第四十六話 堕天の徒
堕天の徒──アルベルトが発した単語に、アーニャとヘレンは表情を固くし、すぐに防御術式を展開した。
そしてアルベルトに続き走り出すが──
マスティヴァイスの手元が一瞬光を放ったかと思うと、再び衝撃波が四人を薙いだ。
三重に張った防御術式もあっさりと破られ、
「聞いてたよりも厄介だな全く!」
アルベルトが額に汗を浮かべ叫ぶ。
その様子にマスティヴァイスは笑い声をあげた。
やはり天使のイメージからは程遠い下卑た声が響く。
「私を堕天の徒と知りながら逃げる? ハハハハハハ!! よくそんな選択肢が浮かぶものだ! その頭の悪さが堪らんな!」
「失礼な! 僕は天才だ!」
変なところに噛みつくアルベルトのローブを、ヘレンが泣きそうな顔で引っ張った。
「そ、そんなこと、い、言ってる場合じゃ……!」
「これが黙っていられるかい!? 僕を馬鹿にしていいのは僕だけだ!」
この窮地でそんなやり取りをしている二人の前にアーニャが飛び出す。
そして剣先をマスティヴァイスに向け叫んだ。
「光よ! 集え!」
アーニャの声に応え、剣身に光が集まり巨大な刃を作り上げていく。
「これなら!」
と、マスティヴァイスの体を貫いたが──
「なっ……!?」
光の剣が腹を裂いているというのに、痛みを感じていないのかマスティヴァイスの表情は変わらない。
その光景に飛鳥は目を見張った。
「やっぱり……ダメなの……!?」
悔しそうにアーニャが歯を食いしばる。
「アーニャ! やつの力は一体!?」
飛鳥の問いに、アーニャは最初俯き黙っていたが……、
「あの人……堕天の徒は……」
「おっとそこまでだ」
苦しそうに話し出すアーニャの前にアルベルトが立ち塞がった。
「アルベルトさん!? 下がっていてください!」
「いやいや、解説はより正確に、事実のみを語らねば意味がない。この場で僕以外に適任がいるかい? それに……やつに聞きたいこともある」
「聞きたいこと……?」
その言葉にアーニャが訝しむ。
アルベルトはマスティヴァイスを睨みつけると、こう尋ねた。
「君がそちらについたということは、僕ら人間はもう不要ということかな?」
「それは、どういう……?」
飛鳥はアルベルトの意図が分からず困惑した様子を見せる。
だが、アーニャとヘレンの顔が真っ青になっているのを見て眉をひそめた。
「堕天の徒というのは、一言で言えばこの世界の防御装置だ」
アルベルトはマスティヴァイスから視線を外さずに説明を始めた。
「この世界──イストロスの存続を脅かす存在が現れた時、もしくは自身に害を為す存在だとイストロスが判断した場合に、それを排除する為に生み堕とされるのが堕天の徒だ。それが今魔族の側についている。この意味が分かるかな?」
講義で教員が生徒を指すような感じで、アルベルトが飛鳥の方を向く。
「つまり……イストロスにとって不要なのは、人間の方……!?」
言いながら飛鳥は顔を強張らせた。
そんな……! イストロスは人間じゃなくメテルニムスたちを選んだと言うのか!?
それじゃあ、僕たちはどうしたら……。
アーニャもヘレンもそれに気づいたからこそ、絶望し何も言わなかったのだろう。
しかし返ってきたのはマスティヴァイスの笑い声だけであった。
「それなんだがねぇ……私自身、何故生まれたのか分からないんだよ」
「何……!?」
アルベルトが再びマスティヴァイスを睨みつける。
その表情には、明らかに動揺が見られた。
「私はイストロスから何の命も存在理由も与えられていない。だから……」
マスティヴァイスの笑みが深くなる。
「楽しそうな方につくことにした。意思を統一されている魔族より、お前たち人間の方が反応が面白いからねぇ」
「うっわ! 最低だな君は! ……しかし何故そんな堕天の徒が生まれたんだ? 言い伝えが間違っているのか、それともやつだけが特殊事例なのか……。いや、イストロス自身に何か変化があったとも考えられるな……」
腕を組み、ブツブツと呟くアルベルトであったが……、
「アルベルト! お前一体何をしたんだ!? そいつらは何者だ!?」
マスティヴァイスの後ろに隠れていた太った男がアルベルトを怒鳴りつけた。
その男へアルベルトは軽蔑にも似た冷たい視線を向ける。
「あの人は……?」
思わずアーニャが口にすると、代わりにヘレンが応えた。
「あ、あの方が……こ、ここの所長で……せ、先輩の、お父さん……です」
「えっ? あれが?」
飛鳥とアーニャはノルデンショルド親子を交互に見比べ
「た、確かに似ているような……」
「似ていない!!」
呟くと、しっかり耳に入ったらしくアルベルトが怒鳴った。
「アルベルト! 四大様に逆らうなど何を考えているんだ!? ノルデンショルドの名に泥を塗る気か!?」
「それはこちらの台詞ですよ、父さん。魔族の顔色を窺いながら過ごす人生の何が面白いんですか? そんなだから、モルダウに見捨てられるんですよ」
「黙れ! 政府まで批判する気か! マスティヴァイス様! やつは……アルベルトは女神信仰のせいで少しおかしくなっているだけなんです! 決して反逆者では──」
「うるさいよ、お前」
「へっ……?」
跪くアルベルトの父を、マスティヴァイスは汚いものでも見るかのように見つめた。
「人が楽しんでる時に横槍を入れるなって言ってるんだよ。死にたいのか?」
そう聞かれ、アルベルトの父は真っ青なまま首を思いっきり振る。
「まぁ、気持ちは分からなくもないがね。そこにいる女神によってメテルニムス様が倒された後、アルデアルは酷い目にあったもんねぇ」
愉快そうに笑いながら、マスティヴァイスはアーニャを指差した。
「お、お前が……あの時の女神だと……!?」
アルベルトの父は立ち上がると、忌々しげにアーニャを睨みつけ
「お前たちがメテルニムス様を倒したせいで、私たちアルデアル人がどれだけ惨めな思いをしたか知っているのか!? ヴァラヒアの分割統治にも参加させてもらえず、魔族に協力したと非難を浴び続けた私たちの気持ちが分かるか!?」
そう捲し立てた。
アーニャの表情が曇る。
「そ、そんな……。私たちはただ、人間を、守りたくて……」
「黙れ! 私たちにとってはお前など邪神だ!」
「ち、違っ……私は……」
飛鳥は崩れ落ちそうになるアーニャの体を支え、ゆっくりと座らせた。
「いい加減にしろよ……!」
今にも爆発しそうな感情を無理やり抑え込み、呻くように吐き出す。
すると、飛鳥の右腕が真っ黒に変色し、体から炎が噴き上がった。
それにアルベルトとヘレンが目を見張る。
「魔術!? 何故君が……!?」
「行くぞ、レーギャルン」
飛鳥がそう告げると、袋を破りレーギャルンが飛鳥の周囲をゆっくりと回り始めた。
その時──、
『壊せ──』
再びあの声が頭の中に響く。
「あぁ」
『望め、全てを壊せ。其の力は神さえも──』
「黙っていろ」
『む……!?』
初めて、声が動揺を見せる。
「何を壊し、何を守るかは俺が決める」
声が笑う。とてもとても楽しそうに笑う。
「俺たちは今度こそメテルニムスを完全に消滅させる」
飛鳥はマスティヴァイスを見据え手を翳した。
「それを邪魔するなら、マスティヴァイス。まずはお前から倒すだけだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます