第三十八話 復活
前回と同じ真っ暗な空間の中で、妙な浮遊感を感じながら、飛鳥はイストロスの大地が見えてくるのを静かに待っていた。
ティルナヴィアの時は大騒ぎしてしまったが、二回目ともなれば慣れたもの。
それよりも考えなければいけないのは、到着してからのことだ。
活動拠点を見つけることももちろんだが、最大の問題は自分とアーニャの能力についてだ。
今の自分たちには『神ま』も
どこかの軍事施設とか研究所とか、能力の確認ができ、尚且つ自分たちに協力してくれる人と場所を速やかに探さなければならない。
「あの、飛鳥くん……」
そこへアーニャが声を掛ける。
「ん、なぁに?」
いつもの調子で振り返ると、そこには顔を真っ赤にしたアーニャがいて。
あまりの可愛らしさに、先ほどまでの思考は吹っ飛び、飛鳥は時が止まったかのように固まってしまった。
「あ、えぇと、その……」
何を言えばいいか分からず手をバタつかせていると、アーニャは飛鳥を見つめ口を開いた。
「今回のこと、ありがとう」
「え……?」
この時、自分はどんな顔をしていただろう。
アーニャの口から出た言葉が、予想から最もかけ離れたものだったからだ。
彼女の意思も聞かず、自分の言いたいことだけ言って、イストロスの救済も勝手に決めて。
最悪非難されても仕方ないと思っていた。なのに、アーニャは……。
「『神ま』が読めないのをずっと黙っていたのに……嫌わないでくれて、ありがとう。私のことを助けてくれて、本当にありがとう」
アーニャはゆっくりと、しかしハッキリとそう述べた。
「私、今度こそイストロスとステラちゃんを救えるように頑張るから……。これからも、よろしくお願いします」
と、アーニャが頭を下げる。
「アーニャ……。うん、イストロスを救って一緒にティルナヴィアに戻ろう」
飛鳥が微笑むと、アーニャも嬉しそうに笑う。
やっぱりアーニャは強い人だ。
こんな状況でも自分の使命を大切にしていて、一緒に笑ってくれて。
あぁ、そうか。だから僕は、こんなにもアーニャのことを……。
すると、二人の服が光を放ち始めた。
やましいことは何もないのだが、思わずアーニャから目を逸らす。
「あれ? これって……」
意外そうな声をあげるアーニャの方へ振り向くと、白金のプレートアーマーに赤いラインの入った黒い膝上のスカート、そして真っ白いマントを身につけ、手に持った剣をマジマジと見つめていた。
その様子に飛鳥は不思議そうな表情を浮かべる。
「どうかした?」
「うん、この装備……前と同じものなの」
「前と? じゃあアーニャの装備や能力はステラと組んだ時と同じものってこと?」
「確実とは言えないけど、そうだと思う」
それを聞き、少しだけだが安堵した。
勝手が分かるのであれば、神格がなくても幾分戦いやすい筈だ。
問題は自分の装備と能力だが……。
光が形を帯びていくのを、飛鳥はジッと見つめていた。
そして現れたのは……、
「……ん? あれ?」
白い上着に白金の胸当て、黒いズボンと茶色のブーツ。普段なら絶対身につけないカラーである鮮やかな青いマント。
更に腰には皮でできた袋がぶら下がっていた。
「…………これだけ?」
「飛鳥くん? どうしたの?」
確かめるように腰回りを触るが、これ以上変化はないようだ。
「な、何で? 剣は?」
「え? 多分だけど……飛鳥くんには魔術士か武闘家の能力が付与されたんじゃないかな……?」
先ほどとは反対に、慌てふためく飛鳥をアーニャは不思議そうに見つめている。
「ま、魔術? 武闘家?」
そんな筈はない。
ニーラペルシの話が本当なら、自分の戦闘スタイルは剣術でなければおかしい。
「騙されたか……?」
口に手を当て独り言ちる。
視線を彷徨わせていると、アーニャが飛鳥の肩に手を触れた。
「飛鳥くん、大丈夫? どこか悪いんじゃ……」
