第四十話 鍵

 こちらを見つめ、ニマニマと笑みを浮かべるペルラに対し、アーニャは腰に下げたロングソードを抜いた。


「貴女は……!」

「久しぶりじゃんアニヤっち〜! また会えるなんて泣いちゃうかも! 嘘泣きだけど☆」


 言葉遣いや態度はおちゃらけているが、ペルラの放つ殺気は本物だ。

 だがアーニャは……、


「どなたでしたっけ……?!」


 剣を構え、真剣な表情のままそう聞いた。

 その問いにペルラの眉が思いっきり吊り上がる。


「はぁ!? そういうやり取りいらないんだけど!? え? マジで覚えてない系女子なのアニヤっち?」

「す、すみません……」


 こちらが謝る必要はこれっぽっちもないのだが、ペルラの勢いに負けアーニャは素直に謝罪を口にした。

 それに、何かを期待していたのかペルラはがっくりと肩を落とす。


「じゃー改めて! 私はサキュバスのペルラ! ま、前にあんたらが来た時に……負けた、って言うか……。と、とにかく今回は負けないし! パワーアップした私の力に平伏すといいし☆」


 ペルラが目元でVサインを作るが、アーニャはまだ思い出そうと唸っていた。そして──、


「あ! 貴女は私たちが初めて訪れた町でステラちゃんに一撃で倒された夢魔! 確かに倒した筈なのに……!」


 と、驚愕の表情を浮かべる。

 アーニャの言葉に、ペルラは今度こそ泣きそうな顔で


「そんな全部説明しなくていいんだけど!? 魔王様が復活したんだから私たちが復活するのも当然っしょ!」


 そう叫んだ。


「じゃあ……四大悪魔も……!?」


 サッと青ざめるアーニャに、ペルラが愉快そうに笑う。

 さっきから随分と表情がコロコロ変わるやつだ。

 飛鳥がそんなことを考えていると、ペルラの顔が邪悪な笑みに染まる。


「あ〜そうだけど、そっちは気にしなくていいよ! あんたらはここで終わりだから! 骨ども! あの英雄を血祭りにあげちゃえ!」


 ペルラの号令でボーンナイトたちが一斉に飛鳥へ向かって走り出した。


「えっ!? 僕だけ!? 何で!?」

「あれ? もしかして私に飼ってもらえると思っちゃった? 気持ちいいことしてもらえるとか思っちゃった? 引くわ〜! こっちにも選ぶ権利があるって言うか? あんたみたいなヒョロガリで童貞くさいやつとかないっしょ!」


 狼狽える飛鳥に、ペルラが高らかに笑う。


 合ってるけど、面と向かって言われるとムカつくな!


 しかし、未だこの状況を打破する術は見つかっていない。

 メテルニムスがいなくなったとはいえ、ボーンナイトの数はおよそ百。

 対してこちらの武器はアーニャの剣のみだ。

 すると、アーニャが飛鳥の前に立ち、


「光よ!」


 手にした剣を振り抜いた。

 剣身から放たれた光が渦を巻きボーンナイトたちへ襲いかかる。

 その一撃で、先頭にいた十数体があっさりと消滅してしまった。


「す、凄い……!」


 唸る飛鳥を背に、アーニャは心の中で拳を握る。


 やっぱり私の能力は前と同じものだ。これなら戦える! でも……。


 アーニャは一瞬だけ飛鳥へ視線を移した。


 『魔王の因子』が奪われた今、飛鳥くんは戦えない。

 早く彼女を倒して、安全な場所へ連れていかないと!


 再び剣を振り被るが、


「はーいそこまで! アニヤっちには借りを返さないとだし? 顔はいいから死ぬまで私が可愛がったげるし!」


 翼を広げペルラが向かってくる。

 ペルラの拳を受け止め、アーニャは目を見張った。


「くっ……!? この力は……!?」


 アーニャの表情に、ペルラが口の端を吊り上げる。


「さっきも言ったっしょ! 魔王様も四大様も、あんたらが知ってる私たちじゃないってこと!」

「そんな……!」


 ここまで強くなってるなんて……!

 でも、負ける訳にはいかない。飛鳥くんと一緒にティルナヴィアに帰るって約束したんだから!


 アーニャは力を振り絞りペルラの拳を弾いた。

 そこへ飛鳥の悲鳴が響く。


「飛鳥くん! ここは私に任せて逃げて!」

「んなことさせないし!」


 ペルラは目にも留まらぬ速さで空中を駆けると、再び拳を放った。


「そこをどいて!」

「どく訳ないっしょ!」




 一方──、


「うおおおおお!? 危なっ!?」


 ボーンナイトの剣が飛鳥の肩を掠め地面に突き刺さる。

 それを抜くのにモタついているのを見て、飛鳥はボーンナイトへ体当たりした。

 どうやら力も速さもそこまで高い訳ではないようだ。

 そのまま剣を奪い持ち上げるが──、


 重っ!? 剣ってこんなに重いものだっけ!?


