第五十一話 瓜二つ

「見えてきたよ、あれがハルギ村だ」


 アルベルトが指差す先に、小さな村が見えてきた。


「あぁ、そうだ。使う機会はないと思うが飛鳥くん、これをあげよう」


 アルベルトが差し出したのは、銀製の留め具が八つついたベルトであった。


「これは?」

「レーギャルンを下げておく為のものだ。毎回袋を破られたんでは布がもったいない」


 と、穴の開いた袋を持ち上げてみせる。


「はぁ、ありがとうございます」


 受け取り、レーギャルンを留め具に嵌めていくが、途中ある疑問が頭を過ぎった。


「あの、アルベルトさん」

「ん? ってどうしたんだい……? そんな怖い顔して……」


 自覚はないが、恐らく戦闘時のような表情をしていたのだろう。

 アーニャもヘレンも、何事かと不安そうにこちらを見ている。


「布といえば……どうしてあの魔族コス、アーニャの体にフィットしてるんですか? まさか……!」


 あまりの可愛らしさと自然な流れで思い至らなかったが、アーニャのドレスは測ったかのように彼女の体にピッタリと合っている。

 少なくともこの十日、ヘレンがアーニャの身体測定を行う場面は見ていないし、そもそもヘレン自身この作戦を知らなかった。

 となれば……。


「ま、待ちなさい! あれは皆が寝ている間に──」

「寝ている間に、アーニャに触ったんですか?」


 アルベルトが珍しく焦りと恐怖を見せた。

 当然といえば当然かもしれない。気持ちを汲み取ってくれたのか、先ほどからレーギャルンがベルトから外れようと音を立てている。


「ち、違う! 最後まで聞きなさい! 拘束系の魔術を応用して、布自身にドレスを作らせたんだ! 誓ってアーニャくんに触れてなどいない!」

「そうだよ飛鳥くん。それに、寝てても誰かが入ってきたら気付くでしょ?」


 宥めようと、アーニャが肩に触れ顔を近付けてくる。

 不意打ち気味な接近に思わず心臓が飛び跳ねた。


 アーニャ、今はそんなに近付かないでくれ。エールで変装した時もだったけど可愛過ぎる。

 もっと自分の可愛さに自覚を持ってくれ。

 あぁ、本当抱きしめてぇ……。


 やがてレーギャルンが動きを止め、三人がホッと息をつく。


「じゃ、じゃあ僕は御者台にいるから皆は呼ぶまで中にいてくれ」

「分かりました」


 まだ少し恐怖を浮かべながらアルベルトは出ていった。

 しばらくの間、三人は黙って座っていたが、


「あ、飛鳥さんは……ほ、本当に、アーニャさんのことが、す、好きなんですね……」


 ヘレンが羨ましそうに微笑む。


「えっ、それは、えぇと……ほ、本人の前で言うのは恥ずかしいというか……」


 ドギマギしながら応えると、アーニャも顔を赤くし下を向いてしまった。


 本人どころかニーラペルシたち大勢の前で言い放ったのだから何を今更という感じもあるが、あれは勢いや場の空気があったからできたことで、普段なら面と向かって伝える勇気はまだない。


「で、でも……お二人は、お似合いだと思いますし……。わ、私もいつか……そんな相手がみ、見つかったらいいなって……思います……」

「ヘレンさんなら大丈夫ですよ! 可愛いですし、性格もいいし賢いですし!」

「そ、そうですか……? あ、ありがとうございます……」


 アーニャがそう言うと、ヘレンは照れたように、しかし嬉しそうに笑った。






 それから一時間ほど経っただろうか。

 アルベルトに呼ばれ馬車から降りると、村長らしき老齢の男性と若い男たちが数人跪いていた。

 アーニャが姿を見せると、一斉に深々と頭を下げる。


「見ての通り、僕たちはキスキル・ナハト様にお会いする為ヘルマンシュタットに向かっている。今晩の宿と食料を用意してほしいのだが、いいかな?」

「も、もちろんでございます! 必要なものは何なりとお持ちください!」


 地面に頭を擦り付けながら述べる村長へ、アルベルトは一瞬嫌悪感を見せるが、


「じゃあここに書かれてるものを、そうだな……」


 チラリとこちらを向き、


「念の為十日分ほど用意してもらいたい。僕らの主人は健啖家でね。これだけあれば足りるだろう」


 と、紙のリストとお金を差し出した。

 アーニャが何か言いたげに口を開くがヘレンと二人で腕を掴む。


「あ、あの……魔族様からお金をいただく訳には……」


 村人たちはそれに困惑した様子を見せるが、


「僕らの主人をそこら辺の魔族と一緒にしてほしくないなぁ。主人が払うと仰っているんだから素直に受け取った方が身の為だよ? 主人はもちろん、隣にいる彼がその気になればこんな村、一瞬で焼き尽くせるけど?」


