8 叛乱、興る-6-

 ラウェル地区の戦力を併呑したことでシェイド率いる叛乱軍は、艦9隻に多数の航空戦力を擁する一大勢力にまで膨れ上がった。

 ただし人員の内訳は軍人が3割強といったところで、大半は銃火器を扱ったことのない素人だ。

 おまけにプラトウ出身者以外はシェイドのことをよく知らないため、何を拠所にしているかという点で意識の相違があった。

 特に元役人は重鎮が一団を先導していると思っている。

 叛乱軍は彼を指導者としてまとまらなければならない。

 そのカリスマ性を周知する意味も込めて、重鎮たちは魔法の教導を多くの人々に見物させた。

「その調子だ。もっと指先にミストを集めるようにイメージして」

 艦に穴を空けるワケにはいかないと、訓練は野外で行なわれた。

「…………」

 シェイドはグランに言われたとおりにした。

 目に見えないものを集めるのは彼にはまだ難しかったが、感覚的に要領をつかみはじめている。

(プラトウで見たあの巨大な炎は、やはり無意識にやったものなのか……?)

 掌に生じた火球に喜んでいる彼を見て、アシュレイは思う。

 理論も理屈も分かっていない者がでたらめに魔法を使う例はいくつもある。

 シェイドもそのひとりということになるが、問題は大きすぎる力だ。

 早いうちに制御できるようにしておかなければその力が暴走し、自分や周囲を巻き込むおそれがある。

 もしそうなれば――。

 それを止める力は重鎮にはない。

「次は火球の大きさを調整してみよう」

 手の上に揺れる炎は赤々と盛り、シェイドの意思を通じて大きくなったり小さくなったりした。

 今のところは問題なく扱えている。

 彼には大きな進歩だが、それを眺めているだけの観衆は退屈だった。

 やっていることは学校の勉強と大差ない。

 それなりに裕福な家庭に生まれて学校に通っていれば、彼と同じ年頃ならとうに終えている実技項目だ。

 見たところ、その魔法の力も特別強いワケでもない。

 こんなどこにでもいる気弱そうな少年を政府の最高幹部が揃って持ち上げる理由が彼らには分からなかった。

 その空気を感じ取ったアシュレイがグランに合図を送る。

 意図を察した彼は目の前に巨大なシールドを張った。

 円形のガラス板のような光沢がシェイドとグランとを隔てる。

「よし、次の段階に進もう。今度はその炎をできるだけ大きくして私にぶつけてごらん」

「ええ? そんな、無理ですよ! 怪我をしたらどうするんですか?」

 とんでもない要求だ。

 教わっている身でありながら、教導役を攻撃しろと言われて従える彼ではない。

「なるほど。つまりきみは私に怪我を負わせるくらいの魔法が使えるワケだね?」

 意地悪な物言いだという自覚はある。

 挑発めいた言葉を投げかけたのはシェイドの自尊心を刺激するためだ。

 重鎮が見るにシェイドは優しすぎる。

 その性質は指導者に不可欠な要素だが、今は政府との戦いの時だ。

 人心を収攬するためには勇猛さや力強さも必要だ。

「力がなければ民を救うなんてできない。何もできない。きみを信じている多くの人を裏切ることになるぞ?」

「それは――」

 裏切り、という言葉がのしかかる。

 彼は少し前、母との約束を破った。

 それはつまり裏切りだ。

(………………)

 なのにここでまた裏切るのか?

 しかも今度は大勢を?

