7 革命の音-2-
現実は彼を散々な目に遭わせ、死を覚悟させ、緊張を与えた後、ほんのひと時だけ休む機会を与えた。
しかし間もなく再び過酷な世界に引きずり出され、彼は戸惑うことすらできずにいる。
「えっと、あの……」
注目を浴びることに慣れていないシェイドは、ここから逃げ出して医務室に閉じこもりたくなった。
「本当にいいんですか……?」
シェイドは傍にいる重鎮に小声で問うた。
「もちろんだとも。皆、きみを指導者として迎えることに賛成している。どんな言葉でもかまわない。あとは私たちが引き受けるよ」
グランは小さくお辞儀をした。
小規模な集団とはいえ政府と戦うとなれば、人々の心を結びつけるのに強力なカリスマ性が必要だ。
いかにも事物に精通していそうな大人ではなく、どこにでもいそうな子どもが指導者となれば少なくとも注目は集まる。
そこに魔法の力で艦を粉砕したという実績を付け加えれば、叛乱軍の揺るぎない象徴となるだろう。
そのためなら二人はもはや重鎮の威厳を捨ててでも彼に恭順に振る舞うつもりでいた。
「分かりました。じゃあ――」
もうどうにでもなれ、と思いながらも彼は目を閉じ、こうなった経緯を思い返した。
全ては彼の
緊急会議に参席した者たちは、乗員や保護したプラトウの民や役人に事の仔細を説明した。
やはり難色を示した者もいたが、死を待つか生きるために戦いを挑むか、という二者択一には誰もが生を求めた。
特にこの町の住民は当面を生きるためにも叛乱に賛同せざるを得ない状況だった。
また中には話を聞いただけでシェイドの魔法に心酔する者もおり、重鎮やレイーズたちは既に一集団としての体は出来上がっていると確信した。
シェイドの元にこの話が降りてきたのは、全員の意思確認がとれた後だった。
医務室の粗末なベッドの固さにも慣れ、ようやく楽になったと感じた頃の提案だったため、その意味を全く理解できていない。
普段からソーマにくっ付いて行動してきた自分には、ただの一人さえ従えることはできないと彼は自覚していた。
強要する立場にない重鎮は、心変わりを願って辛抱強く説得を続けた。
それでもシェイドが首肯しなかったため、レイーズやガイストまでが平伏して懇願する始末だった。
その際、彼らはさまざまな条件を提示した。
条件は重鎮たちが全力でサポートすること。
方針や行動についてはその都度協議によって決定すること。
事の成功はシェイドの威光によるものとし、失敗の場合は彼に責が及ばないようにすること等――。
どれをとっても彼に不利にならないものばかりである。
自分のどこにそこまでされる理由があるのか、シェイドには分からない。
あまりに自分に有利な申し出にシェイドは後ろめたさを感じた。
同時にそこまでして自分を立ててくれる彼らの想いに胸を打たれ、彼は生きる目的を得たような気もしていた。
多くの生存者同様、彼もまた生きる術を失くした犠牲者だ。
引き受けた理由のひとつに自身の存在価値や意義、生きていくための場所や助けを確保したいという、きわめて自分本位の考えがあったことは否定できない。
だから指導者という大それた立場にはなれないと思いながらも、頭を下げてまで頼みこむのを無下にもできなかった彼は、その場をやり過ごす意味も含めて渋々ながら引き受けたのだった。
そうして彼は今、ここにいる。
周囲を森林に囲まれた広場を決起集会の場として、賛同者の視線を浴びながら。
傍らに重鎮とレイーズ、ガイストが並び、彼らと正対するように聴衆が輪を作っている。
「あの、みなさん……僕はシェイドと言います」
徴税官に食ってかかった時の気概はどこかへ消えていた。
右を向いても左を向いても自分に注がれる期待を込めた眼差しに、彼は小さくなる。
「多分……えっと、知ってると思いますが、僕がこの集まりの……リーダー? 班長でしたっけ……?」
「指導者――言いにくければ“代表”でもかまわないよ」
助けを求めてきたシェイドに、アシュレイが耳打ちした。
「代表に選ばれました。こんなことは初めてなので正直、よく分かっていません」
聴衆の中にひそひそと囁き合う声が漏れる。
頼りない、先が不安だという不満だ。
「あんなガキに任せて大丈夫なのか?」
