7 深謀-6-

 救護船が到着すると、辺りはにわかに慌ただしくなる。

 官民に負傷者が出ているため、上下関係なく動ける者が彼らの手当てや移送にあたっている。

 シェイドたちも念のために検査を受けたが、大事には至らなかった。

「ひとまず安心ですね」

 物資の行き来を見ながらイエレドが言った。

 さすがに救護船に全員を収容することはできず、重傷者以外は半壊した避難所に戻っている。

 当面は避難所でも寝泊まりするため、早くも本格的な修繕作業が始まっている。

「はい――」

 ようやく危機が去ったことで、シェイドは何度目かも分からない安堵のため息をつく。

 生まれ育った町の惨状は見るに堪えない。

 一日も早い復興を彼は心から願った。

「今後の方針はいかがなさいますか?」

 シェイドの体調が落ち着いた頃を見計らって、イエレドは耳打ちした。

 状況はすでに伝えてある。

「ウィンタナに向かいます」

 この少年は自分の意思でそう言った。

 これまで周囲に流されて、なかば選択を誘導されてきたシェイドは――。

 どちらかと言えば首都エルドランに戻るよう、周囲にそれとなく勧められたにもかかわらず、それをはねのけた。

 プラトウのような惨状を繰り返してはならない、という想いがそうさせたのだ。

 イエレドは目を閉じた。

 彼がこう言うことは分かっていた。

 ここから離れたウィンタナ地区で武力衝突が起こり、現地の人々が助けを求めていると知れば――。

 この少年は必ずこう答える。

「エルドランへの帰還が遅れますがよろしいですか?」

「はい。困っている人を放っておくことなんてできませんから……」

 イエレドは思った。

 先帝ペルガモンにせめてこの億分の一でもシェイドのような優しさがあれば、民も少しは救われたかもしれない。

 なによりこんな田舎の子どもが、皇帝という重責を負うこともなかったハズだ。

「ご意思を尊重いたします」

 同時に彼はこうも思う。

 シェイドが現れるまでは、そんな悪帝に仕えていたのも事実だ。

 間接的にこの少年を新皇帝に就かせてしまったのは自分たちである、とも――。

「ありがとうございます」

 シェイドはにっこり笑って頭を下げた。

 意思を尊重してくれたことに対する礼らしい。

「いえ……」

 それに気付いたイエレドも知らず微笑していた。

「ただ……我々の力が及ばず、この町の助けになれなかったことが心残りです」

「そんなことないですよ。皆さんのおかげで助かりました」

 シェイドは目を細めた。

 民を苦しめた元凶はもういない。

 今はまだ、内乱の炎の燃え残りが復興を妨げているだけで、いつか必ず平和な世の中が来る。

 彼はそう信じていた。

 じきに近隣からも応援が来ることになっている。

 避難所の修繕をはじめ、プラトウ復興のために作業員をよこしてくれたのだ。

 彼らが到着次第、ウィンタナ地区へ発つ。

 それまでの間、シェイドたちはそれぞれの時間を過ごすことにした。



「……はい、そういう話になっています」

 避難所の奥にある集会用の広間。

 今は食糧置き場になっているここに、たまたまいた男たちにシェイドは言った。

「じゃあオレらは食い物や寝泊まりの場所の心配はいらねえってことか」

 彼らは軽傷だったため、襲撃者を退けたあとは負傷者の手当てや修繕にあたっていた。

「なら安心だ。役人の連中の厄介になる、ってのはまだ慣れねえがな」

 官というのは民をいじめる悪者、というイメージはまだまだ払拭できない。

 シェイドが目指す仁政は国中に行き渡っているとは言い難い。

 実際、一部の地方ではペルガモン政権のやり方が抜けきっていない役人も多い。

「今はみんなで協力する時だと思います。そのために――」

 できることをしたい、と少年は強い口調で言った。

「でも……手伝いに来たハズなのに、僕がいるとかえって邪魔になってしまって……」

「いやいや、帰ってきてくれた、ってだけで嬉しいもんだぜ。坊やはプラトウの英雄だからな!」

 豪快に笑う男の言葉に、シェイドは少しだけ救われた想いがした。

「また行っちまうんだろ? 他の連中にも声かけてやんな」

 勧めを受けて彼は各所を回った。

 途中、従者が二人付き添ったが、住民たちの感情に配慮して遠めから見守る恰好となった。


「寂しくなるねぇ……」

「今度はいつ戻ってくるの?」

「向こうでもがんばれよ!」


 別れを惜しむ声は多かった。

