第四十一話 災禍の匣
それはあっという間の出来事であった──。
飛鳥が投げ飛ばした物体は炎を纏ったかと思うと、ボーンナイトの頭蓋を竹でも割るかのように真っ二つに切り裂いた。
それでもボーンナイトたちは足を止めない。
意思を持たないということは死を恐れないということだ。
通常であればそれだけでも十分な脅威だろう。
だが、今の飛鳥にそんなことは関係ない。
一対の物体は更に弧を描き次々とボーンナイトたちの体を切り裂いていく。
運良くそれを逃れた者たちも、残りの六枚から放たれた熱線に灼かれ灰になってしまった。
その只中で──、
「…………は?」
「あれは、一体……?」
互いのことも忘れ唖然とするペルラとアーニャの視線の先で、飛鳥はその光景をただ眺めていた。
呪文を唱えるでもなく、操作するような仕草を見せるでもなく、崩れ落ちていくボーンナイトたちを前に佇んでいた。
つい先ほどまで穏やかだった草原はその顔色を変え、ボーンナイトの残骸で埋め尽くされている。
紫色の空に炎が映るが、コントラストなんて綺麗なものじゃない。
それはまるで世界の終わりを見せられているような、心が締め付けられる景色であった。
「あんた……その力は何なの!? こんなのあり得ないんだけど!?」
いち早く動いたのはペルラだ。
しかし飛鳥はペルラのことなど見ていない。
飛鳥は自分たちが降りてきた空を見つめ、
「九つ目は、まだ開けられないか……」
ポツリと呟いた。
そこへペルラが迫る。
「無視すんなし!」
「飛鳥くん! 危ない!」
弾丸のようなペルラの拳だったが、八枚の物体が飛鳥を守るように重なり合い弾き返す。
「いった〜〜〜!」
すると今度は四枚ずつが結合し、飛鳥の背中に一対の翼を作り上げた。
そこでようやく飛鳥がペルラへと視線を移す。
「お前さぁ……調子に乗んなし!!」
先ほどよりも鋭い拳を放つペルラであったが──、
「わ、私の腕! 腕がぁ!!」
次の瞬間には右腕を押さえ、地面に倒れ込んだ。
肘から切り飛ばされたペルラの腕は一瞬で灰となり、傷口も焼け焦げ血の一滴も垂れてこない。
ペルラの悲鳴が木霊する。
「お前たちは選択を間違えた」
「へ…………?」
「メテルニムスが俺たちに言った言葉だ。そのまま返させてもらう」
飛鳥の翼が溶岩のように燃え上がるのを目の当たりにし、ペルラは必死に足をバタつかせ後退った。
「ちょっ! ちょっと待って! さっき言ったの謝るから!」
だが飛鳥は何も応えない。
その表情には怒りも哀れみもなく、あくまで落ち着いたもので。
そうすることが当たり前であるかのように、飛鳥は手の平を翳した。
「開け、レーギャルン」
巨大化していく翼の熱で周囲に風が巻き起こる。
「お、お願い! やめて! そ、そうだ! 私があんたの下僕になったげる! いっぱいいいことしたげるから! いつでも好きな時に私の体使っていいから! ねっ? もうやめよ?」
「…………」
「まず何してほしい?! ご、ご主人様って呼ぶし! 絶対裏切ったりしないし! だ、だから──」
しかし翼の先が自身に向けられ、ペルラは大粒の涙をボロボロ零し泣き叫んだ。
「や、やだ……! やめて……やめてよ!! せっかく復活できたのに! 前より強くなったのに! 嫌……やだぁ!!」
何とか逃げようとペルラが翼を広げるが、ジュッと音がしたかと思うと辺りにプラスチックの焼けたような臭いが漂い始めた。
再びペルラの悲鳴が響くがそれも数瞬のこと。
ペルラが倒れていた場所には、黒い灰が積もっていた。
その光景と僅かに残る臭いに、アーニャは思わず鼻と口を覆う。
そうしていると、飛鳥の翼を構成していたレーギャルンの結合が解かれ、金属音を響かせながら地面へ落ちていった。
「飛鳥……くん……」
アーニャは様子を窺うようにその場から動かず飛鳥に声を掛ける。
「アーニャ、怪我は──」
アーニャの声に飛鳥が振り向くが……、
「──ッ!」
突然顔を歪め、その場に膝を折った。
「飛鳥くん!? 大丈夫!?」
駆け寄り肩に手を掛けるが、飛鳥は震えながらアーニャの手を握るとそっと外す。そして──、
「アーニャ、ごめん……。僕は……」
呟き、泣くまいとするかのように唇を噛み締めた。
その表情が酷く悲しく、傷ついたように見えて。
「ど、どうしたの!? どこか怪我をしたなら私に任せて! この世界でも回復用の魔術が使えるから!」
再び手を伸ばすが、飛鳥は首を振る。
「僕は……アーニャを、守りたかっただけなんだ……」
「え……?」
「君を怖がらせるつもりなんてなかった……。ごめん……。本当に、ごめん……」
それにようやく、自分が今どんな顔をしているのか気がついた。
「飛鳥くん、それは……」
だが、その先の言葉に詰まってしまい拳を握りしめる。
もうこれ以上、飛鳥くんに嘘や隠し事はしたくない。
「飛鳥くんは……怖く、ないの……?」
その問いに飛鳥が肩を震わせる。
あぁ、そうだ──。
「その武器、レーギャルンって……どうして分かったの? 『神ま』も
「それは……」
私は、恐れてしまった。
初めて、心の底から、飛鳥くんを怖いと思ってしまった。
今の彼には『魔王の因子』はない。
迷いなく戦えること自体おかしい。いや、それよりも。
こんな残忍なことを、平気でできる人じゃない。
一緒に旅をして、分かったつもりになっていた。
決して諦めない強さを持っていて、皆を救おうとする優しさがあって。
こんな私を、愛してくれた。
でも、今は──。
「私は、これ以上飛鳥くんに嘘をつきたくない……」
飛鳥が小さく頷く。
「飛鳥くんは、簡単に命を奪えるような人じゃない。私はそう信じてる。もしかして、まだ『魔王の因子』が……」
「声が、したんだ……」
「声……?」
「その声が、あの武器がレーギャルンだと教えてくれた……。そして分かったんだ……これが、僕のやりたいことだって……」
アーニャは震えながら、ゆっくりと首を振った。
「そんな……! あんなの、飛鳥くんの望みじゃ……」
しかし、飛鳥は何も応えない。
そんな二人の気持ちに反して、空は到着した時と同じ澄み渡る青色を取り戻していた。
「とりあえず、ここを離れよう……? 人を、探さないと……」
「うん……」
アーニャが手を差し出すが、飛鳥が握り返すことはなかった。
フラフラと立ち上がると、無言のまま草原を歩き始めた。
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