7 革命の音-3-

 決起会の後、彼らはごく短い時間で捜索を行った。

 家族や親しい者がまだ生き残っているかもしれない。

 もし命を落としたのなら遺体を見つけて丁重に葬りたいという想いがあった。

「あまり時間はかけられません。迅速にお願いします」

 タークジェイとの交信が途絶えたとなれば、ペルガモンは原因究明のために新たな手先を送り込むだろう。

 その前にプラトウから離れなければならない。

「それではご両親は……」

 捜索が行われている一方で、シェイドは艦の一室に通されていた。

 元重鎮となった二人とレイーズは小さなテーブルを挟んで彼と向かい合う。

「父さんは僕が小さい頃に戦死しました。顔もほとんど覚えていません」

 シェイドは顔を伏せた。

 隠すようなことでもないから素直に話しはするが、あまり思い出したくはない過去だ。

「それはお気の毒に……」

 こういうとき、軍人とはいえ女性的な柔らかさを失っていないレイーズの声が彼の苦痛をほんの少しだけ和らげてくれる。

「しかしクライダードならそう簡単に命を落とすとは思えない。それにかなり目を引くハズだが、戦況報告にもそれらしい記述はなかったな」

「一兵士として紛れていたのかもしれない。敢えて自分の存在を隠していた可能性もある。ああ、おそらくそうだ。妻や子のことを考えれば――」

 アシュレイとグランは彼の家系に興味を持っている。

 指導者として崇めるなら知っておいて当然の事柄だ。

「お父さんについて他に何か覚えていることはあるかい?」

「母さんは強くて優しい人だと言ってました」

「……そのようだね。きみのことも、お母さんのこともとても大事に想っていたと思う」

 彼らの考えどおりだとすれば、シェイドの父は敵軍どころか自軍をも恐れさせるほどの活躍ができたにちがいない。

 しかしそれをしなかったのは彼が戦いを好まない性格だったか、あるいはこの町に残してきた妻子を守るためだろう。

 戦果を挙げればその血を引くシェイドも軍に引き込まれる。

 拒めば敵国に流れることを恐れて殺される。

 妻もまた同様だ。

「大切なお話があるんだ」

 一呼吸おき、アシュレイが囁くように言う。

「きみ自身のことについて」

 シェイドは身構えた。

「きみはおそらく、クライダードの純血種だ」

 レイーズは眉をひそめた。

 こんな子どもに聞かせる話ではない、と言いたいのを堪える。

「さっきも言ってましたけど、それって何ですか? 僕とどういう関係が……?」

 訝るような視線にアシュレイは真っ直ぐに彼を見据えて言う。

「今から何千年も昔――まだ科学に対する充分な理解がなかった頃の話だ。当時の人々の生活は今よりももっと魔法が身近な存在だった。たとえばこんな艦は影も形もなかったが、この艦が持つ能力程度のことは魔法で実現できた」

「すみません、よく分かりません……」

「ああ、つまり何をするにも魔法を用いていたということだよ。今のような道具や機械がない、原始的な時代だが……想像するのも難しいかもしれないな」

「少しは……山奥での生活みたいなものですか?」

「まあそうだね。とにかく不便な時代であったということ。そしてその不便が魔法で解消されていた時代であったということだ。物質的な文明、科学の助けを得られない当時では、魔法の力なしでは生活が成り立たなかったといわれている。そういう時代だったから、人々の持つ魔法の力は現代人とは比べものにならないくらいに強大で、またそれが使われることが当たり前だったらしい」

 シェイドは必死に理解しようとした。

 ソーマがいてくれればもっと分かりやすい言葉に直してくれただろう。

「彼らはクライダードと呼ばれていた。きみはその生き残りなんだ」

 話すうち、アシュレイの確信はより強いものへと変わっていった。

 この少年が起こした、たった一度の奇跡。

 それこそが持論を支える何よりの証拠だ。

「ちょっと待ってください。昔はみんなそうだったんですよね? なら今の人たちだって全員、そのクライ……なんとかじゃないんですか?」

「もちろん、誰もがそうだった。そもそもクライダードという言葉は人種ではなく、当時の人々を意味するからね。しかし永い年月の中、科学技術の発展によって魔法はその役割を奪われ、遺伝を繰り返すたびに魔力は失われていった。さらに先天的に魔力を持たない人種が産まれ、彼らと交雑したこともクライダードの消滅を後押ししている」

「これが生物としての進化と言えばそれまでだろうが、真の魔法の前では科学は何の役にも立たない。それはきみがあの艦を破壊したことからも明らかだ」

 グランが言葉を添えた。

 これはシェイドの存在価値を不動のものとすると同時に、大軍を擁するペルガモンに対抗し得る力があることを彼に自覚させる意味があった。

 実際、この少年の起こしたことは奇跡と言って間違いないが、クライダードならできて当たり前であり、驚くには値しない。

「きみは真のクライダードの血だけを重ねてきた純血種なんだ。きみの家系は周囲に気取られないように、その血を守り抜いてこられたんだと思う」

「じゃあ僕みたいな人が他にもいるかもしれないですね」

「その希望は生まれた。が、見つけるのは困難だろう。世界中を探しても数百人いるかいないか……。それに災いが降りかかるのを恐れて隠れているだろうし、そもそも自分がそれであると気付いていない人もいるだろう」

