第五十七話 極星
天井を突き崩すほどの、巨大な炎柱が死神の体を焦がしていく。
「あれは、焔王の……!」
炎を見つめ、アーニャが呆然と呟いた。
身を焼かれボロボロと崩れゆく中で、それでも死神はアーニャに向かって手を伸ばす。
こいつは、アーニャに何の感情も持っていない筈だ。
キスキル・ナハトに命じられたから、それを果たそうと動いただけだ。
でも、どこか必死に求めるように腕を伸ばすその姿に……、
「いい加減にしておけよ」
髑髏の面にレーギャルンを突き立てる。
「しつこい男は嫌われるぞ。……というか、旦那の前でアプローチするな」
面が真っ二つに割れ、今度こそ死神は黒い灰となって崩れ落ちた。
アルベルトが苦笑いを浮かべながら、
「しつこさなら、飛鳥くんも中々だと思うけどね」
と零す。
「待ってください、それだと俺も脈なしみたいに聞こえるんですが」
「あれっ、聞こえてたのかい? 安心したまえ。君の場合は伝えすぎなだけだ、そんなに言わなくてもアーニャくんは充分理解していると思うよ」
彼は一瞬ビクリと肩を震わせるが、襟を正すといつもの調子で述べた。
「二人とも、今はそんなこと言ってる場合じゃ……」
アーニャがそのやり取りを咎めるが顔は真っ赤だ。
そんなアーニャへ笑顔を見せ、
「さて、決着をつけようか」
魔獣の群れを睨みつける。
すると魔獣たちが踵を返し、キスキル・ナハトの元へ集まっていく。
だが恐怖で退いた訳ではなさそうだ。
魔獣たちはキスキル・ナハトを中心に螺旋を描くように整列し始めた。
「ねぇ、アニヤメリア……」
肉の塊のようになった魔獣たちの中心で、キスキル・ナハトはダラリと腕を垂らし、俯きながらアーニャの名を口にする。
「そんな子、どこで見つけてきたの……?」
「え……?」
「言った通り、さっきの子は私の子どもたちの中でも特別なの。私と同等以上の魔力がなければ傷一つつけられない……」
「なっ……!? それはつまり……!」
その言葉に一番驚きを見せたのはアルベルトだ。
頭だけ持ち上げ、キスキル・ナハトが口角を釣り上げる。
「そうよぉ。あの一瞬だけとはいえ、飛鳥は私と同等以上の魔力を発揮した。まるで人間じゃないみたい」
そう言いながらキスキル・ナハトは笑い続けている。
「私も、本気を出さないといけないみたいねぇ」
途端、床がたわみ魔獣たちの体が溶け始めた。
キスキル・ナハトの胸が淡く紫色に光り、床が魔獣を飲み込む度に鼓動のように明滅する。
そして、やがて──
「何……これ……!?」
その姿に、全員が息を呑んだ。
数メートルに巨大化したキスキル・ナハトの背中から真っ黒な翼が生え、頭の上には紫色の、天使のような輪が現れた。
両脇には女性の形をした黒い塊を従えている。
「アーニャ、これはまさか……!」
「うん……。こんな姿、前回は──」
「両脇を先に倒さないと本体にダメージが入らないタイプか……!?」
アーニャが目の前の脅威を忘れたかのようにキョトンとした表情を見せる。
「あ、飛鳥くん……?」
「いや、本体を倒さない限り両脇が延々と復活するタイプかも……」
別の可能性を口にすると、アーニャが今度は青ざめた表情で叫んだ。
「飛鳥くんはそういう相手と戦ったことがあるの!? 日本って魔族とかいたっけ!?」
「うん、ゲームでだけどね」
「へ? ゲーム……って、こういうやつ?」
アーニャは剣を脇に抱えると、胸の前でコントローラーのボタンを押すような仕草をしてみせた。
神界にもゲーム機ってあるんだろうかなんて考えつつ、手を見つめながら指をピョコピョコ動かす彼女の可愛らしさに思わず頬が緩む。
それにアルベルトが怒鳴り声をあげた。
「君たち緊張感が無さ過ぎないか!? 明らかに危険な状況なんだけど!?」
キスキル・ナハトも彼と同じ意見のようだ。
苛立ったようにこちらを睨みつけている。
「アルベルトさんとヘレンさんは馬車の中に! すぐに脱出できるようにしてください!」
二人が頷き、馬車へ乗り込むが──
「痛ッ!?」
キスキル・ナハトが警笛のような甲高い音を発したかと思うと、頭上の輪が光線を放ち、天井と壁を崩してしまった。
分かってはいたが、逃がす気はないということだろう。
アーニャと二人剣を構え、目で合図を送る。
キスキル・ナハトが口から炎を吐き出すのと同時に横へ飛び、両脇の塊を目指し床を蹴った。
「はああああああああああ!!」
アーニャが彼女たちの頭よりも高く飛び上がり、片方の塊を両断する。
もう一方が勢いよくこちらに腕を伸ばすが、到達するより先に無数の炎弾を叩きつけた。
「《
腕が爆ぜ、全身穴だらけとなった塊が動きを止めるが……、
「くそっ! ダメか!」
すぐに再生し、黒い棘を弾丸のように吐き出した。
レーギャルンが盾となるが、隙間を縫うようにキスキル・ナハトの輪が光線を放つ。
「アーニャ!!」
突き飛ばすような格好になってしまったが、間一髪のところで避け、二人揃って床を転がった。
「ごめん! 大丈夫!?」
「ううん、ありがとう……」
そこへキスキル・ナハトの笑い声が響く。
