第八話 虎の威を借る

「おい! 今の爆発は何だ!?」


 邸内にいる男の一人が叫ぶ。しかし、他の面々は緊張した表情で押し黙ったままだ。そこへ下っ端らしき男が一人飛び込んできた。


「ブルーノさん大変だ! 精霊使いが乗り込んできた!」

「何!? 憲兵か!?」

「いや、そうは見えないんだけど……とにかく二人ともめちゃくちゃ強くて! 外の連中はほとんど倒されちまった!」


 その言葉に今度こそ不安が広がり、男たちは口々に「逃げよう!」と大声をあげる。

 しかしブルーノと呼ばれた男が机に拳を叩きつけると皆静まり返った。


「おい、相手は二人って言ったか?」

 と、報告に来た男を睨みつける。


「え? は、はい。黒ずくめの優男と冒険者風のチビな女の二人です……」


 ブルーノは呆れたように頭を振ると、傍にあった銃を手に取った。


「たった二人になんてザマだ馬鹿どもが! てめぇらもだ! 俺たちはこれから国を相手にすんだぞ? これぐらいで一々ビビってんじゃねぇよ!」


 その言葉で、男たちはまだ恐怖に満ちた表情を浮かべてはいるが、武器を手に取る。

 どうやらこのブルーノが首謀者のようだ。


「そ、そうだな! 相手はたった二人だ! やってやろうぜ!」

「あぁ!」



 だがそこへ爆発音が響いたかと思うと壁が弾け飛んだ。


「…………へ?」


 煙の中から現れたのはエミリアであった。


「威勢が良くて結構結構♪ でもそこまでだよ。国家転覆の予備及び陰謀罪で逮捕しまーす。やっちゃったね〜結構罰重いよ?」

「…………」


 しかし男たちからは反応がない。警戒はしているのだが、同時に訝しむようにエミリアを見つめている。


「ん? もしかして抵抗する気失せちゃった? しょうがないか〜この天才美人──」

「何だ、ただのガキじゃねぇか」

「あ?」


 一人がそう言うと、他の男たちも笑い出した。先ほどまでの緊張感もすっかり解けている。


「…………」


 エミリアが俯いていると、一番近くにいた男が近付いてきた。


「お嬢ちゃん。ここは危ないから早くお家に帰んな。それとも俺たちと遊んでくれんのかい?」

 と、下卑た笑いを浮かべる。


「おいおいお前ロリコンかよ。そんなチビじゃ楽しめねぇよ」

「チビ…………」


 エミリアが拳を握りしめた。

 ブルーノだけは緊張を崩していない。


「おいお前ら、他に男がいる筈だ。そいつを探してこい」

 と椅子に腰を下ろした。


 それに従い、数人が部屋を出ようとしたその時だった──。



「私は今年で二十三だああああああああああああああああああああああああ!!!」



 エミリアの体から炎が噴き上がった。そして持っている槍の表面が、まるで殻を破るかのように砕け散る。

 そこから現れたのは、血のような真紅の槍であった。


「え? へ? は? え?」


 突然のことに男たちの目が点になる。


「シグルドリーヴァ、限定解除パージ……」


 エミリアは呟くと槍を軽く振ってみせた。それだけで巨大な炎の渦が現れ、男たちを薙ぎ払い壁を穿った。


「うわあああああああああ!?」

「熱つつつつつつ!? や、やめてくれえええ!」


 男たちが悲痛な叫びを上げるがエミリアは止まらない。


「誰が貧乳微少女精霊使いだあああああああああああああああああああああああ!!!」

「そこまで言ってねぇだろ!? おい! 逃げろ!」


 男たちは裏口を目指し走り出した。しかし──、


「斬り裂け! 雷光刃サンダー・エッジ!」


 戸を突き破り、雷のナイフが男たちを襲う。


「こ、今度は何だぁ!?」


 穴だらけになった戸がゆっくりと開く。そこから飛鳥が現れた。真っ赤な魔眼がギラギラと輝いている。


「ぎゃー!? 化け物ー!?」


 自分を化け物扱いした男を殴り飛ばすと、エミリアの方を向いた。


「おい。死人はダメなんじゃなかったのか? 何人か死んでるだろ、これ」

「首謀者だけ捕まえられればいいの!!」

「言ってることが違うじゃないか……」


 飛鳥は溜息を吐く。

 そんな二人の前に、一際体の大きな男たちが立ち塞がった。見た目は自分たちと同じだが違う部分が二つ。狼の耳と尻尾が付いている。


「獣人か……」


 アーニャから聞いた話だとこの世界、ティルナヴィアには大きく分けて二つの種族が存在している。


 人間と獣人──。


 人間はそのまま、俺やエミリアと同じだ。

 対して獣人は人間よりも優れた肉体と強度、純度が高いエレメントを有している。

 精霊術は元々人間と獣人の戦力差を埋める為に人間側が開発したものだそうだ。

