第三十九話 復活②
ステラの名を口にし呆然としているアーニャの隣で、飛鳥は逃げようと全身に力を込めた。
あれがステラ・アンシャール──魔王メテルニムスか!
何故やつは僕らの出現ポイントが分かったんだ……!?
いや、それよりもこの状況はまずい、恐らく今までで一番まずい。
こっちはまだ自分たちのことも分かってないんだぞ! それに──、
飛鳥は震える己の腕を掴む。
この感覚は超常的な力によるものじゃない。
もっと単純な──威圧感だ。僕もアーニャも、今の状態ではやつには勝てない。
何としてでも逃げないと……!
「どう……して……!?」
「ん?」
「どうして、私たちの居場所を……」
「自分たちの命よりもそんなことを考えていたのか」
アーニャの疑問を聞いても、メテルニムスの表情は変わらない。
恐ろしく冷たい光を宿したまま、その瞳を飛鳥に向けた。
「この世界は全て私のものだ。一度ならまだしも、二度も神界からの侵入に気付かないと思ったか? それに貴様、新しい英雄よ。我が魂の欠片は今、貴様の中にあるようだな」
「まさか……それを辿って……!」
狼狽えるアーニャに、メテルニムスが初めて笑みを浮かべる。
「お前たちは選択を間違えた。私の力は既に上位の英雄たちを凌駕している。そこへ下位神と英雄一人送り込んだところでどうなるか、子どもでも分かることだと思うが?」
「──ッ!」
メテルニムスの言葉に、アーニャは悔しそうに拳を握りしめた。だが──、
「いやいや、お前が倒した英雄とか雑魚だから」
と飛鳥が笑う。
「飛鳥、くん……?」
「あんな連中を倒したぐらいで調子に乗ってるのか? 魔王ってのも、案外大したことないんだな」
「ちょっ……飛鳥くん!? 何を言って──」
「……お前の方が、やつらよりも強いと?」
「当たり前だろ」
どいつもこいつもアーニャを馬鹿にしやがって……!
今日はこれぐらいで勘弁しといてやるけど次に会った時は絶対にぶっ潰すからな!
……こんな初っ端に使うつもりはなかったけど、ニーラペルシを囮にして逃げないと──。
「ニーラ──」
「そんな格好では説得力に欠けるが、まぁいい。今日は貴様たちを殺しに来た訳ではない」
「何……?」
訝しむ飛鳥から視線を外し、メテルニムスは遠く空を睨みつけた。
「私はこの女、ステラ・アンシャールの中から神界の様子を見ていた。そこに映っていたのは、酷く傲慢で醜い神々と英雄どもの姿だった。それぞれの世界にはそれぞれの摂理というものがある。誰も彼もそれを無視し、好き勝手に暴れ、挙句これが救済だとのたまっていたよ。私たちからすれば貴様らのやっていることは救済ではない、侵略だ」
「ふざけないで! それじゃあ……人間が奴隷のように扱われるのが摂理だと言うんですか!?」
メテルニムスの言葉に、アーニャが思わず声をあげる。
「あぁ、その通りだ」
「そんなの間違ってる……! 誰にだって自由に生きる権利があるんだぞ!?」
飛鳥も怒りを露わにするが、そんな飛鳥へメテルニムスは憐れむような目を向けた。
「貴様も英雄なら、どこか別の世界で生まれ育ったのだろう? 貴様がいた世界の人間は自由に生きているのか?」
「当たり前だ! それが人間だろう!」
それにメテルニムスが心底愉快そうに笑う。
体を折り、込み上げてくる感情を抑えるかのように手で口を覆った。
「それは貴様の世界の摂理だ。私の世界とは違う。自分こそが絶対の正義だと思っている連中ほど哀れで面倒なものはないな」
尚も笑みを漏らすメテルニムスに、飛鳥とアーニャは歯を食いしばる。
やつの言うことは間違っている。そんな摂理があってたまるか。
しかし、今の自分たちにそれを覆せるだけの力はない。
「さて──」
メテルニムスは大きく息をつくと、飛鳥の方へゆっくりと歩き出した。
「名を聞いておこうか、新たな英雄よ」
「……皇飛鳥だ」
「飛鳥か、良い名だな。では飛鳥よ、私の魂を返してもらおうか」
「ッ!!」
今度こそ腕に思いっきり力を込め地面を殴りつける。
ここで『魔王の因子』を奪われる訳にはいかない。
だが──、
「本当に哀れな生き物だな。人間というやつは」
その細腕からは想像もできないほどの力で掴み上げられ、飛鳥は呻き声を漏らした。
何とか逃れようと腕を掴み返すがビクともしない。
「は、な……せ……!」
「安心しろ、殺しはしない」
すると、飛鳥の体から黒い霧のようなものが立ち昇り、メテルニムスへと吸収されてしまった。
「おぉ……!」
メテルニムスが興奮した様子を見せる。
そして、既に興味をなくしたのか飛鳥を放り投げた。
「ぐっ!?」
「遂に……全てを取り戻したぞ!!」
空を仰ぎ、メテルニムスが耳をつんざくような雄叫びをあげる。
その体からドス黒い魔力が噴き出し、飛鳥とアーニャは地面を転がった。
「そん、な……」
最悪だ。考え得る中で一番最悪なパターンになってしまった。
ニーラペルシを呼ぶべく飛鳥が拳を握る。
しかし、メテルニムスの口から出た言葉は意外すぎるものであった。
「そう怯えるな。私の魂を連れてきた褒美をやろう」
「褒美だと……?」
「そうだ。何を望む? 人間どもの管理をするでも私専属の飼い人になるでも自由に選ぶがよい」
「ふざけるな!! 言った筈だ、俺たちはお前を倒してこの世界を救う!! お前に従う気なんてない!!」
飛鳥が怒鳴り声をあげると、メテルニムスはつまらなそうに目を細めた。
「そうか、残念だ」
メテルニムスが発した魔力が徐々に集まっていき、やがて真っ黒な壁を作り上げた。
そこからガシャリ……ガシャリ……と不規則な金属音が響く。
「あれは……!」
現れたのは、多数のボーンナイトと黒い翼を持つ褐色肌の女であった。
ボーンナイトの方は意思がないのか、皆一様に剣を構えその場に佇んでいたが……、
「あ! 魔王様ちぃーっす!」
黒い翼の女は辺りを見回した後、メテルニムスを見つけると明るく手を振った。
「ペルラ、新しい飼い人を欲しがっていたな?」
「えっ!? くれんの!? マジで!?」
「あぁ、忌まわしき神界の連中だ。まずはこの世界の摂理を教えてやりなさい」
「かしこまりぃ!」
ペルラと呼ばれたその女が大はしゃぎで敬礼すると、メテルニムスは壁の中へと消えていった。
それを見送り、ペルラは「うーん」と伸びをすると、
「そんじゃー始めよっか! ……救済者気取りのバカ神ども」
飛鳥たちを見つめ、舌舐めずりをした。
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