第四十八話 撃破、そして……

 飛鳥の翼が大きく羽撃き、熱風を巻き起こす。


「くっ!? ヘレンくん、こっちへ!」

「へっ? ……ひゃあああああ」


 アルベルトはヘレンの腕を引っ張り物陰に隠れると、


「どうなってるんだ? 普通に扱えてるじゃないか」


 訝しげに少しだけ顔を覗かせた。




「アーニャ、ちょっと……」


 柄を握る手に力を込め踏み込むアーニャへ飛鳥が耳打ちする。


「……うん、分かった」

「さっさとしてくれないか? いい加減うざいよ、お前ら」


 そんな二人へ、マスティヴァイスは苛立った声を発した。

 先ほどまでとは反対に飛鳥が笑みを浮かべる。


「お前こそ、負ける準備はできたか?」

「何だと?」


 顔に青筋を立てるマスティヴァイスへ向かってアーニャが走り出した。


「はッ!」


 そして目にも留まらぬ速さで剣を振り抜くが……、


「ふん、その程度か」


 あっさりと躱し、マスティヴァイスが飛び上がる。しかし──、


「自分だけが飛べると思うなよ」


 空中で待ち構えていた飛鳥がマスティヴァイスを殴りつけた。

 だが予想されていたのか、またしても簡単に受け止められてしまった。

 マスティヴァイスが馬鹿にするように笑みを浮かべる。


「さっきも言っただろ、イキがるのは──」


 そこへアーニャが炎を放つ。

 マスティヴァイスは飛鳥の拳を弾き炎を避けると、アーニャを睨みつけた。


「女神ぃ……!」

「余所見をしてる暇はないぞ! マスティヴァイス!」


 飛鳥が翼を叩きつけ、マスティヴァイスを破壊された壁の外へと押し出す。

 腕に火傷を負い、マスティヴァイスは初めて顔を歪め舌打ちをした。

 その様子に飛鳥は心の中で拳を握りしめる。


 やっぱりレーギャルンの炎なら通じる! それなら!


