第四十七話 本音

 飛鳥の怒りに呼応するように、レーギャルンはマグマのような炎を噴き上げ、一枚一枚が両刃の短剣を作り上げた。

 大きく息を吸い込み、背中越しにアーニャに語りかける。


「アーニャ。君とステラが、英雄たちがやってきた救世は間違いなんかじゃない。俺がそれを証明する。証明し続ける」

「飛鳥くん……」


 表情は窺い知れないが、アーニャの声には自身を否定された悲しみではなく、得体の知れないレーギャルンを再び手に取った自分を心配するような響きがあって。


 思わず綻びそうになる口元を固く結び、翳した手を振った。

 八枚の内六枚が飛鳥の傍らに浮遊したまま熱線を放ち、残る一番大きな二枚はマスティヴァイスを斬り裂かんと向かっていくが──


「待ちなさい飛鳥くん! 堕天の徒に魔術は通用しない! 僕たちの魔力もイストロスから借りているものなんだぞ!?」


 アルベルトが叫ぶ。

 しかし、マスティヴァイスが熱線を避けるのを見て目を疑った。


「堕天の徒が、魔術を避けた……!?」


 反対に、飛鳥の表情に変化はない。

 弱点を探すようにジッとマスティヴァイスを見据えたままだ。

 六枚のレーギャルンがバラバラに飛び出し、マスティヴァイスを取り囲むように熱線を放つが再び避けられてしまった。

 アーニャたち三人はその光景を信じられないといった様子で呆然と眺めていたが……、


「(……私は何故英雄の攻撃を避けた?)」


 それに一番驚いたのは意外にもマスティヴァイス自身であった。


「(あの炎も魔力で生み出されたもの。であれば、私に通じる道理はない。ならば、何故──)」


 思考に反して動く自身の体に、マスティヴァイスは眉をひそめる。


「俺の炎なら通用するらしいな」


 そこへ飛鳥が炎を纏った拳を叩きつけた。だが──、


「イキがるのは、せめて一撃でも入れてからにしてくれないか?」


 マスティヴァイスは飛鳥の拳をあっさりと受け止めた。

 飛鳥が舌打ちし腕を引くがマスティヴァイスは離さない。

 炎に包まれながらも飛鳥を引き寄せ腹を蹴り上げた。


「ぐぅっ!?」

「ほらほら、さっきまでの威勢はどうしたぁ!?」


 マスティヴァイスが愉快そうに叫ぶ。

 そのまま勢いよく投げ飛ばされ、飛鳥は散らばっている本やティーセットを巻き込みながら床を転がった。


「飛鳥くん!!」

「黙って見てろよ女神ぃ……! 英雄が死ぬところをなぁ!」


 三度マスティヴァイスの手元で光が瞬く。

 放たれた光弾が地面を抉りながら飛鳥へ向かっていくが、間一髪のところでレーギャルンが集まり弾き飛ばした。

 その後ろから、体を引きずるように飛鳥が立ち上がる。


「怖くないのか? お前」

「何……?」


 馬鹿にするように尋ねるマスティヴァイスに、飛鳥は聞き返した。


「神界とやらの話はメテルニムス様から聞かせてもらった。死んだ者を使い回すとは、魔族でもそこまでは中々……まずは自分たちの世界から見直した方がいいんじゃあないかぁ?」


 下卑た笑い声をあげながらマスティヴァイスが語る。


「…………」

「おまけに、生前戦士や軍人を生業にしていた者かと思えば、全く戦いを知らない素人まで英雄にされるそうじゃないか。お前はどっちだ? ん?」

「俺は……」


 少し考える素振りを見せた後、飛鳥は目を伏せた。


「怖ぇよ……」


 ボソリと、誰にも聞こえぬよう呟く。


「ん? 何か言ったかぁ? そんな声じゃ──」


「怖ぇって言ったんだよッ!!!」


「は?」


 飛鳥の言葉に、マスティヴァイスはポカンと口を開けた。


「怖いに決まってるだろ!! こっちはほんの数ヶ月前までただのリーマンだったんだぞ!? 人を殴ったことだってほとんどないし! ガラの悪い連中とつるんだことだってない! なのにいきなり英雄になれとか意味分かんないだろ! 本当ならステラと同じで引きこもってたいよ!!」


 早口で叫び、先ほどまで頭に乗っていた本を蹴飛ばす。

 その姿にアルベルトやヘレンはもちろん、自分たちを目の敵にしているアルベルトの父親まで「えぇ〜〜〜……」と困惑した様子を見せた。


「くそっ!」


 吐き捨て、もう一度、近くに転がっていたお茶の缶を蹴り飛ばす。

 マスティヴァイスは口を抑え、プルプルと震えていたが──


「ハハハ……ハハハハハハハハ!! 冗談だろ?! お前もしかして素人の方なのか?! メテルニムス様を相手に?!」


 目をかっぴらき、盛大に吹き出した。


「おいおい神界ってのはそんなに人不足なのかぁ?! あぁ、メテルニムス様が英雄どもを殺したからか! 可哀想になぁ。この世界じゃなきゃ、生き残れたかも知れないのになぁ」


