第五十二話 人違い
「魔族……!」
思わずレーギャルンへ手を伸ばす。
しかし、その腕をアルベルトに掴まれた。
「待ちなさい、飛鳥くん! 今は僕らも魔族の側だ。いきなり攻撃を仕掛けたんでは怪しまれてしまう!」
小声で耳打ちされ、ゆっくりとレーギャルンから手を離す。
彼の言う通りだ。ここで魔族とことを構えてしまったら、ヘルマンシュタットにいるキスキル・ナハトに知られる可能性がある。
当然、彼女は迎撃態勢を敷くだろう。
そうなれば、彼女に気付かれずモルダウ入りするという作戦が台無しになってしまう。
まずは状況を把握する為全員で物陰に移動し、
「エレナくん、あの鬼について知っていることがあったら教えてくれないか?」
アルベルトがエレナに尋ねた。
肌は深緑色で、鬼というよりはゲームに出てくるオークのような見た目だ。
だが額の中心に一本太い角が生えていて、身長は約二メートル。
表情は間抜けというか、やる気がないのかボーッとしている印象を受けるが、筋骨隆々で戦うとなれば多少厄介かもしれない。
「あのお方はキスキル・ナハト様の部下で、周囲の村も含めて月に一人ずつ、若い女性を連れていく為にいらっしゃいます。ここへは、つい一週間前もいらしたばかりなのですが……」
「それって、生贄ってことですか……?!」
アーニャの表情が強張る。
気持ちは分かるが、今はなるべく喋らないでほしい。
ヘレンと二人、慌てた様子を見せるが、
「いいえ、キスキル・ナハト様は若くて美しい女性がお好きだと聞いております。恐らくは気に入った女性を招き、ご自身の身の回りのことをさせているだけかと」
アルベルトが丁寧に答えた。
しかしエレナが村長へ視線を移したのをいいことに、口調とは裏腹に不快な表情を浮かべ、あっかんべーするように舌を出している。
三年前を思い出しているのだろう。アーニャも気持ち悪そうな表情を浮かべた。
「ところでエレナくん。一週間前も来たと言っていたが、それでは周期から外れてしまう。今までもこういうことはあったのかな?」
再びアルベルトがエレナに尋ねる。
彼女は首を横に振り、
「いいえ、私が知る限りでは初めてです」
そう答えた。
「ふむ……。何故やつは周期から外れた行動をしているんだ? 個人的な事情か、今回だけ特別な命令を受けたのか……。とにかく、もう少し近付いてみよう」
アルベルトの提案に全員が頷き、見つからないよう行動を開始した。
「お、お待ちください! 連れていく女は月に一人と、キスキル・ナハト様がお決めになられたことじゃありませんか!」
「まぁ、それはそうなんだけど……」
必死に訴える村長に、鬼は相変わらずボーッとした表情のまま突っ立っている。
騒ぎを聞きつけた村の男たちが集まってきた。
「お願いします! 来月まで待っていただけないでしょうか!?」
「そうです! それにこの村にはもう若い女はほとんどおりません! 他の村へ──」
「えっと……何だったかな……」
村人たちの言葉を余所に、鬼は視線を彷徨わせていたが、
『──ちょっとは頭を使いなさい頭を!』
キスキル・ナハトの言葉を思い出し、
「あぁ、そうだった!」
笑ったかと思うと姿勢を低くし、村長へ頭突きをかました。
鮮血が舞い、村長が倒れ呻き声をあげる。
「村長! 大丈夫か!?」
男たちが駆け寄るが、当たりどころが悪かったのか村長は虫の息だ。
「あいつ……!」
マスティヴァイスの時と同様に、右腕が黒く染まり炎が灯る。
「ちょ……落ち着きなさい飛鳥くん!」
アルベルトが胴に抱きついてきた。
「離してください!」
「いやでも! ここで暴れるのはまずい! 分かってくれ!」
「村長!」
その時、エレナが飛び出した。
彼女を見た男が叫ぶ。
「エレナ! 来ちゃダメだ! 逃げろ!」
「いるじゃないか。あれでいいのかな……」
鬼がエレナに向かって走り出した。
「ひっ!」と悲鳴をあげる彼女を見て、
「うわっ! こっちに来たぞ! 飛鳥くん!」
アルベルトが手を離す。
何だよその手の平返しは!
