第七話 浅略
店の前で待つこと数十分、エミリアが戻ってきた。
先ほどまでの緊張感はどこへやら、友人との待ち合わせにでも来たかのように手を振って見せる。おまけに何が嬉しいのかニヤニヤと笑みまで浮かべている始末だ。
飛鳥は敢えて冷たい目を向けた。
「何が面白い?」
「え〜? だってアーニャったら心配そうな顔で何度も何度も飛鳥くんをお願いします! って言うんだもん♪ 愛されてるね〜♪」
そう言って飛鳥の脇腹をつつく。
中学生くらいの見た目もあってか、ふと学生時代を思い出した。
今思えばくだらないやり取りだ。やれ誰が好きだの、誰々が告白しただの、周りが騒ぎ立てるせいで当人たちが気まずくなり、下手をすれば進展しないまま別れを迎えてしまう。
かく言う僕もそんな思春期イベントの犠牲者だ。生きていた頃の唯一あったかも知れない可能性。あの時変な意地を張らず行動していれば……。
などと、今更考えても仕方ないことを考えてしまい首を振る。
ちなみに、人生にはモテ期と呼ばれるものが三回あるらしい。一回目が中学生の頃だとするならば、二回目は……今しかない、と思いたい。アーニャと結ばれることができるなら三回目などいらない。いらないのだが……。
「あれあれ〜? 嬉しくないの〜?」
エミリアがからかうように顔を覗き込んできた。
こういう話題への反応はどこの世界でも同じなのだろうか。
「そういうわけじゃない……」
だが飛鳥の瞳は冷たいままだ。溜息を吐くと、エミリアの手を払い除けた。
嬉しくない訳がない。でも……アーニャが心配してくれるのは、僕が『救世の英雄』だからで……。この世界を救うには僕の存在が必要不可欠だから心配しているだけだ。異性として見られている訳じゃない……。
でも、だからこそ……。
「……それ以上にならないとな」
「え? 何か言った?」
「何でもない。それより仕事の内容は? 今更だが、犯罪の手伝いをする気はないぞ」
それが癪に障ったのか、エミリアはムッと頰を膨らませた。
「そんな訳ないでしょ! 私は国を守る軍人だよ? 手伝ってほしいのはね、不穏分子の捕獲なの」
「不穏分子?」
「そっ、国民全員が戦争に賛成してる訳じゃないからね。まぁ言葉で批判するだけならいくらでもどうぞって感じだけど。実力行使で市民に被害が出たら最悪でしょ? で、事が起こる前にアジトに乗り込んで捕獲しろって命令が出たって訳。OK?」
「あぁ……」
仕事内容自体は何も問題ない。生前もニュースで戦争反対のデモ活動は何回も見たことがある。もし過激化するようなら政府が鎮圧を宣言し、軍や警察が実行する。その点はこの世界も変わりないらしい。
だが、エミリアの話には引っかかる部分がある。
「おい。それなら何故お前一人なんだ? 相手の規模は知らないが部隊で動くべきだろう」
「ん〜それはそうなんだけど……」
どうにも歯切れが悪い。エミリア自身納得していないのか、腕を組み口を尖らせた。
「この街にも軍が駐留しているだろ? そこから人を貸してもらおう」
「あ、それはダメ。ま〜アレだよ。この天才美人精霊槍士のエミリアちゃんなら一人で十分みたいな? 私ってばデキる女だからね♪」
そう言うとニッと笑って見せる。コロコロ表情が変わるやつだ。
「それに政府側の事情もあるしね〜」
「そうか。なら俺の助けはいらないな。ホテルの場所を教えてくれ」
「はぁ!? 飛鳥ってアーニャ以外全員にそういう態度なの? 裏表がある男って最低〜」
「俺に裏表はない。アーニャ以外に興味がないだけだ」
「はいはいそうですねーごちそうさまでしたー」
とは言ったものの、そもそもこの世界に来てからまだほとんど人と接していない。生前は……言われてみれば自分から進んで交友を広げようとはしなかった。裏表を使い分けるほど積極的にコミュニケーションを取っていなかったというのが正しいだろう。
「とにかく、ここまで話したしホテルも手配したんだから最後まで手伝ってもらうからね」
