第四十二話 魔族会議
ヴァラヒア──そこは、魔王メテルニムスが直接治める魔族の国。
ここに住む人間は、魔族に目をつけられ連れてこられた飼い人だけだ。
目が覚めてから眠るまで一切の自由はなく、言葉も主人である魔族が許した時にしか発することのできない、イストロスという世界を象徴するかのような国。
そんな国の南端、ヴラシエの森の最奥に、飛鳥たちの最終目的地──即ち魔王メテルニムスの居城は存在している。
そして今、魔王城の一室で円卓を囲み座る影が五つ。
メテルニムスとその配下、四大悪魔である。
四大たちはメテルニムスの言葉を待っていたが、突如メテルニムスの顔が忌々しげに歪む。
「…………ペルラが死んだ」
呻くようなメテルニムスの言葉に、四大たちが動揺を見せた。
「メテルニムス様、それは……」
最初に口を開いたのは、赤黒い肌をした鬼のような男であった。
頭部には真っ赤な髪とともに、両側に巻き角が一本ずつ、そして正面には髪から覗くように三本、計五本の角が生えている。
インドの民族衣装であるクルタとドーティに似た服を身に纏ったその男へメテルニムスは視線を移した。
「私の判断ミスだ。アニヤメリアと皇飛鳥にペルラを倒す力はないと読み違えた私の罪だ。しかし、やつらはどうやってあれだけの軍勢を……」
「ご自分を責めないでください。あなた様がいる限り、ペルラは再び復活いたします」
「そういう問題ではない、ラークラール。力を取り戻した高揚感で私は状況判断を誤った。そこが問題なのだ」
メテルニムスの言葉に、ラークラールと呼ばれた男が黙り込む。
「いずれにせよ、やつらには私たちに対抗できるだけの力があるということね。それで、やつらは今どこに?」
そう聞いたのは、胸元とスリットが大きく開いた黒いドレスを着ている女──キスキル・ナハトだ。
足元まで伸びた明るいブラウンヘアに垂れた眉と瞳。
一見大人しそうに見えるが、その瞳には寒気がするほどの殺気を宿している。
「アルデアルだ。恐らく前回同様、モルダウへ渡り反乱軍と合流しようとするだろう。あの場所からなら……一番近いのはサラジュか」
「あら、あの辺りは貴方の領内よね? マスティヴァイス?」
キスキル・ナハトに声を掛けられたマスティヴァイスは少し面倒くさそうに肩をすくめた。
「確かにそうだけど、もう少しヘルマンシュタットへ近付けば君の領地だ。そっちで何とかしてくれないか?」
聖職者が着るようなデザインの真っ白いローブを身につけたマスティヴァイスは、金色の長い髪をかき上げながらそう応えた。
その出で立ちも仕草も、他の面々とは異なり違和感さえ感じさせる。
それに対し、納得いかないといった様子でラークラールが睨みつけた。
「貴様……! 自身の領内で魔族が殺されたのだぞ? 四大として責任を感じぬのか?」
殺気が部屋を満たしていく。
しかしマスティヴァイスは意に介していない様子だ。
何も応えず、今度は爪を弄り始めた。
「マスティヴァイスッ!!」
「まぁまぁ落ち着いてラークラール。彼は堕天の徒。私たちとは根本の在り方が、ねぇ?」
激昂するラークラールをキスキル・ナハトが宥めるが……、
「そういうこと。私は君たちと違って死んだら終わり、メテルニムス様がいようがいまいが復活できないんだ。彼らがどんな力を持っているか分からないのに戦えなんて、仲間に対してよく言えたものだ」
「都合のいい時だけ仲間面をするなッ!!」
マスティヴァイスの言葉に、ラークラールが再び吼える。だが──、
「いい加減にしろ!! お前たち!!」
メテルニムスが怒鳴り声をあげ、拳を円卓に叩きつけた。
三人はそれぞれ違う表情を浮かべるが、一様に口をつぐむ。
「この世界は再び神界からの侵略を受けている。そのような時に何だお前たちは。私たちがやるべきことはただ一つ。アニヤメリアと皇飛鳥を倒すことだ」
「も、申し訳ございません……」
ラークラールが慌てて頭を垂れる。
メテルニムスは「ふんっ」と鼻を鳴らすと、マスティヴァイスの方を向き、
「マスティヴァイス、サラジュにてやつらを迎撃せよ。だがお前の言う通り、私でもお前を復活させることはできん。故に最後まで戦えとは言わん。キスキル・ナハトに繋げられるようやつらの力を見定めよ」
そう命じた。
「そういうことでしたら」
と、マスティヴァイスは立ち上がり頭を下げる。
「よいか、確かに私たちは以前よりも力を増した。だが慢心も油断も許さぬ。どうであれ、私たちが一度神界に敗れたのは事実だ。今度こそ、私たちの世界を守り通すのだ」
メテルニムスの言葉に四大全員が頷く。
その様子をメテルニムスは満足げに見つめていたが……、
「ところでメテルニムス様? 肉体が復元するまで後どれくらいかかるかしら?」
キスキル・ナハトにそう尋ねられると、少し考え込み、
「思いの外早く復元できそうだ。後百年といったところか」
と答えた。
ラークラールが「おぉ」と感嘆の声をあげる。
「だが英雄、ステラの肉体も中々居心地がよい。英雄の力も何かと便利だ」
「そう、ですか」
キスキル・ナハトはどこか歯切れが悪い。
しかしメテルニムスは気づいていないようだ。
「では以上だ。領地へ戻り戦いに備えよ」
メテルニムスが閉会を告げると、四大たちは城を後にした。
「キスキル・ナハト。先ほどの問いはどういった意図があってのものだ?」
城外へ出てすぐにラークラールが口を開く。
キスキル・ナハトは言うべきかしばらく考え込んでいたが、
「メテルニムス様がステラ・アンシャールの肉体を使っているのに抵抗がある、私にはそういう風に聞こえたが違うかな?」
マスティヴァイスに図星をつかれ、溜め息をついた。
「これは異なことを。英雄の力を吸収されたからこそ、俺たちもこうしてより強くなって復活できたのだぞ?」
「そうそう。それにステラ・アンシャールは君好みな見た目だと思うけど?」
ラークラールとマスティヴァイスの言葉にキスキル・ナハトはげんなりとした表情を浮かべる。
「あのねぇ、前回私たちや他の魔族を殺し回った女の顔がずっと近くにあるのよ? メテルニムス様と分かっていても複雑というか……。貴方たちは何とも思わないのかしら?」
「「別に」」
同時にそう返され、キスキル・ナハトは心底呆れた様子で天を仰いだ。
「これだから男は……。まぁいいわ、精々死なないように頑張りなさい。マスティヴァイス」
「言われなくともそのつもりさ」
そして、マスティヴァイスが翼を広げるのを皮切りに、それぞれが自身の領地へと帰っていったのだった。
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