思わず叫びたくなったがそれは後だ。
「灼き払え! レーギャルン!」
レーギャルンが宙に浮き一斉に熱線を発射した。だが──
「なっ!? 速い!」
鬼は熱線を避けエレナに手を伸ばす。
「させるか!」
蹴りを放つが、あっさりと弾かれてしまった。
返す刀で鬼が拳を振るう。
レーギャルンが盾となるが、あまりの衝撃の大きさに吹き飛ばされてしまった。
「飛鳥くん!!」
「嘘だろ? 飛鳥くんをあぁも簡単に──」
鬼がアーニャたちの前に降り立ち、足音が大地を揺らす。
全員が息を呑むが──
「あれ、どっちだ……」
エレナとヘレンを交互に眺め、鬼が頭を掻いた。
「連れてこいって言われたのは一人だから……」
と、ヘレンを掴み上げた。
「へっ? ……きゃああああああああああ!?」
「ヘレンくん!」
「ヘレンさんを離して!」
アーニャが光の刃を生み出し叩きつける。
しかしそれも砕かれてしまった。
「何で攻撃してくんの……?」
魔族姿のアーニャに鬼は戸惑った様子を見せるが、逃げようと近くの家の屋根に飛び乗る。
「逃すか!」
レーギャルンに嵌め込まれた宝石が輝き、より強大な炎を生み出した。
そして、狙いを定めるが──
「やめなさい! ヘレンくんに当たったらどうするんだ!?」
「ッ!」
アルベルトに怒鳴られ躊躇ってしまった。
その一瞬をつき、鬼はヘレンを連れ風のように去っていった。
「くそっ! ヘレンさん……」
吐き捨て、拳を握りしめる。
「エレナ! 無事か!?」
村の男たちが駆け寄ってきた。
「私は……それより村長は!?」
「医者を呼んだが傷が深い……。最悪……」
「そんな……」
エレナ含め村人たちの表情が曇る。
そんな彼らへ、アルベルトが詰め寄った。
「村長の怪我についてはお見舞い申し上げる。でも、僕らの方もヘレンくんを連れ去られてしまった。どうしてくれるのかな?」
「アルベルトさん! そんな言い方……」
すると皆青ざめた顔になり、
「も、申し訳ございません! ば、罰は受けますのでお許しください!」
先頭にいた一人が地面に頭を擦りつけた。
アルベルトは益々不機嫌そうに、
「謝罪などいらない。……予定を早めよう。明日の早朝に出立できるよう、今夜中に食料を馬車に運び込んでくれ」
「か、かしこまりました!」
男たちが慌てて駆けていくのを見送り、アルベルトが家に向かって歩き出す。
「アルベルトさん、明日って……早く追わないとヘレンさんが!」
「エレナくん、僕とアー……主人にはお茶を。飛鳥くんにはコーヒーを頼む」
「アルベルトさん!」
この期に及んで飲み物を頼むアルベルトの首元を掴んだ。
だが、彼の表情は──。
「ヘルマンシュタットまでここから最低でも四日はかかる。その間満足に食事も取らないで平気なのかい? 仮に平気だとしても戦えるのか? 相手は女帝、戦場も彼女の陣の中だ。準備を怠れば今度こそ死ぬよ?」
見たことがないくらい暗く、怒りを見せるアルベルトの言葉に口をつぐむ。
「僕は今夜の内に馬車の魔術の調整を行う。君も、ヘルマンシュタットに着くまでにレーギャルンの強化をしておきなさい」
「レーギャルンの強化……?」
「正確に言えば君自身の強化だ。この十日間の戦闘で外から見える情報は取ったつもりだ。でも、君だけに聞こえる『声』については僕でも調べようがない」
レーギャルンを使用する度に聞こえる、あの地鳴りのような声……。
未だに声の主がどんな人物なのか、自分にも分かってはいない。
でも、アルベルトの言う通りレーギャルンにはもっと……。
「……分かりました。考えなしに、すみません……」
頭を下げようとしたが、アルベルトは首を振った。
「気にしないでくれ。こういう時の為に僕の天才性はあるからね」
アルベルトの軽口にアーニャも微笑む。
ヘレンさん、待っててください。
必ず、助けに行きますから。
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