第五十三話 電撃戦
翌朝──
日の出と共に行動を開始すべく、身支度を整え、アーニャと二人馬車へ向かう。
するとそこには……、
「アルベルトさん!? 大丈夫ですか!?」
リビングのソファでグッタリと横になっているアルベルトの姿があった。
昨日の夕方に別れた時と同じ服装で、床には魔術書が何冊も散らばっている。
慌てて駆け寄り抱き起こすと、
「んぁ? 君たち……ということは、もう朝か……」
うーんと一回背筋を伸ばし目を擦った。
どうやら徹夜で作業をしていたらしい。
僕らにはちゃんとご飯を食べて早く寝ろって言ってたくせに……。
すると表情から察したのか、わざとらしく肩をすくめ
「いいかい、飛鳥くん。三十を過ぎるとね、途端に無理がきかなくなるものだ。君も四捨五入すれば三十だろう? 油断してるとあっという間だから気をつけなさい。まぁ、僕の場合は無理などしなくても人より並外れた成果を出してしまうんだけどね」
そう言ってふふんっと自信満々に笑った。
説得力に欠けるその言葉に、気付くと、拳を握りしめていた。
笑ってなんかいられない筈なのに、僕らに心配をかけまいと普段通りに振舞っている。
昨日、初めて見せたあの表情──作業に没頭していなければ不安でどうにかなってしまうぐらい、この人はヘレンさんのことを……。
アーニャも辛そうな表情で目を伏せている。
彼女も責任を感じているのだろう。
僕らがあの鬼を倒していれば、ヘレンさんが攫われることはなかった。
もう一度この世界を救うなんて言いながら、仲間一人守れないなんて……。
その様子にアルベルトは困ったように笑い、御者台の方に手を振った。
「おいおい、昨日も言った通りヘルマンシュタットまでは数日かかるんだ。今から緊張してたら保たないよ? 僕は汗を流して少し寝るから、何かあったら呼んでくれ。あぁ、アーニャくん、もう着替えていいよ。ここから先、変装は無意味だからね」
「は、はい……」
声こそ発しないが、水晶の馬がいななくように頭を振り動き出す。
それを確認し、アルベルトは浴室へ入っていった。
しかし、それからすぐに──、
「きゃあ!?」
「アーニャ! 危ない!」
馬が急ブレーキをかけたせいで、アーニャが倒れ込んできた。
思わず抱き止めるが……、
「ご、ごめんなさい!」
「あ、いや! 僕の方こそごめん!」
顔を赤くし、どちらからともなく飛び退いた。
同時に上半身裸のまま浴室から放り出されたアルベルトが、
「何かあるのが早過ぎないか!?」
心底不機嫌そうに叫び声をあげる。
「一体何が……?」
御者台へ出ると、馬の目の前に大きなカバンを背負ったエレナが立っていた。
「エレナさん? どうしてここに……?」
どこか決意に満ちた表情のエレナに、嫌な予感がしつつも尋ねる。すると……、
「あのっ……私もヘルマンシュタットに連れていってください!」
案の定な言葉が返ってきた。
そのまま馬車に乗り込もうとする彼女を止める為、慌てて地面に降りる。
「ちょっと待ってください! いきなり何で──」
「私が飛び出したばっかりに、ヘレンさんが連れていかれ皆様にご迷惑をかけてしまいました! 私にもヘレンさんを助けるお手伝いをさせてください!」
不謹慎だが、ここまでお決まりなやり取り、今時漫画や小説でもやらないぞなんて考えてしまった。
しかしエレナはいたって真剣だ。肩を掴むが尚も詰め寄ってくる。
「お願いします! 足手まといにならないよう頑張りますから!」
「でも君、戦闘や魔術はできるのか?」
上着を羽織りながらアルベルトが出てきた。
彼の質問にエレナが「うぐっ」と狼狽える。予想通り、エレナに戦闘能力はないようだ。
当然といえば当然だが、ここ一帯はキスキル・ナハトを頂点に魔族に支配──ある意味では庇護されている。
魔族の言うことさえ聞いていればいいのだから、人間がわざわざ鍛える必要などない。
「た、戦いはできませんが……皆様が戦いに集中できるよう身の回りのことをさせてください! あ、これ! 朝ご飯、まだですよね? 良かったら食べてください!」
と、手に持っているバスケットを差し出した。
ご飯と聞き、お礼を述べつつ手を伸ばすアーニャの腕を掴む。
受け取ったら最後、エレナの同行を認めることになってしまう。
「どうしましょう……?」
アルベルトへ視線をやると、彼は面倒そうに頭を掻き、
「……議論している時間がもったいない。絶対に馬車から出ないこと、それが守れるなら好きにしてくれ」
さっさと浴室へ戻っていった。
エレナの表情がパッと明るくなる。
「はい! ありがとうございます!」
こうして、見た目だけはいつもと変わらない顔ぶれを乗せ、馬車は再び動き出した。
