8 叛乱、興る-5-

 グレグ基地から3000キロメートル東にあるラウェル地区。

 北に山脈、南に湾を持つ地理的に恵まれたこの地域で、官吏たちによる議論が昼夜を分かたず繰り広げられていた。

 議長を務める自治長補佐のコルテオは、すっかり茫然自失してしまった自治長ローマナンに代わって意見をまとめるのに腐心していた。

「そろそろ結論を出さないか?」

 集まったのはいずれも意思決定に深く関わる役人40名。

 ここに中央から派遣された官吏や軍人の数名が加わる。

「なんとかやり過ごすことはできないでしょうか……」

 先延ばしという消極策を持ち出したのは、実務経験の豊富な役人だった。

「我々はどちらにも与しないと……そう宣言しておけば政府とも叛乱軍とも敵対しないことになり、中立を保つことができるかと」

「それでは叛乱軍からは政府側に見え、政府からは叛逆者と見做される。数時間後には数隻の艦がここを通過するんだ。それを見逃せば皇帝の逆鱗に触れてしまうぞ」

「見逃す――なんてできますかね。今や叛乱は各地で起こっている。あの一団が近づけば住民だってそれに加わろうとするハズだ。暴動は避けられないと思うね」

「いま正規軍でさえ反旗を翻しているというじゃないか。ここで我らが寝返ったとしても恥でも何でもない。時代の流れというものだ」

 各地で民衆が蜂起したという報せは彼らの元にも届いている。

 周囲でも数か所で火の手が上がり、侮りがたい勢力となっている。

 ここラウェル地区ではまだ暴動は起こっていないが、住民の一部が叛乱に呼応する気配を見せている。

 そこにペルガモンから叛乱軍討伐の命が下った。

 情報によれば数時間後に叛乱軍の艦隊がラウェル地区を通過するという。

 どちら側につくか――は彼らにとって文字どおり死活問題だった。

「実際、どうなんですか? ここの住民らは叛乱に加担しそうなのですか?」

「可能性は高い。付近の町でもそうした動きは起こっているらしい」

「エルディラントは民の恨みを買い過ぎた。数百年の鬱積が爆発したんだ。今の政府にこれを抑える力はないだろう」

 中央から来た軍人でさえこう言うものだから、士気が上がるハズもない。

「発端が重鎮であったことが大きいですね、ここまで広がったのは。彼らがやって来たら、間違いなく住民は行動しますよ。そして私たちの首を土産に彼らに与するでしょう」

 政府は報道管制を敷いたが、それは一時しのぎにもならなかった。

 政府情報部の中にも離叛者がおり、重鎮が叛乱を起こしたことや、それに呼応した軍関係者の情報、蜂起の状況等が国中に筒抜けとなっていた。

「もう時間がない。決めよう。エルディラント軍として叛乱軍と戦うか、それとも離叛して彼らに味方するか」

 コルテオが咳払いをして言った。

「叛乱軍と戦おうという者は?」

 誰も手を挙げない。

「では叛乱軍に味方しよ――」

 言い終わる前に全員が挙手した。

「決まりですね。早速その旨を重鎮にお伝えしましょう」

 当面の危機が去ったことで緊張から解き放たれた役人たちは破顔した。

 特に中央から来た者は片田舎で民衆の暴動に遭って殺されずに済むことに安堵している。

「まずは住民への通達だ。官民一丸となってエルディラントと戦う姿勢を示さなければ。不手際があってはまずい」

「アシュレイ様もグラン様も慈悲深いお方だ。我々の気持ちを汲んでくださるだろう」

「これ以上、皇帝の横暴を許すわけにはいかないからな。これはひいてはラウェルの民を守るためでもあるんだ」

 保身に走った罪悪感を誤魔化すように彼らは口々に言い合った。

 話がまとまり、和やかな雰囲気になったところにひとりの男が入ってきた。

「すまなかったな、この一大事に」

 弾んだ声で言ったこの男は自治長のローマナンだ。

 叛乱が起こり、その討伐を命じられるや進退に窮し、先ほどまで執務室に閉じこもっていた。

「だがもう安心だ。先ほど皇帝のお言葉があった。中央より援軍を送ってくださるそうだ。力のかぎり戦え、と」