 しかも獣人は変化の段階を自らコントロールできるらしい。耳と尻尾だけ出すのも、全身を獣化させることも思うがままだ。


 そして、この種族差がロマノー帝国とスヴェリエ王国との戦争の原因となっている。


 帝国は人間と獣人が共存している国だ。完全能力主義社会を掲げ、種族、出自に関係なく能力がある者であれば成功を収められる。

 対して王国は人間至上主義、つまり獣人は迫害の対象とされている。

 この戦争も王国人が獣人の子供を殺害したことで始まったそうだ。


 やはりどの世界でも種族や人種の違いは対立の原因になるらしい。地球の歴史を見てもそうだ。さしずめここはバルカン半島のようなものかも知れない。


 しかし……、


 飛鳥は立ちはだかる獣人を見つめた。自分より十センチ以上も背の高い、筋骨隆々で肌も焼けた男にフサフサの狼耳と尻尾……。


「俺の趣味じゃないな……」

 と、ボソッと呟く。


「何か言ったか? チビ人間!」


 狼男が丸太のような腕を振り下ろした。金属がぶつかり合う音が響く。


「なっ!?」

「待てよ……獣人の耳と尻尾……」


 飛鳥はレーヴァテインを片手で持ち、狼男の一撃を受け止めた。辛そうな様子もなく、考え込むように下を向く。


 もし……もしもの話だが、アーニャに猫耳と尻尾があったら……。


 少し考え噎せた。


「可愛過ぎる……」


 ダメだ。それはダメだ。破壊力が大き過ぎる。理性を保つ自信がない。アーニャの見た目が人間で良かった……。それでも可愛いけど。


「おいてめぇ! 何をブツブツ言ってやがる!」


 今度は蹴りを放ってきた。目にも止まらぬほどの速度、通常であれば受け止めることはおろか避けることも困難だろう。

 だが飛鳥は恐れることなく、膝へ蹴りを叩き込んだ。鈍い音と感触が伝わってくる。


「があああああ!?」


 そして体勢が崩れたところで、顎をレーヴァテインの腹で殴りつけた。打ち上げ花火のように勢いよく飛び上がり天井に突き刺さる。


「…………は?」


 ブルーノ含め、残りの面々は開いた口が塞がらないといった様子でポカンとしている。すると別方向からもう一つ悲鳴が。


「ぎゃあ!? やめっ水っ! 誰か水をくれ! 消してくれぇ!!」


 エミリアの足元ではもう一人の狼男が火だるまになりのたうち回っていた。


「……おい、さすがにやり過ぎじゃないか?」

「二十三歳天才美人精霊槍士エミリアちゃんを馬鹿にした罪は重いのです」


 エミリアは冷たい目で淡々と答える。


「だからって……ん? 二十三歳!? 十三歳じゃなくてか!?」

「あぁ!? お前も同じ目に遭わせてやろうか!?」

 と、エミリアがギロリと飛鳥を睨んだ。


 こいつ……こっちが素か……。


「まぁいい。で? どれが首謀者だ?」


 男たちの方へ向き直ると、真ん中にいる金髪の男ブルーノが銃を向けた。

 端正な顔立ちだが、天然パーマなのか髪はモジャモジャで遠目からなら獅子の鬣にも見える。


「お、お前ら一体何なんだ!」

「こっちの女は軍人、俺は巻き込まれた憐れな旅行者だ。それより、覚悟はできているんだろうな?」

「か、覚悟?」

「銃を向けたってことは俺を殺すつもりなんだろう? なら、当然俺に殺されることも覚悟してるよな?」


 そう言ってブルーノを睨みつける。それに気圧されたのか、ブルーノは短い悲鳴をあげると銃を下ろした。しかし、

「お、お前ら俺が誰か知らないのか!? 俺はヴェステンベルク家の嫡男だぞ!? 俺に手を出したら死刑だぞ死刑!」

 と叫んだ。


 飛鳥は少し考える素振りを見せた後「知らん」と切り捨てる。エミリアも鼻で笑った。


「残念でした。そのヴェステンベルク公が内密に処理してほしいって国防大臣に泣きついてきちゃったんだよね〜」

「お、お爺様が!? そんな……」


 ブルーノが膝から崩れ落ちる。それが決着の合図となり、他の者も次々と投降の意思を見せ始めた。


「終わったな」

「だね。手伝ってくれてありがと♪ はい、これホテルの場所」


 エミリアは一枚の紙を差し出した。


「後は私がやっとくから飛鳥はもう行っていいよ。あ、帝都でも会ったらよろしくね♪」

 とウインクしてみせる。


 できれば会いたくないが、また怒らせても何だな……。


 飛鳥は頷くとその場を後にした。






   ◆


 エミリアから受け取った紙を頼りにホテルへ向かうと、入り口の前にアーニャの姿が見える。

 飛鳥に気付くと安心したような笑みを浮かべ駆け寄ってきた。


「おかえりなさい! 大丈夫だった? どこか怪我してない? 痛いとこや気持ち悪いところはない?」

 と、飛鳥の体をジッと見つめペタペタと触る。


