第四十三話 学術都市サラジュ
ペルラとの戦いから二日後、飛鳥とアーニャはアルデアル西部の街サラジュを訪れていた。
この街で飛鳥に付与された能力を調べる為だ。
「サラジュはイストロスでも一、二位を争う学術都市なの。世界中から学者や研究者が集められてるから、飛鳥くんの魔術適性やレーギャルンのことも分かるかも。アルデアルは魔族に従属してる国だからあまり目立った行動はできないけど……」
「それじゃあ、調べてもらう人は選ばないとね」
「うん……」
辺りを見渡しながら進む飛鳥に対し、アーニャはどこか浮かない顔をしている。
昨日のことを思い出し、俯きながら歩き出した。
自分でも、正直思ってもみないことだったが……。
アルデアルは前回──ステラと組んだ時はあまり歩くことのなかった国だ。
ここサラジュも、旅の中で魔術に興味を持ったステラが行ってみたいとせがんでいたが、救世を使命とする神と英雄に観光旅行など許される筈もなく。
行ってみたい場所とか食べてみたいものとか、自分にもあったが心を鬼にし、拗ねて引きこもりモードに入ったステラを連れ、泣く泣く神界へ戻ったというわけだ。
そんなアルデアルで最初に訪れた村で問題が起きてしまった。
この国に限った話ではなく、イストロスには宿がほとんど存在しない。
それは何故か。
人間に移動の自由が認められていないからだ。
魔族が飼い人を連れ旅行することはあるが、そういった場合それぞれの町や村の長が寝床から食事、果ては金品まで用意するのが当たり前になっている。
前回は来てすぐに魔族に抵抗する勢力と知り合えたから良かったが、本来人間だけで旅をするなど即通報からの裁判無しで死刑に処されても文句が言えない世界なのだ。
当然、昨日訪れた村でも歓迎されることはなく、関わりたくないと逃げられるか、怪しいと怒鳴られるかのどちらかだったが……。
私のこと、妻って言ってくれなかった。
疑いの眼差ししか向けてこない村人たちに対して、ティルナヴィア同様飛鳥は必死に言い訳をしてくれたが、最後まで夫婦とは名乗ってくれなかった。
たったそれだけのことなのに、とてつもなく寂しくて。
自分がどれだけ彼を傷つけてしまったか改めて思い知らされ、胸が張り裂けそうになってしまって。
どうしたらまた可愛いと言ってもらえるのか、どうしたら、また微笑んでもらえるのか。
こんな状況なのに、そんなことばかり考えてしまう。
私は、何て嫌な女なんだろう。
飛鳥くんの気持ちに気付けなかったくせに、自分のことばかり考えて。
「飛鳥……くん……」
先を行く飛鳥の背中が遠くに感じられ、思わず泣きそうになってしまった。
するとそこへ──、
「だ、誰か! そ、その人たちを捕まえて、ください! ど、泥棒です!」
女性の悲鳴が聞こえてきた。
振り返ると、見るからにガラの悪そうな男が二人、皮製の袋を持ち向かってくる。
「どけどけぇ! どかねぇと怪我じゃすまねぇぞ!」
片方がナイフを手に怒鳴るが見過ごすわけにはいかない。
アーニャは剣を抜いた。だが──、
「開け、レーギャルン」
アーニャの真横をレーギャルンが駆け抜け顔を叩きつけると、たった一撃で男たちは呻き声をあげ倒れ伏してしまった。
それを確認し、飛鳥が皮の袋を拾い上げる。
そしてやって来た女性に、
「あの、これ……」
と差し出した。
袋を受け取り女性が頭を下げる。
「あ、ありがとう、ございます……。こ、これ……今月のお給料、全額だったので……」
コミュニケーションが苦手なのか、その女性は目線を泳がせオドオドしながら礼を述べた。
頭のてっぺんから毛先にかけて黄緑色と黄色のグラデーションが綺麗なボブヘアをしているが、残念ながら寝癖が一束。
見た目に頓着がないのか、白いローブもサイズが合っておらず袖を折って身につけていた。
「あ……す、すみません。た、助けていただいたのに、名乗りもせず……。ヘレン・ヤンソンといいます……。えと……その……」
「こちらこそすみません。私はアーニャといいます。それでその、彼は……」
「皇飛鳥です。僕たち、訳あって旅をしていまして」
また、妻って言ってくれなかった……。
目を伏せるアーニャだったが、ヘレンの顔が段々と真っ青通り越して土気色になっていくのを見て眉を寄せる。
「と、ということは……ま、魔族のお、おおおお連れ様でい、いらっしゃる感じでございますか……?!」
ヘレンは口調までおかしくなり、飛鳥とアーニャは慌てて否定した。
「い、いえ! 私たちは二人で旅をしてるんです!」