 少し前まで憔悴していた彼は、水を得た魚のように活き活きとしている。

「申し訳ないことですが自治長。たった今、我々は反エルディラントを掲げ、叛乱軍に与することを決めました。皇帝の命令には従いません」

 コルテオは蔑むように言った。

「明日には援軍が到着するんだぞ? 中央の軍と力を併せれば奴らなど敵ではないわ」

 戦意を取り戻したローマナンは見下すように言った。

 ここで成果を挙げれば大躍進だ。

 仮に重鎮の首を取ることができればその功績に並ぶ者はいないだろう。

(その敵ではない敵に今まで怯えていたのは誰だ……?)

 そう言いたいのを堪え、

「援軍より叛乱軍が先に来ますよ」

 コルテオは再考を促した。

 時の流れはたかだか数人の力では変えられない。

 まして地方官吏ごときに何ほどのことができるだろうか。

 この点、コルテオたちは現実的だった。

 自分たちの生死がかかっている以上、もはや政府を盲信することはできない。

「数日なら持ちこたえられる。必要なら住民にも武器をやって戦わせればよい。本隊が到着すれば全て終わる。叛乱軍を撃滅した功により、お前たちの出世も間違いなしだ」

「この状況で政府側につく住民がいると思いますか? 彼らは叛乱軍のために戦いますよ」

 考えるまでもなく政府側の味方をする利点はない。

 政府を守っても、政府は民を守ってはくれない。

 彼はその点をもう一度、表現を変えて伝えた。

「お前たちは正気か? たかが数隻の艦に恐れをなしたか?」

 ローマナンは蒼い顔をして言った。

「何と言われようと我々の決断は変わりません。よくお考えください。これだけの騒ぎになったのはペルガモン政権が崩壊に向かっている証拠です。いずれ民衆が勝つと思います。たとえ敗れてもそのとき政府は機能しません。我々もいかに生き延びるか考えるべきです」

「だ、黙れ! 補佐役に任命してやった恩を忘れて叛乱を示唆するのか! さてはお前たち、叛乱軍と通じていたな!」

「冷静になってください。私は事実を申し上げて――」

「私をたぶらかそうというのか? おい、誰かこいつを捕らえろ! こいつは裏切り者だ!」

 官吏たちは憐れむような目でローマナンを見た。

 政府からの離叛を決めた時点で彼との上下関係は断たれている。

 今や彼のほうがこの場に於いては裏切り者も同然だった。

 コルテオは小さく息を吐くと懐から銃を取り出し、ローマナンの額に押し当てた。

「なん――?」

 硬く冷たい銃口の感触にローマナンが恐怖を抱いた一瞬後、弾倉に格納されたミストによって精製された弾丸が、音と光をともなって彼の頭を貫いた。

「さあ、ぐずぐずしている暇はないぞ」

 コルテオは遺体を跨いだ。

 官吏たちもそれに続く。

 彼らは為すべきことを成し、支部の離れた場所に簡易の離着陸スペースを設けて待った。

 やがて西の空に光が浮かび上がる。

 徐々に大きく、近づいてくるのは艦7隻にまで増大した叛乱軍の一団である。

 それを見て彼らは自分たちの判断は正しかったと確信した。

 これだけの軍勢を相手に抵抗しても1時間と持たなかっただろう。

「お見えになったぞ」

 そのうちの1隻が離着陸スペースに降下した。

「お待ちしておりました」

 重鎮たちの姿を見るや彼らは我先に挨拶した。

「グランだ。連絡をくれたコルテオ殿は?」

「私です。官吏、住民、叛乱軍に加わり、共に戦うことを誓います」

 彼は恭順に振る舞った。

 もはや生きる道はここにしかない。

「ありがたい。是非とも力を貸してくれ。未来のために戦おう」

「命のかぎり――ところでその子は……?」

 コルテオが彼らの後ろにいる少年を見つけた。

「ああ、彼は」

 シェイドが前に出て会釈する。

「私たちの希望だ」

 そう言い、グランは微笑した。

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