7 深謀-5-

 結局、両者が落ち着くのに数分がかかった。

「くっそぉ~……」

 思わぬ反撃を受けたライネは悔しさを隠しもしない。

「アンタってけっこうイジワルなんだな……」

 とにかく何か言い返してやろうと、彼女は不貞腐れながらつぶやいた。

「あなたがそれを言うの?」

 フェルノーラはというとすでに涼しい顔をしている。

「私はお礼を言っただけなんだけど――伝わってないなら、もう一度言ったほうがいい?」

 ことさらに不満そうに返した彼女は臨戦態勢である。

 ライネは鼻を鳴らしてよそを向いた。

「えーっと……」 

 シェイドは困ったように視線をさまよわせた。

(もしかして……ケンカしてる……?)

 暖かいハズの室内に冷たい空気が流れているのを感じる。

 医務室は広くなければ、気の利いた音楽も流れていない。

 気まずくなった彼は思いきって訊ねることにした。

「あの……気になってたんだけ、ど……」

 おびえた仔犬のような目が二人の少女を交互に見つめる。

「ライネさんとフェルノーラさんって――仲、悪い……の……?」

 思い当たる節はあった。

 二人が話しているのは何度か見かけているが、笑っているところは見たことがない。

 少なくとも歓談しているという雰囲気ではなかった。

 どちらかというと事務的で冷めたような。

 きっとフェルノーラが感情を表に出さないからだとシェイドは思っていたが、それを差し引いても仲が良いという印象はない。

「シェイド君ってさ、けっこう大胆だよな」

 ライネが妙な笑みを浮かべた。

「……ええ? どうしてですか?」

「そういうこと、本人に訊く?」

 今度はフェルノーラが突き放すように言う。

「…………」

 どうやらまた怒らせてしまったらしい、とシェイドは気付いた。

 が、いつもの”ごめん”という言葉すら火に油を注ぎかねないと悟る。

「そういうところ、直したほうがいいわよ」

 シェイドはしょんぼりと俯くしかなかった。

 理不尽だな、と彼はちょっとだけ思った。

「で、実際どうなんだよ?」

 ライネは挑むような目でフェルノーラを見た。

「アタシはフェルのこと、友だちだって思ってるんだけどなー」

 やられた、と彼女は思った。 

 先ほどまで羞恥に顔を赤くしていた少女はどこへ行ったか、すっかり調子を取り戻したライネに先手を打たれた恰好だ。

「私は――」

 言葉に詰まる。

 素直に”友だちだ”と合わせるのは癪だ。

 が、否定するとそれはそれでライネと比べて心が狭いように見えてしまう。

「…………」

 それにけして嫌悪しているワケではないから、答えとしては彼女と同じになる。

「……わたし、も」

 しかしほんのちょっとの対抗心と気恥ずかしさが、

「わたしも……おなじ――」

 声と言葉をあいまいにした。

「え……?」

 と聞き返したのはシェイドだった。

「ごめんね、よく聞こえなかったから」

 もう一度言ってほしい、と彼は言う。

 フェルノーラは非難がましい目を向けると、

「……あなたのこと、少し嫌いになったわ」

 その無神経さを一蹴した。

 彼は泣きそうな顔でライネに助けを求めた。

「今のはシェイド君が悪いな」

 ライネが言うとフェルノーラは何度も頷いた。

 代わる代わるに責められ、シェイドはすっかり小さくなってしまった。

(なんで……?)

 ずいぶん慣れはしたが、シェイドはまだ少しだけフェルノーラのことが苦手だった。

 いつも怒っているような気がするのだ。

 もちろん本人にそのつもりはないが、自分をしっかり持っていて凛然とした口調は、何かと自信を失いがちな彼からするとちょっとした圧力がある。

「うぅ……」

 なぜ彼女は自分のことを少し嫌いになったのだろう?

 考えても答えは出なかったので、彼は宿題にすることにした。

「それよりケガの具合はどう?」

 仕切りなおすように咳ばらいをしてフェルノーラが問うた。

「おかげ様でね。痛みどころか何の違和感もないよ」

 ライネはあの後、医師の治療を受けている。

 フェルノーラの魔法は根本的な治癒には至らなかった。

 ただ、止血と痛みを和らげる効果はたしかにあり、それが奏効して今はすっかり傷は癒えている。

「よかった……」

 彼女は心からの安堵を――今回は隠さなかった。

 しかしそれも一瞬のこと。

「…………ッ!?」

 この少女は気を抜いてしまった。

 だから本来なら素っ気なく答えるところを、やわらかな笑顔に乗せてそう言ってしまったのだ。

「借り……! 借りを返せてよかった、って! そういう意味だから!」

 そのことに遅れて気付いたフェルノーラは我に返ったように付け足した。

「はあ…………」

 どうもライネといるとペースを乱される。

 それを嫌と言うほど痛感した彼女は、これ以上恥をかかされる前に退室することにした。

 元々、シェイド――と、ライネがいたらついでに――の様子を見に来ただけなのだ。

「とにかく、二人とも元気そうでよかったわ。私、仕事が残ってるから」

 やや早口で言い、彼女は立ち上がる。

「おう、サンキュな!」

 そんな彼女の性質がある程度分かってきたライネは、その背中に向かって屈託ない笑顔で言った。

 フェルノーラは何も言わなかったが、返事の代わりにほんのわずか胸を反らせて答えた。

 しばらくしてから、

「あの……」

 シェイドはおそるおそるライネに訊ねた。

「ほんとは仲……良いんですか……?」

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