「へ…………? に、人間だけで……た、旅……?」
「その、色々ありまして……」
飛鳥が返事に困っていると、魔族と一緒でないことは伝わったのか、ヘレンは再び頭を下げた。
「そ、それなら……よ、良かったら、お礼を……させてください……。私の家、ち、近くなので」
「いいんですか? じゃあお言葉に甘えて」
ヘレンに従い歩き出したアーニャだったが、
「アーニャ、この人も学者なら……」
飛鳥に耳打ちされ、ハッと口に手を当てる。
「うん。この人なら大丈夫そうだね」
そう言って微笑んだ。
「あ、飛鳥さんの、魔術適性ですか……?」
お茶を飲みながらヘレンが首を傾げる。
「はい。他にも調べてもらいたいものがありまして……どうでしょうか?」
先ほどの魔族への怯えようといい、すぐに通報されたりはないようだ。
すると、学者の血が騒ぐのかヘレンの顔がパッと明るくなる。
その反応に飛鳥もアーニャも安心したように笑うが。
「ん〜〜〜……」
次の瞬間には、ヘレンは考え込むように天井を見上げ、頭の中でどんなストーリーが展開されたのだろうか、最後にはベソをかき始めた。
「だ、大丈夫ですか……?」
その様子に困惑し、アーニャが恐る恐る声をかける。
「あ……す、すみません……。研究所の人たちに見つかったら……どうしようと思いまして……」
「そうですよね……。無理を言ってすみません」
飛鳥が謝るが、ヘレンはブンブンと大きく首を振った。
「い、いえ……! 研究者たる者……お、怒られるぐらい……。……そ、その時は一緒に謝って……いただけると……」
「もちろんです。ありがとうございます」
「きょ、今日はうちに……泊まってください。明日の早朝に、研究所に行きましょう……」
渡りに船とはこのことだ。
ヘレンの提案に、二人は改めて礼を述べた。
それにしても──と飛鳥は部屋を見渡す。
ヘレンは狭くてすみませんなんて言っていたがとんでもない。
アーニャと一部屋ずつ使ってもまだ余るぐらい、ヘレンの家は広く置かれている家具も中々に立派なものであった。
お金持ちのお嬢様なのかななどと考えながら眺めていると、ヘレンが不思議そうに声をかけてきた。
「ど、どうかしましたか……?」
「いえ、凄く広くて綺麗な家だなと思いまして」
飛鳥の返答にヘレンの顔が曇る。
「ア、アルデアルは……魔族に、従ってますから……。他国に比べて、良くしてもらってるんです……。い、以前……モルダウと魔王軍でせ、戦争が起きた時も……わ、私たちは魔術の知識や、ぶ、武器を提供していたので……」
人間と魔族の戦争──アーニャとステラが来た時のことだろう。
しかし、ヘレンが責任を感じることではない。
この世界は元々魔族に支配されていて。
彼女一人の意思ではどうにもならなかった筈だ。
「ご、ごめんなさい……。変な話をして……」
「そんなことありませんよ。早く人間が自由に暮らせるようになるといいですね」
飛鳥の言葉に、ヘレンはしばらくポカンと口を開けていたが……。
「あ、飛鳥さんは……お、面白い方ですね……」
そう言って、嬉しそうに笑みを浮かべた。
そして、次の日の早朝──。
まだ薄暗い中を、三人はなるべく音を立てないよう気をつけながら路地を走っていた。
「こ、こっちです……」
ヘレンを先頭にしばらく進んだところで、真っ白い壁の大きな建物が目に飛び込んできた。
「凄い……これが……」
感心したように建物を見つめている二人へ、ヘレンは手招きし、
「あ、あそこが入り口です……。み、見つからないよう一気に……行きましょう……」
と、扉を指差した。
飛鳥たちが頷き、一気に扉の前まで走り抜ける。
ヘレンが扉の取っ手を握るが……。
「あ、あれ……? 開かない……」
動かない取っ手に慌て始めた。そこへ──、
「いやぁ、たまには宿直も引き受けてみるものだ。真面目だけが取り柄のヘレン君が不審者を招き入れる場面に出くわすとはねぇ」
低く、どこか楽しげな男の声が響いた。
その声にヘレンは固まり、どんどん青ざめていく。口をパクパクと動かし、まるで陸に打ち上げられた魚のようだ。
思わず身構える飛鳥とアーニャであったが。
「ノ、ノノノノノルデンショルド……先輩……!?」
震えながら振り向くヘレンに、ノルデンショルドと呼ばれた男は笑みを浮かべ、
「さて、何から聞かせてもらおうかな? 侵入者諸君」
そう述べた。
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