「どうしたの? 私のことが許せないんでしょう? なら、これぐらいで諦めないで、もっと、も〜っと……傷つけ合いましょうよ!!」
興奮するように身悶える彼女の隣で、塊が再び棘を吐き雨のように降り注いだ。
馬車を守る為防御魔術を展開しているアルベルトが叫ぶ。
「こ、これ以上は保たないぞ!? 飛鳥くん! もっとその……ブレイキング何とかの威力を保ったままで広範囲攻撃できないのか!?」
「えっ、急にそんなこと言われても……!」
それを聞いていたアーニャが意を決したように顔を上げた。
「アーニャ……?」
「一つだけあります。広域殲滅用の、私が唯一使える攻撃魔術が。でも……」
「おぉ! さすがは女神だ! それでやつを吹き飛ばしてくれ!」
しかし問題があるのか、アーニャはすぐに返事をしない。
心の底から申し訳なさそうにこちらを見つめている。
それだけで、アーニャが何を言いたいのか理解できた。
「大丈夫、アーニャのことは必ず守るから」
「飛鳥くん……」
こんな状況だからこそ、あえて笑顔でそう伝えた。
どんな時でも、アーニャは笑顔で俺を支えてくれた。
だから、今度は俺の番だ。
アーニャが強く頷き口を開く。
「この魔術は詠唱に少し時間がかかるの。その間、私はこの場から動けない」
「分かった、時間稼ぎは任せて」
「うん、お願い」
剣を床に突き立て、言の葉を紡いでいく。
それは、遥か遠き
この
「何をする気か知らないけど、見過ごす訳ないでしょう!!」
キスキル・ナハトの輪が一層輝きを増し、アーニャ目掛け光芒を放った。だが──、
「それはこっちの台詞だ」
渾身の力を込め、飛鳥がレーギャルンを叩きつける。
軌道が逸れ、すぐ側の床を穿った。
今までだったら、怖くてこんなことできなかったと思う。
これだけの存在を前に、自分の力はまだまだ小さすぎるから。
でも、今は──
必死に剣を振るう、自分をいつも大切に思い、愛してくれる人の姿を見つめる。
彼がいるから──飛鳥くんは、絶対に自分を守ってくれる。そう信じているから。
だから、もう何も──
キスキル・ナハトの頭上に小さな、しかし眩く輝く光球が現れた。
「飛鳥くん! 退いて!」
言い終わる前に、飛鳥が飛び退く。
次の瞬間、光球が膨れキスキル・ナハトを包み込んだ。
「《
キスキル・ナハトの悲鳴が木霊する。
光が彼女の魔力を抑え込み、肉体を焼いていく。
しかし、それでも──、
「!? そんな……!」
「いいわぁ……こんな魔術を隠してたなんて……! 見た目は好みじゃないけど特別よ、アニヤメリア。貴女も……私のものにしてあげる!!」
光を食い破ろうとキスキル・ナハトが身を捩る。
これでも……ダメなの……?
絶望が心を侵食していく。
その時だった。
「アーニャ! あの光をレーギャルンに向けてくれ!」
「え……?」
キスキル・ナハトを取り囲むようにレーギャルンを配置し飛鳥が叫んだ。
「ど、どういうこと……?」
「いいから早く!」
飛鳥の、力強い光が灯る瞳に思わず首を縦に振り、光をレーギャルンにぶつける。
するとレーギャルンは互いに光を反射し合い、そして──、
「飛鳥、貴方の力には興味があるけれど、私男には興味ないの。ごめんなさいね」
「安心しろ、俺もお前に興味はない。それより……太陽熱発電って知ってるか?」
「太陽……何ですって? ──ッ!?」
キスキル・ナハトの体の中心から巨大な炎が噴き出した。
「こ、これは……!?」
「簡単に言うとだな、鏡を使って太陽光を一箇所に集め、超高温を生み出して……まぁ、その先の仕組みはいいか」
炎はあっという間に全身に回り、巨大化した肉体を灰へ変えていく。
断末魔を残し、キスキル・ナハトは炎に飲まれていった。
炎が消えたのを確認し、アルベルトたちが駆け寄ってくる。
アルベルトもヘレンも呆気に取られた様子で辺りを見回した。
「凄いな……。その、太陽熱発電……だったか? 後で詳しく教えてくれないかい?」
「いいですけど、それはトドメを刺してからです」
「えっ?」
アーニャの剣を床から抜き、灰の塊へと近付いていく。
「こんな……ことが……」
その声に、飛鳥以外全員が目を見張った。
灰の中から全身に火傷を負ったキスキル・ナハトが姿を現し、床を這っていく。
「しぶといな。……だが、これで終わりだ」
するとキスキル・ナハトはボロボロと涙を流し始めた。
「いや……嫌よ……。せっかく……また、遊べるようになったのに……。また殺されるなんて……いや……」
「自業自得だ。人間はお前の遊び道具じゃない」
ゆっくり狙いを定め、剣を振り下ろした、その瞬間──
「なっ……!? まさか……!」
黒い壁が出現し、そこから伸びた腕が剣身を掴んだ。
「そこまでだ、飛鳥」
「貴女は……!」
琥珀色の髪を靡かせ現れた女に、アーニャは絶句した。
呻くように、その女の名を口にする。
「魔王……メテルニムス……!」
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