飛鳥の返事を待たず、エミリアは歩き出した。
◆
それから歩くこと一時間──
二人は街外れへとやってきた。手入れされていない古びた屋敷が建ち並んでいる。とうに街の喧騒からは離れ、辺りに人の気配はない。
「ここは旧市街地なの。もう誰も住んでないから再開発計画もあるらしいんだけど、戦時中だからね〜」
「ふぅん。テロリストが潜むには絶好の場所だな」
「テロリ……? とりあえずついて来て」
エミリアに促され、屋敷の間の路地を進む。石畳はところどころ捲れ、壁が崩れ落ちている屋敷もある。
その中をエミリアは音を立てないよう慎重に進んでいった。一応見つからないよう気を付けているらしい。
しばらく歩き路地の出口が見えると、エミリアはしゃがむよう手で合図した。
それに従い、指差された方へ目をやると男が二人。ある屋敷の門の前でうろうろしている。
「分かりやすくてありがたいことだな」
「だよね〜。ここが潜伏先ですよーって言ってるようなものだよ」
「……ところで」
「なぁに?」
「こっちは俺とお前の二人だけだが……裏口から逃げられたらどうするつもりだ? そもそも相手は何人いる? それと、首謀者の人相は?」
矢継ぎ早な質問にエミリアは鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せた。どうやら何も考えていないようだ。
それをじっと見つめていると、段々と泣きそうな表情へ変わっていった。
「何で来るまでに言ってくれなかったの!?」
「大声を出すな。そこまで考えなしだとは思わないだろ。で、どうするんだ?」
「えーと……えーっとね〜……」
『頭を抱える』という表現があるが、ここまで見事に当てはまる光景も珍しい。
エミリアは目を丸くし、手をバタバタさせている。
飛鳥は呆れた表情を浮かべると立ち上がった。
「飛鳥……?」
エミリアが様子を窺うように顔を上げる。
「俺に考えがある。行くぞ」
そう言うと飛鳥は路地から出て行ってしまった。
「えっ、ちょっと……」
「何だお前は!」
門の前の男たちが身構える。
飛鳥が足を止め右手に力を込めると、手の中に小さな雷球が現れた。
「お、お前精霊使いか!」
男たちの表情が焦りに歪む。しかしそれを無視し、飛鳥はエミリアの方を向くと口を開いた。
声は聞こえないが、その口は「裏へ回れ」と告げている。
エミリアは頷くと路地から飛び出した。
瞬間だった──
「ぎゃあああああああああああああああああああ!?」
大きな爆発音と男たちの悲鳴。門は跡形もなく消し飛び、立ち昇る煙と火炎の中に飛鳥が佇んでいる。
「何やってんだお前はああああああああああああああああああ!!」
エミリアは急ブレーキを掛けると飛鳥へ詰め寄った。
「何をしている。裏へ回れと言ったのが聞こえなかったのか?」
「それはこっちの台詞だよ!! これじゃ一発で気付かれちゃうでしょ!? てか死んでないよね? 死人はまずいからね本当!?」
それに飛鳥は不服そうな表情を浮かべる。
「そんなこと言わなかったじゃないか」
「普通はそうするの!! 死んじゃったら聴取もできないし、政府が噛んでるって言ったでしょ!? うわーもう私も一緒に行くよ!! 飛鳥だけじゃ色々心配だよ!!」
「心配するな。首謀者が見張りなんてする筈がない。あの二人がどうなろうと問題はない」
「悪魔かお前は!? アーニャはこんなやつのどこが良いんだろう……」
「……とにかく行くぞ。早くしないと逃げられてしまう」
「そうなったら飛鳥のせいだからね!!」
エミリアは槍を持つと走り出した。飛鳥もレーヴァテインを手に後を追う。それと同時に、今更ながらこんなことを考えていた。
もしかして、ロスドンでの戦闘でアーニャを怯えさせてしまっただろうか──と。
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