 言葉とは裏腹に、マスティヴァイスの口角は吊り上がったままだ。

 飛鳥が吐露した恐怖が面白くて仕方ないのだろう。しかし──、


「痛ッ!?」


 レーギャルンの一枚が熱線を撃ち出し、マスティヴァイスの頬に傷をつけた。

 頬を垂れる血を拭い、飛鳥を睨みつける。


「何だお前、怖いんだろ? なのにまだやる気か?」

「当たり前だ」


 即答した飛鳥に、マスティヴァイスは気に食わないといった表情を浮かべた。


「何故そこまで戦おうとする。ここで諦めれば、飼い人として命だけは繋げたものを」

「何故? そんなの決まってるだろ」


 飛鳥は服についた埃を払い、アーニャへ近付いていく。


「アーニャの笑顔が見たいからだ」


 そしてアーニャの目の前に立ち、まっすぐそう言った。


「女神の笑顔ぉ?」

「あぁそうだ。俺はアーニャの笑顔が大好きだ。ずっと笑っていてほしい。だから……」


 そうだった。願いは、最初から決まっていた。


「アーニャが俺をどう思おうと構わない。世界を救うことでアーニャが笑ってくれるなら、俺はどんな力だろうと迷わず使う。アーニャが笑ってくれるなら、誰が相手だろうと俺は戦い抜く。それが、俺が本当にやりたいことだ」

「飛鳥、くん……」

「……。……いや、まぁ、それに加えて……す、好きになってもらえたら、それが一番だけど……」


 そう付け加えた飛鳥に、アルベルトが「締まらないなぁ」と笑う。

 アルベルトの言葉に、飛鳥は恥ずかしそうに頬をかいた。


「と、いう訳でだ」


 レーギャルンが集まり、飛鳥を守るように等間隔に並ぶ。


「続きを始めようか、マスティ──」


 その時、頭に鈍い痛みが走り、飛鳥は膝を折った。


「あだぁっ!? な、何……?」


 振り向くと、そこには鞘に収まった剣を構え俯くアーニャの姿が。

 それを見て彼女に殴られたのだと気がついた。


「飛鳥くん……」

「ア、アーニャ……?」


 アーニャの顔色を窺うように覗き込むが──


「飛鳥くんのバカ!!」

「へっ!? ご、ごめんなさい!?」


 怒鳴られ、思わず謝ってしまった。


「飛鳥くん、酷いよ……。いつも一人で全部背負いこんで、一人で戦って、死にそうな目に遭っても……戦い続けて……」

「アーニャ……」

「それが、私に笑ってほしいからって何!? 飛鳥くんが傷ついてるのに笑える訳ないよ! イストロス行きだって勝手に決めて! またそんなよく分からない力手に入れて! いっつもそう! ……私だって、飛鳥くんに笑っててほしい。たくさん可愛いって言って……あ! ここに来てから可愛いも妻とも言ってくれてないよね!? 『救世の旅』は英雄と女神が一緒にやるものだって分かってる!? 私パートナーなんだよ!? 今はその……ただの人間だけど……」


 悲しそうにしたり、かと思えば怒ってみたり……でも、そこにいるのは、自分が一目惚れした、宇宙一可愛い女神様で。

 新しい一面に触れられたのが、凄く嬉しくて。


「ごめん。もう留守番させないって言ったのに、忘れてた」

「あ! それ! そうだよそれも!」


 そう言ってアーニャは頬を膨らませるが、そんな姿も可愛くて。

 だから自分は、戦うと決めたんだ。


 そこへ乾いた拍手が響いた。


「はいはい、くっだらない小芝居は終わったかい? せっかく調子が出てきたところだったのに、興醒めだよ全く」


 心底不機嫌そうにマスティヴァイスが二人を睨みつける。


「行こう、アーニャ」

「うん」


 アーニャが抜くと同時に、レーギャルンが二枚剣に貼り付き炎を発した。

 驚き「ひゃっ!?」と声をあげるが、飛鳥と目が合うと照れたように微笑む。

 飛鳥も構えるが──、


「あぁ、そうだ」


 思い出したかのように目線を上げ告げる。


「ニーラペルシも聞いてるよな? 俺が戦ってきたのは、メテルニムスの魂のせいじゃない。今までの全てが、俺の意思だ」


 すると、飛鳥の心を反映するかのように、レーギャルンが巨大で煌々と輝く翼を構成していく。


「さぁ、第二ラウンド開始だ」


 そして、二人は再びマスティヴァイスと対峙した。

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