「へっ……? あれ? あの、えっと……」
いつもの服に着替え、部屋から出てきたアーニャを前に、エレナは目をパチクリさせている。
気持ちは非常によく分かる。
超可愛い魔族だと思っていたのが超可愛い女神に姿を変えたのだから。
「ごめんなさい、騙すつもりはなかったんです。でも、人間だけで旅をしているとなると怪しまれてしまうので……」
アーニャが頭を下げるが、エレナは大きな瞳を更に開きアーニャを見つめたままだ。
「いえ……お金も払ってくださいましたし、ビックリしましたけど……。あの、人間だけで旅ってどういう……?」
「それはその……色々ありまして。色々……」
この反応にはもう慣れたが、詳しい事情を聞かせる訳にはいかない。
エレナの同行はあくまでヘレンを助けるまでのこと。それ以上は彼女を巻き込みたくない。
「す、すみません! 立ち入ったことを聞いてしまって!」
こちらの態度で察してくれたのだろう、エレナが慌てて謝罪を口にする。
「いえ、謝らないでください。……じゃあ僕も部屋にいるから、何かあったら呼んで」
「うん、分かった」
アーニャに手を振り、部屋へ戻ってすぐレーギャルンを一枚手に取った。
そして、初めて使った時に見せられた映像を思い浮かべる。
あの『声』は、これを僕の望みだと言った。
確かに力は必要だ。
誰にも負けない──メテルニムスにも、帝国にも王国にも、そして……。
今の自分と同じ、炎を身に纏う男の姿を思い出す。
念じてみるが、『声』からの返事はない。
そのままベッドに横になり天井を見つめた。
決めた筈だ。アーニャが笑ってくれるなら、どんな力だろうと迷わず使う。使いこなしてみせる。
本当に僕とこいつにあれだけの力があるなら、僕は──。
改めて自分がやりたいことを確認し、ナイトテーブルに手を伸ばすが空を切ってしまった。
「あ……。コーヒー淹れるの忘れてた……」
馬車に揺られること四日、遂にヘルマンシュタットへと辿り着いたのだが──
「えっ、何これ……」
事前に城塞都市と聞いてはいたから、街を囲む壁に驚きはない。
唖然としたのは……。
「これ、全部関所待ちの列なんですか……?」
アーニャが目を丸くし、アルベルトに尋ねる。
唯一の入り口には、
そして彼らの前には、順番待ちをしている馬車がズラッと並んでいた。
城壁の近くには多数のテントが張られていて、それをターゲットに忙しなく走り回る商人たちの姿まで見える。
その光景を目の当たりにし、
「いやいや……いつ街に入れるんだよ……」
思わず溜め息と共に愚痴ってしまった。
「そうだね。でも、生憎僕らにそんな時間はない」
アルベルトが魔術書片手に手を翳すと、馬車が列を離れ、テントの間を縫い城壁に向かって進んでいく。
そして彼は天井を指差し、
「飛鳥くん、屋根の上で待機してくれ。もちろんレーギャルンの準備も忘れずにね」
ニヤリと、だが引き攣った笑みを浮かべた。
どうしよう、凄く嫌な予感がするんだけど。
しかしツッコミを入れている暇はなさそうだ。
ある程度進んだところで馬が足を止める。
アルベルトはやや瞳孔が開いた、ちょっとヤバイ目つきでこんなことを言い出した。
「伝え忘れていたがヘレンくん奪還に際して作戦は特にない。一気にキスキル・ナハトの城へ乗り込みヘレンくんを見つけたら即脱出。モルダウ側の関所も強引に突破してアルデアルとはおさらばだ。うん、天才がやることではないが実行部隊は君たち二人だ。全力で力押ししてくれたまえ!」
その言葉にアーニャもエレナもしばらくポカンとしていたが……、
「飛鳥くん!? ちょっと待って!」
屋根に登ろうと窓枠に手を掛けたところでアーニャがマントを引っ張った。
「ここってもうキスキル・ナハトの陣中なんでしょ? 陽動とかも意味ないと思うし、周りの魔族や魔獣は何とかするから、アーニャはヘレンさんを見つけるまで待機してて」
「でも……きゃっ!?」
馬が勢いよく走り出し、アーニャの手がマントから離れる。
エレナがアーニャを受け止めるのを確認し、屋根へ登りレーギャルンを解き放った。
異変に気付いたのだろう。
周りの連中が騒ぎ始めるが気にする必要はない。
「開け、レーギャルン──」
宝石が輝き、一枚一枚が巨大な炎の十字架へと姿を変える。
視線だけ上を向けるが、何故か今回は『声』がしない。この前怒ったからだろうか。
そこへ自棄っぱちなアルベルトの号令が聞こえ、レーギャルンへと命じる。
次の瞬間、そびえ立つ壁が粉々になり、轟音が辺りに響き渡った──。
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