8 叛乱、興る-4-

 レイーズたちは離着陸スペースからやや離れた山間部に艦を降下させた。

 目的のグレグ基地では小競り合いがあったようで、着艦できる場所がなかったためだ。

「お待ちしておりました」

 この基地を預かるディジィ隊長が重鎮たちを出迎えた。

 優秀な女性で戦果も挙げているが軍人とは思えないほど物腰が柔らかく、部下たちはいつもそのギャップに驚いている。

「この荒れよう……やはり衝突してしまったのか?」

 グランは辺りを見回した。

 基地といっても平時は格納庫代わりのようなもので、実際はこの地域での戦はほとんどなく、型落ちの兵器の数々はほこりを被っている。

 それらが久しぶりに持ち出され、砲火を交えた跡がある。

 特に基地周辺の損壊は激しく、レーダーも格納庫も使い物にならないほどだ。

「報せを受けた時、多くは叛乱に呼応しましたが、隊員の中には政府に追従しようとする者もおりました。そのため衝突が起こり十数名が犠牲に……」

 ディジィは顔色ひとつ変えずに言った。

 ひとしきり悲しんだ後だったから、今は重鎮たちにそのような表情を見せるべきではないと彼女は考えている。

「彼らを責めないでやってください。それが本来の仕事であり、彼らは職務を全うしたに過ぎません。悪いのは私たちです」

「ああ、分かっている。いや、誰も悪くない。皆が皆、正しいと思ったことをした。その結果が――こうなっただけだ」

 山の向こうに黒煙が上がっている。

 叛乱が始まった合図なのか、終わった後なのかは分からない。

「そちらの子が噂の……?」

 アシュレイの陰に隠れるようにして立っていたシェイドは、ゆっくりと進み出た。

「信じられないと思うが、驚異的な魔法の才能の持ち主だ」

「とてもそうは……ですがタークジェイの隊がプラトウで消息を絶ったと。空が光ったのを見ました――それがこの子なんですね?」

「そうだ。詳しい話は道中でしよう。今は一刻も早く出発しなくては」

 グランは説明不足のまま協力を要請することを申し訳なく思った。

「いくらかの戦力は失いましたが、艦二隻と航空部隊は無事です。すぐに出られるようにしています」

 だがディジィにそのような懸念は不要だった。

 重鎮が叛乱を掲げたと知った彼女は申し出があれば協力を厭わないつもりだった。

「私たちの艦には救出したプラトウの民がいる。ここには充分な物資があるだろう。彼らを慰撫してあげてくれ」

「了解しました……しかし民間人を連れて行くのですか?」

「皆、戦うことを決めてくれたんだ。どこかに避難させることも考えたが、どこに政府側の人間が紛れているか分からない現状、一緒に行動するほうが安全だと思ってね」

「分かりました。では私たちが先行します。小規模とはいえ私たちは正規の軍です。民間人が乗っている艦の後ろを飛ぶわけにはいきません」

「ああ、よろしく頼む」

「みんな、聞いたとおりよ! 発艦準備を急いで。その間に物資の配分、地上の戦力もできる限り収容して!」

 ただちに物資が運び出され、食料や寝具等がレイーズの艦に届けられた。

「感謝します、ディジィ隊長。救助を前提にしていなかったため、食料や救護品が不足していました。おかげで彼らの不安も和らぎます」

 艦を降りたレイーズが礼を述べた。

「皇帝の命令なく動いている以上、私はもう隊長ではありません。同じ思いを持つ同志のお手伝いをしているだけです」

 自分と同じだ、とレイーズは思った。

 彼女もまた軍律よりも己の信念に従い、自分を追い詰めてしまっている者のひとりだった。

「ですがそのお陰で救われる人がたくさんあります。いま失われようとしている命も、これから奪われるかもしれない命も――」

「私もそう思っていますが……」

 と前置きしたうえでディジィは訥々と話し始めた。

「不安が拭えないんです。政府のやり方に反対する者はたくさんいました。それを知っていながら私は何も言いませんでした。私自身、皇帝の残虐さは許せませんでしたが、本心がどうであれ職務を果たしていれば問題はないと思っていましたから」

「ええ、それは――私もそうでした」

「しかし実際にこんなことになって……皇帝に従う者とそうでない者とが争い、こんな小さな基地でさえ死傷者が出ました。生き残った私たちは叛乱者ということになるでしょうが、本当にこれでいいのかと……」

「どうしてそう思うのですか?」

「もし私たちが敗ければ国家に盾突いた者として粛清されるでしょう。そのとき私はきっと後悔します。叛乱に手を貸さずエルディラントの軍として皇帝の側についていれば、彼らも死なずにすんだハズだと」

 ディジィは慌ただしく動き回る隊員たちを見やった。

「皇帝に従おうとした者が死に、背いた者まで殺されたら――私はただの人殺しです。隊長なのに、隊員のたったひとりさえ救えない……それが恐いんです……」

「ディジィさん……」

 憐れむような目でレイーズは言った。

「失われた命は私たちにはどうにもできませんが、未来の犠牲は防ぐことができます。あなたが言うように私たちが敗ければ全員が死にます。だから――」

「………………」

「勝つしかないんです。前に進むしかないんです。私たちが勝てば私たちは生き延びることができます。皇帝によって奪われるかも知れない、大勢の命を救うことができるんです」

 諭すように言い、レイーズは彼女をそっと抱いた。

「今さら立ち止まる必要はありません。重鎮やあの男の子を信じましょう。私たちの選択が正しかったと――これ以上の犠牲を出さないために戦いましょう……」

 ディジィは涙を堪えた。

 が、呼吸に合わせてレイーズがその背中を撫でたためにとうとう落涙してしまった。

「すみません、取り乱してしまって……掩護するなんて言っておきながら……」

「きっと誰もが同じ気持ちです。私だって――」

 レイーズが耳元で囁く。

 不安な想いも未来への僅かな希望も、こうして共有することで次第にディジィも落ち着きを取り戻しはじめた。

「ごめんなさい……今は泣いている場合じゃないですよね……」

 涙を拭い、彼女はおもむろに顔を上げた。

 優しく、凛々しい表情を――まだ少し無理をしながら――作ったディジィは部下を指揮するために持ち場に戻った。

 その後ろ姿を見送ったレイーズは、赤くなった顔を隠そうともしないでグランの元へ駆け寄った。

「ずっと見てましたよね?」

「ん? あ、ああ……」

「言っておきますけど、今のは……そういう関係とかじゃないですから!」

 小さく怒鳴った彼女はそのまま艦に引き揚げていった。

 分からない顔をしているグランの元に、搬入を手伝っていたアシュレイがやって来た。

「どうしたんだ?」

 と問う彼に、

「そういう関係じゃないらしい」

 グランは拗ねたような口調で返した。

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