 そういう意味では本当の奇跡はこの少年を見つけ出せたことかもしれない。

 彼らの到着が遅れていたら、他の者と同じように殺されていた可能性が高い。

「少し大袈裟に言えばきみの魔法の力は、世界中の高名な魔導師を集めても敵わないほど強力なものだ。その気になればペルガモンの持つ軍を殲滅することも――」

 さすがにそれは言い過ぎだろう、とレイーズは思った。

「僕にはそんなことできません。魔法の使い方だってまだ……今まで怪我を治すくらいにしか使わなかったから……」

「それは知らなかったからだよ。誰も教えもしなかっただろう? だがきみは目覚めた。大丈夫、私たちが教える。きみはきっと、その強い力を正しく使いこなせるハズだよ」

 大きな力が危険を孕んでいることは誰もが分かっていることだ。

 ペルガモンはそれを支配と殺戮と搾取のために使う。

 恐怖を与え、自由を奪い、民を押さえつけているのもまた力である。

「僕にできるなら――」

 何でもする、とシェイドはためらいがちに言った。

「失礼します」

 レイーズの部下が入ってきた。

「捜索は終了です。ここを離れましょう」

「成果はあった?」

 レイーズが訊いた。

「10名ほど発見しましたが……うち生存者は2名です。それと――ここに残りたいと希望する者が数名いますが、どうしますか?」

「残る……?」

「町を置いては出られないと――」

「そう簡単に故郷を離れられないのだろう。今後の生活を心配している人もいる。その気持ちは分からなくはないが危険だ」

 グランの懸念に一同は頷いた。

「時間がない。なんとか説得しよう」

 重鎮は立ち上がり、彼らの元に向かった。

 残ったレイーズはシェイドの手をそっと握った。

「大丈夫よ。全てが終わったら、戻ってきましょう。ご家族や親しい人をきちんと葬らなければ――」

 彼は落涙を我慢した。

「あの、ありがとうございました……」

 消えそうな声で言う。

「母さんと友だちのお墓を作ってくれて」

 捜索が始まる前、レイーズたちは犠牲者に黙祷を捧げたあと、二人の墓を建てた。

 唯一の肉親と無二の親友を丁重に葬ってくれたことにシェイドは少しだけ救われた気がした。

「本当はきちんと弔うべきなのだけれど……」

 事態は急を要する、とレイーズは歯噛みした。

「ごめんなさい……あなたから見れば私たちも同罪よね……」

 官と民には天と地ほどの差がある。

 力ある者と力を持たない者。

 富める者と貧しき者。

 そして殺す側と殺される側だ。

「信用しても……いいんですよね……?」

 おそるおそる問うシェイドに、彼女は静かに頷いた。

「勝手なことだと思う。今の今までペルガモンに言われるままに仕事――をしてきた私たちが急に翻るだなんて」

 プラトウの惨状が見るに堪えなくて生存者を保護したという、命令よりも情を選んだ判断を彼女は後悔していない。

 だが本来は規律に反した行動をただちに報告し、処罰を受けなければならない立場だ。

 政府からすれば叛逆者であり、民からすれば今さら我が身かわいさに寝返った日和見主義者だ。

 大義もなく、信もないことをレイーズは心苦しく思っていた。

「恐いんです。突然、何もかも失くなって。だけど僕のことが必要だと言われて……分からないままなんです。分からないままで……死ぬのも、生きるのも、恐いんです……!」

 シェイドは拳を握りしめた。

(震えてる。ひどく怯えているわ……)

 立ち上がったレイーズはおもむろに彼の後ろに回り、両肩を抱いた。

 じわりと体温が掌を通して少年の肩に、全身に伝わっていく。

「大丈夫――大丈夫よ……何も心配はいらないわ。あなたたちは私が――いいえ私たちが必ず守るわ。安心して。大丈夫だから……」

 この国にはこの子のような犠牲者が大勢いる。

 何の罪もなく、何の働きもないからと虐げられている子がいる。

 産まれた時から搾取され、人としての喜びのわずかも知らないまま殺される子がいる。

 現実は非情にも彼に役割を与えた。

 叛乱軍の指導者となって戦えというのだ。

 はたしてこの少年に、それが務まるのだろうか。

 レイーズは思った。

 大きな力を持つというが、それ以外は年相応の子ども同然ではないか。

 親に甘え、友だちと遊びたい盛りの、ただのひとりの少年ではないか。

「シェイド君、大丈夫よ…………」

 必要なら彼の姉にでも母親にでもなってやろう。

 彼が求める庇護者がいないのなら、自分が代わりになればいい。

 それが何もできなかった自分にできる、せめてもの罪滅ぼしだと。

 レイーズは思い込もうとした。

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