「心配しなくていい。しっかりと受け止める。きみができることを見せてくれ」

 シェイドは改めて観衆を見た。

 プラトウの民やグレグ基地の軍人、ラウェル地区の住民たちがつまらなそうに見物していた。

 この状況には憶えがある。

 テスタ家を助けるために飛び込んだ時。

 重鎮たちに保護された後、決起集会で共に戦うことを宣言した時もそうだ。

 状況はちがえど何らかの期待をかけられていたのは同じだ。

 叛乱軍の規模が大きくなっているのも、現政権の打倒という目標のために自分を中心に同志が集まっているからだ。

 ここで無様な姿を晒せばきっと彼らは失望する。

 そしてこんな頼りない子どもを指導者に立てた叛乱は失敗に終わる。

 そうなっては人々を救えないどころか今、この場にいる彼らさえも危険に晒すことになる。

「分かりました……」

 人を攻撃する目的で魔法を使うなど、絶対にあり得ないことだと彼は思っていた。

 しかし今ばかりはその考えを改め、期待に応えようとした。

 手の上に踊る炎が膨れ上がる。

 プラトウ襲撃の恐怖から炎に対する嫌悪感が拭えず、大きさはまだ片手に収まる程度にしか成長しない。

「そんなものではないハズだ。イメージするんだ! もっと強く! もっと大きく――」

「や、やってます……!」

「まだだ! きみの力はそんなものじゃない! 遠慮しなくていい。怖がる必要もない。きみならもっと――」

 シェイドは念じた。

 炎がやっとひと回り大きくなる。

 赤が増し、さらに熾んに燃え上がる。

「おお……!」

 観衆がどよめく。

 周囲のミストを巻き込みながら燃え上がった炎はひときわ強く輝き、アメジスト色に変じた。

 グランはシールドを張り直した。

 遠めからでも感じられるミストの濃度は尋常ではない。

 しかも変換効率もわずかだが良くなっている。

「それをぶつけてみろ!」

 シェイドは炎から離れるように半歩退いた。

 覚悟を決め、掌で押し出すように炎を放つ。

 グランが構える。

 アメジスト色の炎が勢いよくシールドにぶつかった。

 二人の魔法はグランの目の前でせめぎ合った。

 炎がシールドを焼き払おうと自身を押し込むと、グランも負けじと押し返す。

 行き場を失った熱が四方に飛び散る。

 巨大な炎は視界いっぱいに広がり、まるでシールドごと彼を呑み込もうとしているようだ。

 シェイドは心配そうにそれを見ていた。

 手を離れた彼の魔法は、もう彼自身ではどうすることもできない。

(これは…………!)

 炎の勢いを押さえようと両手を突き出したグランは、指先に伝わる熱さに驚愕した。

 魔法の使い方としてはまだまだ拙い。

 火の球ひとつ発生させる手順も凡人以下だ。

 だがこの巨大な炎に凝集しているミストの量は本物だ。

 力の使い方を知らない怪力の持ち主。

 やはりこの少年は常識では考えられない馬鹿げた魔力の持ち主だ。

 グランはシールド上部にかけるミストの量を減らした。

 炎はミストの密度が薄くなった部分をめがけて走り、よじ登るようにしてシールドを駆け上がる。

 グランが背を反らせるようにしてシールドを傾けると、アメジスト色の光はそれを滑走台にして空高くへ舞い上がった。

 炎はミストを放散させながら小さくなっていき、最後は中空に溶けて見えなくなった。

「最初よりずいぶん上達したね。ミストの扱い方もずっと良くなっているよ」

 グランは汗を拭いながら言った。

「あの、大丈夫ですか? 怪我とかしてませんか?」

「心配ないよ。私も魔法には自信があるんだ」

 シェイドの手前、平静を装っているがあの一撃は受け流す以外に方法はなかった。

 あのまま受け続けていればシールドは破られ、彼も無事ではすまなかっただろう。

「あれが指導者なのだそうだ」

「たしかにすごいわね……」

 観衆からシェイドを評価する声が聞こえる。

 彼を好意的に認めているのは民間人が大半であり、重鎮の活躍ぶりを知っている軍人はまだ二人に分があると思っている。

(彼らもプラトウでの出来事を目撃していたら見方が変わっただろうな)