「だ、大丈夫だよ。ありがとう。それより何でこんなところに? 風邪引いちゃうよ」

「それは……飛鳥くんが心配だったから……。えっと、飛鳥くんは強いからそこは心配してないんだけど、その……」


 その言葉に胸がズキリと痛んだ。


「アーニャ。これ以上冷やすのは良くないから、部屋に戻ろう」

「う、うん……」




 アーニャに連れられ部屋に入ると、大きなベッドが一つ。飛鳥は首を傾げた。


「あれ? 僕の部屋は?」

「え? 部屋はここだけだけど……」

「……え? ベッドは一つだけ?」

「うん……。エミリアちゃんがそうしてほしいって宿の人に……」


 できればもう会いたくないが、もし会ったら斬りつけてやろう。


「じゃ、じゃあ僕は床で寝るよ!」

「ダメだよ! 体痛めるし風邪引いちゃうよ!」

「いや、でも……」


 アーニャと同じベッドで寝るのか? お風呂入って絶対良い匂いがするだろうアーニャと? こんな至近距離で? 万が一触れちゃったらどうすんの? 僕らそういうんじゃないんだけど? 僕の片思いなんだけど? え? 何で?


 顔は真っ赤になり思考が乱れる。何を考えてもよろしくない結論へ辿り着いてしまう。


「私なるべく端で寝るようにするから気にしないで」


 アーニャが笑顔で言うが、そういう問題ではない。と言うか、アーニャに気を遣わせてしまっているのが物凄く辛い。情けなくて泣きそうだ。


「そ、それは悪いよ……」

「でも……飛鳥くん、戦いで疲れてるでしょ?」

「え? 何で戦ってきたって……」

「見たら分かるよ。戻ってきた時の飛鳥くんの目、こーんなだったよ?」


 アーニャは手で目を釣り上げた。


 そ、そんな顔してたのか……。


「あの、アーニャ。話があるんだけど、いい……?」

「もちろん。なぁに?」


 アーニャを椅子に座らせ、飛鳥も向かい側に腰を下ろした。


「その……ロスドンでの戦いで、怖がらせちゃったんじゃないかって……ふと思って……」

「え……?」

「アーニャは今までも救世の旅をしてるから戦い慣れてるとは思うんだけど、それでもやり過ぎたかなって……。怖い思いをさせたんだったら、本当にごめん」


 飛鳥は深々と頭を下げた。それにアーニャは首を振る。


「ううん、謝らないで。……確かに、驚いたし、ちょっと怖かったよ」


 アーニャの言葉が棘のように刺さる。彼女の為に戦うと決めたのに、怖がらせてしまったのでは本末転倒だ。


「……でもね」

「え?」

「飛鳥くんの戦い方が怖い訳じゃないの。その……伝えてなかったんだけど、『救世の英雄』に付与されるのは能力と装備だけ。その人本来の精神性や性格は変わらない。飛鳥くんは平和な世界で育ったのに、どうしていきなり戦えるんだろう、精神に異常をきたしたんじゃないかって……それが怖くて……」

「アーニャ……」

「飛鳥くんは戦うの、本当に怖くないの? 変に責任を感じさせたのなら、ごめんなさい」


 アーニャは今にも泣きそうな顔をしている。


 ──本当に僕は大馬鹿者だ。アーニャに好かれることばかり考えて、その癖英雄として必要とされているだけなんて決め付けて。

 アーニャは、僕が英雄だから心配してくれてる訳じゃない。アーニャは誰に対しても、生命自体を愛しているんだと思う。そのあり方は理想とされる神のそれだ。なら、今の僕にできることは……。


「戦ってる時は、もちろん怖いよ。でも……それ以上に僕ならできるって気がするんだ。それに……」

「それに?」

「僕はアーニャを助けるって、アーニャの為に戦うって決めたから。だから、これからは何でも話すし、もう留守番なんてさせない。ずっと傍で見ててほしい」

「飛鳥くん……ありがとう」


 アーニャに笑顔が戻る。それがとにかく嬉しくて。飛鳥も思わず微笑んだ。


「ところで、さっき精神がって言ってたけど僕には精神変化みたいな能力はないの?」

「えっ!? あ、うん……。ない、と思う……」

「そっか」


 ちゃんと話ができて安心したのか、急に疲れを感じ瞼が重くなってきた。視界も歪んで見える。

 アーニャはそんな姿を子どもを見守る母親のように微笑んで見つめた。


「今日はもう休もうか。明日はいよいよ帝都に入るし」

「うん……」


 アーニャから着替えを受け取り、浴場へ向かう途中で重大なことを思い出す。


「あ……今からベッドが二つある部屋には……無理だよな……」




 この日、安心し切った様子で眠るアーニャの隣で、飛鳥は一睡もできず夜明けを迎えるのだった──。

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