 アルベルトが悪そうな笑顔で告げる。

 村人たちは恐れ慄き、


「か、かしこまりました! ありがたく頂戴いたします!」


 紙とお金を受け取った。


「明日の朝までに頼むよ。それで、泊まる場所だが──」

「はい! ご案内いたしますのでこちらへ!」


 若者の一人が慌てて立ち上がるのを見て、アルベルトが満足そうに頷く。

 この人実は結構楽しんでるんじゃないだろうかと三人が顔をしかめるが、アルベルトは鼻歌を歌いながら歩き出した。




 村の中でも一等立派な家に通され、ひとまずくつろいでいると、


「全く、嫌になるな」


 アルベルトが心底苛立ったように口にした。


「どうしたんですか?」

「君たちも見ただろう? 魔族と見ればペコペコして……こんなこと言いたくはないが、君たちが努力したところで、住んでいる連中がアレでは一生この世界は救われないよ」

「でも、それは……」


 アーニャが口を開くが言葉が続かない。

 メテルニムスを倒すだけでは、この世界の人間は……。


 と、そこへノックの音が響いた。


「どうぞ」

「失礼いたします。本日皆様のお世話をさせていただきます、エレナと申します」


 そう述べ、一人の女性が入ってきたのだが──、



「「「「えっ?」」」」



「ほぉ……」


 互いの姿を見た瞬間、ある一名を除く全員が素っ頓狂な声をあげた。

 一人だけ反応を異にしたアルベルトはというと、興味深げな様子で、


「エレナくん、ちょっとこっちに来なさい」

「は、はいっ」


 小走りで寄ってきたエレナをヘレンの隣に立たせると、アルベルトは頭のてっぺんからつま先まで、言葉は悪いが舐め回すように見つめ始めた。

 この世界にセクハラという概念があるかは知らないが、現代日本なら完全にアウトな光景だ。

 しかし気持ちは分からなくもない。


 金髪という以外、顔も背丈も体格も、エレナとヘレンが瓜二つだったからだ。


「凄いな! 世の中にはそっくりな人間がいると聞いてはいたが体つきまで同じなんて、こんなことあるんだなぁ!」


 アルベルトは非常に興奮した様子だが、やはり言い方にやや問題を感じる。

 すると彼は何度か二人の立ち位置を変え、


「飛鳥くん! どっちがヘレンくんか分かるかな?」


 何故かやたらと嬉しそうに聞いてきた。


「え? 右がヘレンさんですけど……」


 何だその質問は。さすがに髪色で分かるわ。


「アッハッハ! でも本当に凄いなぁ! 君たち、実は生き別れの姉妹だったりするのかい?」

「い、いえ……わ、私は……ひ、一人っ子ですけど……」

「私も、兄弟姉妹はおりませんが……。あっ……」


 完全にアルベルトのせいなのだが、粗相をしてしまったと勘違いしたのだろう。

 アーニャの視線に気付くと、エレナは酷く慌てた様子で跪き、


「し、失礼いたしました! 改めまして、エレナと申します。ご用がございましたら何なりとお申し付けください」


 深々と頭を下げた。

 アーニャは少し悲しそうな表情を浮かべるが、言われた通り何も言わずペコリとお辞儀を返す。


「えぇと、ご主人様は全然気にされてませんから、頭を上げてください」


 代わりに応えると、エレナはこちらの顔色を窺うように顔を上げるが、


「あ、ありがとうございます」


 アーニャが笑顔で強く頷いているのを見て、ホッとしたように礼を述べた。

 ようやく場が落ち着いたように思えたが……、


「ん……。あ、あの……。そ、外が……さ、騒がしく、ないですか……?」

「えっ?」


 耳を澄ますと、確かに悲鳴のような声が聞こえる。


「行ってみよう」


 アルベルトを先頭に五人が外へ出ると、


「あれは……!」


 祈るような格好で悲鳴をあげる村長と、魔族の姿が目に飛び込んできた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る