 観衆の反応を見てアシュレイは思った。

 シェイドの起こした奇跡を見れば誰もが叛乱の成功を信じて疑わないだろう。

「今度は変換効率を上げる練習をしよう。これは自分の身を守るためにも必要なことだよ。手を出して」

 まだほのかに熱を帯びている手を前に出す。

「掌全体にミストを集めるんだ。それができたら今度は四方に広げて壁を作る。さっき私がやったみたいにね」

 シェイドは言われたとおりにした。

 だがなかなかうまくいかない。

「ガラス板に手を添えている姿を思い浮かべるといい。ミストの濃度が濃ければわずかに掌に感触があるハズだ」

 この授業はまだ難しかったようだ。

 彼は何度も試みたが、手を覆う小さな膜を作るのがやっとだった。

 理論上はその膜の面積を大きくして等しい厚みにすればよいのだが、そうすると形状を維持できなくなってミストが霧散してしまう。

「気にすることはないよ。誰にだって得意なことと苦手なことがあるんだ」

 あまり未熟ぶりを晒してしまうと士気の低下を招く。

 二人は彼が得意とする魔法の教練に注力することにした。

 魔法にはミストの変換次第で無数の使い方が存在するが、シェイドは傷を癒やすことと雷を放つことならできるという。

 ならばと今度はアシュレイが教導役を務める。

 人の目に分かりやすいように自分に向けて閃電を撃つよう求めると、彼は気乗りしない様子でそれに従った。

「よし、いいぞ」

 アシュレイは目の前に幾重にもシールドを重ねた。

 直線的な軌道を描く炎とちがって、稲妻は方向を逸らすのが難しい。

 彼の力は未知数だから、真正面から受けるには最初からこれくらいの備えがあっていい。

「いきます!」

 シェイドは右手を伸ばした。

 息を深く吸い込み、指先に力を込める。

 直後に五指から放たれたアメジスト色の閃電が、瞬きひとつする前にアシュレイのシールドを叩き割った。

「なに……っ!?」

 あまりの速さに何が起こったのかが理解できない。

 だが考えている暇はなかった。

 閃光が2枚目のシールドを噛み砕く。

 稲妻の勢いはさらに増し、枝のように伸びた先端が3枚目のシールドを激しく叩いた。

 アシュレイは慌ててミストを送り込んだ。

 しかし稲妻の侵攻のほうがはるかに速い。

 鎌首を持ち上げて代わる代わるに噛みつくアメジストの光が、最後のシールドを食い破った。

 直後、アシュレイは吹き飛ばされた。

 宙を舞いながら彼は器用に体をひねり、再び地を踏む。

 視界に少年の姿が映るより先に、自分でも信じられないくらいの力を振り絞ってシールドを張り直す。

「大した力だ……!」

 称賛している場合ではない。

 一瞬でも気を抜けば全身を焼かれかねない。

 これがクライダードの能力なのか?

 そう思った彼は異変に気付く。

 再度展開させたシールドには傷ひとつついていない。

 たった今まで感じていた脅威もなくなっている。

(そういうことか)

 勢いの衰えた閃電は先ほどの猛攻がウソのように威力も輝きも失っていた。

「ここまでにしよう!」

 気を利かせてグランが言う。

 シェイドは安堵したようにため息をついた。

 困惑したように、そして忌々しそうに右手を一瞥する。

「私に怪我をさせまいと力を抜いたんだね?」

 少年は頷いた。

「きみは優しい子だよ」

 だからこそ指導者に立てたのだ。

 圧政に苦しむ者が横暴な人間に懐くハズがない。

(さっきのはそれだけが理由ではないな。途端に勢いが落ちた……この子には長時間、魔法を使うための持久力がないのかもしれない)

 アシュレイはそう分析した。

 実際、シェイドの息は上がっている。

 変換効率が低いということはそれだけ無駄な力を使っているということだ。

 この小さな体躯であり余る力に振り回されては、とても体力が持たないだろう。

(しかし…………)

 指導者の宣伝としては成功だったらしい。

 見た目にも派手な魔法とその威力はシェイドの株を上げるには充分だった。

 圧倒されたのか、観衆からはどよめきすらも聞こえない。

(なるほど、あれがクライダードか――)

 重鎮とともに幾多の戦いに参加してきた軍人たちも、ようやく彼の力を認め始めた。

 とはいえそれは魔法に於いてのみである。

 求心力や見識、先見性やカリスマ性は遠く及ばないだろう。

 軍人として武勲に誇りのある者たちは、やはり重鎮を差し置いて片田舎の子どもが叛乱軍の指揮を執ることには否定的だった。

「アシュレイ様! グラン様!」

 実際、なにか事が起こると彼らは真っ先にこう声をかける。

 ここでシェイドに第一声をかけてくれないと示しがつかない。

「この先にあるサンドゥーラ基地より申し出がありました。叛乱軍に加えてほしいとのことです」

 上手くいくときは次々と道が拓けていくものだ。

 大規模な蜂起が相次ぎ、ペルガモンの対応が後手に回り始めたことで地方の軍は政府に見切りをつけ始めている。

 小役人あたりはもともと強者になびく体質だったから、次に巻かれる長いものに重鎮率いる叛乱軍を選んだに過ぎない。

「サンドゥーラは山間の小さな駐屯地だったな。艦が降りる場所はなかったハズだ。車で行くしかないな」

 こうした交渉は重鎮の専門だ。

 参入する戦力との顔合わせは彼らがしたほうが話が早い。

「僕も連れていってください」

 訓練が終わればシェイドは艦内で待機する予定だったが、彼は珍しく強い口調で同行を申し出た。

「責任者と会って話をするだけだよ。大した内容でもないし、わざわざきみが来るようなことでは――」

 グランがやんわりと拒否するが、彼は退かなかった。

「僕も何かの役に立ちたいんです。どんな小さなことでもいいですから……邪魔にならないようにしますし」

 なるほど、とアシュレイは合点した。

 指導者と担がれているがゆえの後ろめたさがあるのだろう。

 この少年は自分に対してされている過大な評価に見合うだけの働きをしようとしている。

 世の権力者は名声に溺れて思い上がり、手足を動かすことすら面倒がる。

 もしペルガモン政権を打ち倒したら、彼は素晴らしい為政者になるかもしれない。

「分かった。きみの意思に従うよ」

 来たるその日を見据え、二人は互いに顔を見合わせて頷いた。

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