 そのほとんどは物資や国の支援をあてにしたものではなく、シェイドという少年に対する素直な気持ちの表れだった。

「この度の慰問はきわめて意義深いものであったと思います」

 従者がささやく。

 これはシェイドだけに向けた言葉ではない。

 都会生まれ都会育ちの従者たちにとっても、ペルガモン政権から解放された田舎に触れるのは貴重な体験だった。

 この国にはプラトウのような町や村が無数にある。

 惨状を知る、という点では大いに学びになったハズだ。

「そう、ですね――」

 おおかたの挨拶を終えた頃、艦艇の近づく音が聞こえてきた。



 三機の輸送機が避難所の正面に降り立つ。

 応援が到着したのだ。

 同時にシェイドたちの出発の合図でもある。

「ご指示があれば――」

 準備が整った旨を従者が伝えた。

「もう行っちまうんだな」

 見送りに二十人ほどの避難民が集まっている。

 シェイドを中心とした役人が去ることに、不安を覚えている者もいる。

 軍人や役人が留まって、賊に対して睨みを利かせてほしいという声もあった。

 しかし多くは別れを惜しみつつも、出発を笑顔で送り出そうとしていた。

「我々も状況を直接目にすることで、復興の進捗を知ることができました。政府へ積極的な支援を呼びかけるつもりです」

 彼らを安心させるためにイエレドが言った。

 すぐ傍にシェイドがいるのに”政府に呼びかける”というのもおかしな話だが、これは内情を知っているからこそ出た言葉である。

 この少年にはまだ絶対的な影響力がない。

 気まぐれで発した言葉がただちに法となったペルガモンと異なり、彼はそこまで強権的にはなれなかった。

 先帝のやり方が抜けきっておらず、まだシェイドを皇帝と認めていない者が内外に少なからずいる。

 機嫌を損ねても害されないことで、明らかに見くびっている高官もいる。

 彼の慈悲深さが裏目に出た恰好だ。

「僕も……一日も早く元のプラトウに戻るようにがんばります」

 シェイドが言ったとき、避難民をかき分けるようにしてフェルノーラが前に出た。

「……よかった……間に合った……!」

 走ってきたらしい彼女はわずかに呼吸を乱している。

「前は黙って帰ったから今回は見送らないと、と思って」

「大丈夫? 忙しかったんじゃ……?」

 シェイドは心配そうに言った。

「平気よ、少し抜け出すくらい」

 それを横で見ていたライネが、

「そりゃあシェイド君とのお別れだもんな」

 と茶化すように言った。

 フェルノーラはあきれた様子でため息を吐いた。

「あなたと別れるのも寂しいわね」

「え……?」

 思わぬ返しにライネは目をしばたかせると、ばつ悪そうに俯いた。

 フェルノーラがにやりと笑う。

「もちろん冗談よ」

 あっ、と声をあげたライネの顔が赤くなった。

「あの、仲良く……ね……?」

 シェイドが慌てて取り持とうとする。

 が、その必要はなかった。

「でも、あなたが来てくれてよかったわ……その……ありがと……」

 小さな声で言い、フェルノーラはそっと手を差し出す。

「ああ! こっちこそ、サンキュ!」

 その手をライネはしっかりと握った。

(仲直りできた……?)

 シェイドが安堵したとき、横合いから従者が耳打ちした。

 ウィンタナの戦況が悪化しているという。

 反政府を掲げる集団が力を強め、無関係の市民も巻き込まれているらしい。

「――分かりました。急ぎましょう」

 シェイドが振り返ると、ライネたちはまだ何か話していた。

「急いだほうがいい感じ?」

 視線に気づいた彼女は、険しい顔つきに察したようだ。

 彼は強く頷いた。

 数名の従者は避難民と言葉を交わしていた。

 短い時間ではあったが、官民の間に小さな絆が芽生えたようである。

「ではそろそろ出発いたしましょう」

 イエレドがまとめ役となって従者を整列させる。

「それじゃあ……行ってきます!」

 シェイドは深々と頭を下げた。

 ライネたちもそれにならう。

「おう、また来いよ!」

「次に来る時にゃ、もうちっとマシになってるからよ。ちゃんと歓迎するぜ」

 プラトウ訛りの声援がシェイドたちの背中を力強く押す。

 輸送機はゆっくりと浮上し、滞空している艦に吸い込まれていく。

 後部から伸びた光の帯が雲の向こうに消えるまで、彼らは見送り続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る