないだろうな?」


 兵士がそう口にした瞬間、思考が吹っ飛び地面を蹴る。そして……、


「こんな可愛いアーニャを魔族呼ばわりすんな不敬者がッ!!」


 疑ってきた兵士の顔面に思いっきり拳を叩き込んだ。

 アーニャとヘレンが「ぎゃー!?」と叫ぶ横でアルベルトが満足げにガッツポーズを取る。


 変装しているならまだしも、素のアーニャを魔族扱い……モルダウもアルデアルと変わらないじゃないか……!


「いきなり何すんだ貴様ァ!! もう許せん!! 捕まえて──」

「何をやっているかお前たち!!」


 そこへ怒号が浴びせられた。

 声の方を向くと、男二人を従えた女性が立っていた。


 一人は老齢の、白髪に白く立派な髭を蓄えた、しかしガッシリとした体格の男。

 もう一人は自分やアルベルトと同年代の、青い長髪の男だ。


 そして、その二人を従えている女性は──


 薄桜色のゴールデンポニーテールに、アーニャとよく似たデザインの白金の鎧。

 今は怒りで歪んでいるが、整った顔立ちの非常に美しい女性であった。


「姫様!? この者たちがですね──」

「ティアナさん! お久しぶりです!」


 兵士の言葉を遮り、アーニャが女性の名前を呼ぶ。

 すると先ほどまでの怒りはどこへやら、ティアナと呼ばれた女性は破顔し、


「ああああああああああああああああああああ!!」


 と、雄叫びをあげた。

 そしてアーニャへ駆け寄ると、


「アーニャ様! やはりアーニャ様だ! お久しぶりです! どれほど貴女様を待ち侘びたことか……! お告げは本当だったんだ……!」


 噛みしめるように唸り、跪いた。


「ティアナさん! やめてくださいそんな! ……またお会いできて嬉しいです。セストさんとバルトロメオさんも」


 アーニャが男たちへ視線を移すと、二人もティアナと同じように跪き頭を垂れた。


「儂たちのことまで覚えていてくださったとは……。この地を守る為、再び力をお貸しください」

「もちろんです。またよろしくお願いします」


 アーニャもホッとしたように笑顔を浮かべる。


「だから言っただろう?」


 ポカンとしている兵士の脇腹をアルベルトが小突くと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべそっぽを向いてしまった。


「そういえばステラ様はご一緒ではないのですか?」


 キョロキョロとステラの姿を探すティアナにアーニャの顔が曇るが、


「今回は、ステラちゃんは……その……。で、でも! 飛鳥くんがいますから安心してください!」


 そう言ってこちらを向く。

 ティアナたちに見つめられ、とりあえず頭を下げた。


「貴殿が新たな英雄様ですか。モルダウの第一王女、ティアナ・ホーエンツォレンと申します。魔王を倒す為、お力を貸してください」


 だがティアナの美しい所作に、先ほどの自身の態度が恥ずかしくなってしまい、


「も、もちろんです。皇飛鳥といいます、よろしくお願いします」


 背筋を伸ばして改めて礼を返す。


「ではさっそく中へ。現在の状況と今後のことを話し合いましょう」


 ティアナに促され、歩き出すが──


『もう……、……だ』


 また……!


 再び『声』が聞こえ視界が歪んだ。


「飛鳥くん、やっぱりまだ……」

「飛鳥様、いかがされましたか?」


 アーニャとティアナが支えるように腕を掴む。


 レーギャルンを使ってないのに、何で声が……。


「飛鳥くんはキスキル・ナハトとの戦闘後から少し調子が悪くてね。話は僕たちがしておくから、馬車で休んでいなさい」

「はい、すみません……」


 馬車へ向かおうとする後ろで、セストとバルトロメオが感嘆にも似た声をあげた。


「何と……! あの女帝と……!」

「それだけのお方がいらっしゃれば、今回も必ず勝てますね」


 自室で横になり、段々と意識が閉じられていく中で、今度こそ『声』がハッキリとこう告げた。


『後少しだ。後少しで、お前は俺の物となる。共に破壊を撒き散らそう、飛鳥──』

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