 翼からガトリング銃のように次々と炎を撃ち出し距離を詰めていく。

 マスティヴァイスも光弾を放ち炎を撃ち落としていくが、物量では飛鳥の方が上だ。

 あっという間に接近し、再び翼でマスティヴァイスを弾き飛ばした。


「ぐぅっ!? 何なんだ!? この炎はぁ!」


 マスティヴァイスは忌々しげに吐き捨てた。

 明らかに動揺しているのが見て取れる。

 当然だ。通じない筈の魔力が自身の体を傷つけ、普段の役目から考えれば殲滅対象である人間に追い詰められている。

 こんな状況は恐らく初めてだろう。


 地面を転がりながらも、マスティヴァイスは体勢を立て直そうと翼を羽撃かせる。

 しかしその先にはアーニャの姿があった。そして──、


「これで、トドメです!」


 剣をマスティヴァイスの胸に突き立てた。

 炎が身を焦がし、鮮血が飛び散る。


「このっ……ふざけるなああああああああああ!!」


 喚き散らし、マスティヴァイスは両腕に力を込め光弾を生み出した。


「ッ!」


 アーニャの顔がサッと青ざめる。

 だが、光弾がアーニャを傷つけることはなかった。

 レーギャルンが盾となり光弾を受け止め、マスティヴァイスが目を見張る。


「英雄!! どこまで邪魔をするつもりだああああああああああ!!」


 力任せに剣を引き抜き、マスティヴァイスは飛び上がろうと地面を蹴った。


「きゃあ!」

「(ここまでとは予想外だクソが!! 後はキスキル・ナハトのやつに任せるしかねぇ!!)」


 そのまま飛び去ろうとするが──


「どこへ行く気だ。お前はここで倒す、そう言った筈だ」


 飛鳥がマスティヴァイスの翼を掴み上げる。


「なっ!? お前の翼はもう──」


 言いかけ、飛鳥の背に生えた光の翼にマスティヴァイスは息を呑んだ。


「はぁッ!!」


 飛鳥は黒く染まった右腕に炎を宿し、マスティヴァイスの翼を引き千切った。


「がああああああああ!?」

「アーニャ!!」

「うん!」


 落下してきたマスティヴァイスの胸に、アーニャはもう一度剣を突き立てた。

 今度こそ絶対に抜けないよう、全身の力を込めて深く深く押し込んでいく。


 防御のことなど考えてはいられない。

 いや、考える必要もない。

 絶対に飛鳥が守ってくれる、そう確信しているからだ。


 マスティヴァイスが甲高い雄叫びをあげ剣身を握る。

 その力強さにアーニャは顔をしかめた。


「まだ……こんな……!」


 それでも負ける訳にはいかない。

 もう一歩前に踏み込む。そこへ──、


「もう大丈夫だよ、アーニャ」


 飛鳥も柄を握りしめる。

 微笑む飛鳥に、アーニャは強く頷いた。


「「はああああああああああああああああッ!!」」


 二人の思いに応えるように、炎がより一層勢いを増していく。


「おのれ……! メテルニムス……様……!」


 マスティヴァイスは断末魔と共に粉々に砕け散り、炎が流星のように空の彼方へと消えていった。






 それからしばらくの間、二人は柄を握ったまま佇んでいたが……、


「!? アーニャ! 大丈夫!?」


 アーニャがへたり込むのを見て、飛鳥は慌ててアーニャの肩を抱いた。


「うん……。ちょっと、腰が抜けちゃって……」


 と、アーニャが照れたように笑う。

 その笑顔に、飛鳥も安心したように微笑んだ。

 そうしているとアルベルトとヘレンが駆けてきた。


「凄いな……堕天の徒を倒してしまうなんて……」


 呆然としながらそう呟くと、アルベルトはすぐにレーギャルンとアーニャの剣を取り上げ、


「やっぱり調べた時と変化はないし、こっちも普通の剣だな……」


 ジロジロと眺め始める。


「せ、先輩……まずはお二人を……。け、怪我はありませんか……?」


 心配そうにするヘレンであったが、飛鳥とアーニャが頷くのを見て嬉しそうに微笑んだ。

 咎められたアルベルトはというと、既に興味の対象が移ってしまったのかこちらに見向きもしない。


「二人のことは君に任せるよ。僕はもう一度これを……器材が吹っ飛んでしまったな。仕方ない、家に戻って──」

「お前たち! 何てことをしてくれたんだ!」


 そこへアルベルトの父が割って入った。


「これでは儂たちが反逆者扱いされるじゃないか! どう責任を取るつもりだ!? ……いや、先にこちらから報告してきちんと説明すれば……」


 その剣幕にアーニャが悲しそうに目を伏せる。

 飛鳥は目を吊り上げ立ち上がるが──、


「いい加減にしてくれませんか? 父さん。これ以上彼らの前で僕に恥をかかせないでください」


 憐れむようにアルベルトが述べた。


「黙れ! お前などもう息子じゃない! 研究所もクビだ! さっさと街から出ていけ! ヘレン・ヤンソン! お前もだ!」


 いきなり名前を呼ばれ、ヘレンはしばらくキョトンとしていたが……、


「えっ!? わ、私も……ですか……!?」


 絶望した様子で恐る恐る聞き返した。


「当たり前だ! こんな連中に手を貸して……お前たちが街からいなくなればメテルニムス様に言い訳も立つ! 今すぐ出ていってくれ!」

「そ、そんな……今すぐなんて……」

「うるさい!」


 アルベルトの父は聞く耳を持たない。

 ヘレンも諦めたのか、がっくりと肩を落とした。

 しかしそこで噛みついたのは飛鳥だ。


「待ってください! 僕たちが巻き込んだだけで二人に責任はありません! それに解雇通告は三十日前にはしないといけないと労基法で定められています! 今すぐクビと言うなら三十日分の給与補償を──」

「やかましいわ! 訳の分からんことをベラベラと! とにかく出ていってくれ!!」


 アルベルトの父は顔を真っ赤にし叫ぶだけ叫ぶと、研究所の中に戻っていってしまった。

 泣きそうな顔でローブを握るヘレンへ二人揃って頭を下げる。


「ごめんなさい……。私たちのせいで……」

「いや──」


 ヘレンの代わりにアルベルトが口を開いた。


「逆に感謝したいくらいだ。これ以上魔族に尽くすなんて、僕の才能の無駄遣いだからね」


 そのままアルベルトは別方向へ歩き出す。


「あ、ちょっと……。アルベルトさんはこれからどうするんですか?」


 飛鳥が呼び止めるがアルベルトは何も応えず去ってしまった。

 三人はその背中をしばらく眺めていたが……、


「か、帰りましょう……に、荷物をまとめないと……」


 ヘレンの言葉に従いその場を後にした。






 ヘレンの部屋へ戻った飛鳥たちは彼女の荷造りを手伝い始めたが……、


「これだけですか……?」


 トランク一つに収まってしまい、二人は戸惑いを見せる。


「か、家具は元々あったものですし……ま、魔術書や器材も……借り物なので……」


 そして扉の前で大きく頭を下げたヘレンと共に廊下へ出るが、その寂しそうな背中に思わず


「ヘレンさん、僕たちと一緒に旅をしませんか? 新しい仕事を見つける手伝いをさせてください」


 飛鳥がそう提案した。


「えっ……?」


 それにヘレンが目を見開く。


「アーニャも、いいよね?」

「うん、もちろん。ヘレンさん、私からもお願いします」


 アーニャも真剣な表情でヘレンの手を握った。

 二人の言葉にヘレンはしばらくポカンとしていたが、泣きそうなほど顔をくしゃくしゃにし


「は、はい……。つ、連れていってください……!」


 と微笑む。

 その返事に飛鳥はホッと胸を撫で下ろした。


 研究所に入った時がどうだったかは分からないがこの性格だ。

 一人では仕事が見つからず路頭に迷ってしまうだろう。


 少し気分が晴れたのか、足早に階段を降りるヘレンであったが……、


「うひゃあ!?」


 外へ出た瞬間上擦った声を発し尻餅をついてしまった。

 飛鳥とアーニャが慌てて外へ出ると、そこには水晶のように透き通った馬が二頭繋がれた馬車が止まっていた。

 黒塗りに金の装飾がこれでもかと施された、持ち主の性格が全面に押し出されたそれに、


「これは一体……?」


 想像がつきつつもお決まりの疑問を口にしてみる。すると、


「おや? 君たち、荷物はそれだけかい?」


 馬車からアルベルトが現れた。


「アルベルトさん? どうしてここに?」

「君たちの旅について行こうと思ってね。それが何なのかもまだ分かってないしね」


 アーニャの問いに、アルベルトはレーギャルンの入った袋を指差す。


「でも、私たちの旅は……」


 アーニャが不安そうな表情を浮かべるがアルベルトは聞いちゃいない。

 ヘレンからトランクを奪い馬車に放り込むと、爽やかな笑顔を向け


「さぁ行こうか。なぁに、世界一の天才が一緒なんだ。大船に乗ったつもりでいたまえ」


 自信満々に述べた。

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