心底心配そうなその顔に、飛鳥は思いっきり首を振り、
「ううん、大丈夫。ちょっと考え事しちゃって……。ありがとう」
と、無理やり笑顔を作る。
「それならいいけど……。あ、イストロスが見えてきたね」
アーニャが指差す先に目を移すと、緑の大地が目に飛び込んできた。
飛鳥がアーニャの手を握りしめる。
「いよいよだね」
「うん……!」
真っ暗な空間を抜け、地面へと降り立った飛鳥は、目の前に広がる光景に呆然としてしまった。
「これが、イストロス……」
どこまでも広がる自然豊かな大地に、柔らかな日差し。
時折吹く風は優しく頬を撫で、まるで春の行楽地を思わせるような景色であった。
これが救世の旅でなければアーニャと一緒に弁当を作ってピクニックでもしたいくらいだ。
キョトンとしている飛鳥に、アーニャが微笑みかける。
「意外だった?」
「う、うん……。魔族が支配してるって聞いたから、もっとおどろおどろしい世界かと……」
「魔族が害を及ぼすのは人間だけなの。動物や自然には必要以上に手を加えないみたい」
それって地球の人間より余程まともじゃないだろうか。
「でも……人間のことは奴隷のように扱って、平気で命も奪って……。前回の旅でも、私がもっと早く魔王を倒していれば……」
前言撤回だ。今度こそメテルニムスを完全に倒して、人間を救わないと……。
決意を新たにする飛鳥であったが、困ったことが一つ。
三百六十度見渡してみても、目に映るのは草原や森、山ばかりで町はおろか家も人も見当たらない。
日光の角度から見てすぐに夜が来る訳ではなさそうだが、できる限り早く行動を開始しなければ。
「アーニャ、ここがどの辺りか分かる?」
と聞いてみるが、アーニャは首を振る。
「ごめんなさい……。前来た時にはこんな場所通らなくて……。『神ま』さえあれば──」
「よーし! それじゃあさっそく町を探そうか! 町まで行けば地図も売ってるだろうし! ねっ?」
段々表情が沈んでいくアーニャを見て、飛鳥は努めて明るく振る舞った。
アーニャは何も悪くない。自分だけは、何があってもそう伝え続けると決めたんだ。
アーニャもそんな飛鳥の気持ちに気付いたのか、泣きそうなくらい顔をくしゃくしゃにして笑う。
「うん! そうだね! ……ありがとう、飛鳥くん」
二人が微笑み合い、一歩踏み出した、その瞬間であった。
見えない『何か』に押し潰され、地面に倒れ伏す。
「なっ……!? これは、一体……!?」
「魔力じゃ、ない……!? 何なの、これ……!?」
心臓を鷲掴みにされるような嫌な感覚に、飛鳥は胸を押さえた。
そんな飛鳥の脳裏に、ある記憶が蘇る。
自分はこの感覚を知っている。
フラナングの館、ハマールの集落、そして、プリムラの庭園──。
ならばこれはエレメントや魔力の類ではない。
「まずい……! 早くここを離れないと……!」
体を起こそうと地面に手をつくが力が入らない。
それだけで、近付いてくる存在がいかに強大なものか思い知らされた。
「飛鳥くん、空が……!」
アーニャの言葉に視線を移すと、先ほどまで雲一つなかった青空が禍々しい紫色に変化していた。
その光景に二人は息を呑む。そこへ──、
「また貴様か、女神アニヤメリア」
気の強そうな、少し高い女性の声が響いた。
その声に、アーニャが目を見開く。
「貴女、は……」
二人の視線の先には、琥珀色の長い髪をもち、全身に真っ黒い鎧を纏った女性が一人、立っていた。
その女性は酷く冷たい瞳でこちらを見つめている。
アーニャの反応を見ただけで、彼女が何者なのか理解してしまった。
それと同時に、絶望が心を侵食していく。
アーニャは顔を真っ青にし、震える声で彼女の名を口にした。
「ステラ……ちゃん……」
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