 だがそんなことを考えている暇はない。

 新たに向かってきた数体に対して、飛鳥は遠心力を利用し剣を投げ飛ばした。

 ボーンナイトの足に当たり、二体ほどが倒れ込むがそれだけ。

 残りは倒れる仲間など気にせず距離を詰めてくる。


「くそっ!」


 走りながら思考を巡らせるが、思うように走れないし早速息が切れてきた。

 やはり剣は扱えないし、更に言えばこの体の重さと体力の無さ。

 つまり今の自分は剣士でもなければ武闘家としての能力もない。でも他に武器らしいものも与えられていないから戦士でもなさそうだ。

 ということは、アーニャが言っていたように魔術士になるのだろうか。

 しかしいくら考えても詠唱の一つも浮かんでこない。


「何かないのかよ!」


 吐き捨て、腰に下げられた袋に手を入れ探ってみるが──、


「痛っ!?」


 指先に鋭い痛みを感じ、思わず手を引き抜いた。

 見ると指先がパックリと割れ血が滴っている。

 今度は慎重に袋の中に手を入れ、感触を確かめながら中身を取り出してみると……。


「……何だこれ?」


 出てきたのは、大きさが異なる四対──計八枚の金属でできたひし形の物体であった。

 表面は金色に輝き、真ん中には同じくひし形でオレンジ色の宝石が嵌め込まれている。

 とても武器には見えないそれらに思わず、


「おい! ニーラペルシ! 聞いてるだろ!? 出てこい!」


 と叫んだ。すると、


「何ですか? ニーラペルシチャンスですか?」


 ホログラムのように半透明なニーラペルシが姿を現した。


「これはどういうことだ! 俺に付与される能力は剣術だろ!? 何で剣の一本もないんだ!」


 噛み付かんばかりに怒鳴る飛鳥に、ニーラペルシは何を言ってるんだお前はとでも言いたげに眉をひそめた。


「何のことでしょうか?」

「お前の話が本当なら俺は剣士じゃなきゃおかしいだろ! 何だよこれは! そもそも武器なのかこれ!?」


 ひし形の物体を突き付けると、ニーラペルシはようやく理解したのか、


「あぁ、そういうことですか。嘘は言っていませんよ、私は有能な神ですから」


 そう口にした。


「いや、でもこれ……」

?」

「え? そ、それは……」

「貴方の早とちりです。では私はこれで。今回は初回なので見逃しますが、今度呼んだらニーラペルシチャンスとして扱いますからそのつもりで」

「あ、ちょっと──」


 一方的にそう告げると、ニーラペルシは姿を消してしまった。


「…………」


 ニーラペルシの言葉に飛鳥はしばらく固まっていたが、ボーンナイトが迫っているのを見つけると再び走り出した。

 自分に与えられる能力は剣術じゃない。

 なら、これがイストロスでの武器ということになる。

 でも、こんなものどうやって──。


 その時だった。


『開け──』

「ッ!?」


 頭の中に、地鳴りのように低く不明瞭な声が響く。


『鍵を開けろ。全てを破壊しろ──』

「何だ……これは……!?」

『受け入れろ。それがお前の望みだ──』


 脳内に浮かび上がる映像に、飛鳥は狼狽した。

 精霊眼アニマ・アウラとは異なる、だが直接情報が書き込まれる感覚に立ち止まる。


「待ってくれ……。開けろって言われても、鍵なんてどこにも……」


 誤魔化すことはできない。

 情報は既に脳に深く刻み込まれている。

 それでも否定してしまった。否定したくなってしまった。


 あれが、あんなものが、自分の力だと言うのか?

 アーニャの隣にいたいと言いながら、あんな力を望んでいるのか?


『何を言っている。鍵は──』


 声が笑う。

 飛鳥の全てを見透かしたかのように、そして、それを肯定するように笑い続けている。

 その笑い声に、何かを振り切るように頭を振る。

 違う。アーニャの隣にいたいから、自分は望んだんだ。

 飛鳥は思いっきり歯を食いしばった後、大きく息を吐いた。


「あぁ、そうだな。鍵は──」


 そしてボーンナイトたちへ振り向き、八枚あるひし形の物体の内二枚を投げ飛ばす。

 一直線に飛んでいくそれを見つめ、飛鳥は獰猛な笑みを浮かべるとこう告げた。


『お前自身だ──』

「俺自身だ」

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