そうはっきりと口にする者もいた。
「分からないので皆さんと力を合わせていきたいと思います。この集まりは僕たちのように苦しんでいる人たちを助けるのが目的だと聞きました。僕もそれには賛成です」
シェイドは慌てて口調を強くして言った。
グランは頷いた。
指導者としてはあまりに拙い演説だ。
言葉の選択も間の取り方も、修辞技法の欠片も感じさせない粗末なものだ。
だが、それが良かった。
純朴な少年のたどたどしい呼びかけは、かえって強い説得力を生む。
大人の汚い企みや利権を連想させない、純粋な訴えとなって聞く者の耳朶を打つ。
「ここには役人も町の人もいます。今まではいがみ合っていましたが、これからは一緒に戦う仲間です。僕は役人は町の人をいじめる悪い人だと思っていました。でも助けてくれる人もいました。それにただいじめていたのではなく、皇帝に命令されて仕方なくやっていたことだと分かりました」
語るうち、シェイドの緊張は解れていった。
あらかじめ台本を渡されていたから話す内容には困らない。
必要なのは彼らが不安を抱かないように豪然とした口調を心掛けることだ。
「戦いましょう! 僕たちが皆を助けて、少しでも苦しむ人たちを救えば、世の中は変わると思います。僕たちのことを認めてくれると思います。そうすれば、きっと皆が味方をしてくれます!」
弱々しかった語尾が力強くなり、最後には一団を鼓舞する檄に転じた。
懐疑的だった者たちもシェイドの懸命な演説に心を動かされ、分の悪い戦いに挑もうという気概が生まれてくる。
プラトウの民にとっては、少数とはいえ役人や軍人が味方についたことも大きい。
官民の間にはまだ遺恨が燻っているが、この演説が始まる前にガイストがこれまでの横暴を謝罪していたことで表向きは協力関係を築くに至っている。
「やってみるか」
そんな声があがる。
ここに留まっても死を待つだけである。
逃亡しようにも追撃は免れないだろう。
「帰る場所なんてないもの。あの子に託してみましょうよ」
追い詰められ、開きなおりから生への気力が芽生えた。
「まあ、他に方法もないしな」
シェイドを中心に生まれた一体感はか細く、儚げだ。
奇跡を起こした少年には数百人の心を轢きつけるだけのカリスマ性はまだない。
「お見事でした」
グランは恭しく頭を下げた。
頬を赤くしたシェイドは彼に場を譲った。
「私たちはペルガモンから離叛しました。都合のよい話だと思われるかもしれませんがこれ以上、奴の圧政を見て見ぬふりはできません。私たちも共に戦います」
堂々と、しかし悔恨の念がにじむ声だ。
「よく言うぜ。さんざん僕たちをいじめておいて!」
「今さら寝返るなんて、ずいぶん調子のいい話ね」
やはり役人に対する怨嗟はそう簡単に晴れるものではない。
「批判は覚悟の上です。どのような責めを受けても私たちに反論する資格はありません」
横に並び、アシュレイも頭を垂れた。
さらにレイーズ、ガイストたちも倣う。
彼ら役人のせいで、これまでどれほど多くの人間が虐げられ、苦しめられ、死に追いやられてきたか。
それを考えればこの程度の謝罪は吹けば飛ぶようなものだ。
だがあの惨状から助けられたことも事実であり、彼らの心境は複雑だった。
「しかしこの国には政府の理不尽なやり方に苦しめられている人が数多くいます。彼らを救うために……私たちが救われるために、皆さんの力を貸していただきたい」
アシュレイは涙を堪えて言った。
「ペルガモンは必ず追撃隊を差し向けるでしょう。奴のことです。今度は近隣の町や村まで焼き払うかもしれません」
許してもらえるなら頭くらい、いくらでも下げるつもりだった。
叛乱軍の結成にあたってはシェイドの力と彼らの団結が必要なのだ。
「今はいがみ合ってる場合じゃないってワケか……」
ここで重鎮たちを責めたところで何も変わらない。
彼らはやり場のない憤りをどうにか抑えた。
「で、その子を中心にチームを作ろうってことだな?」
「そのとおりです」
グランが強く頷いた。
この少年を祭り上げ、同志を集め、元凶を断つ。
それがこの悲劇を防げなかった二人の償いとなる。
「彼ならこの国に平和と秩序と均衡を取り戻すことができるかもしれません。救世主になることさえも――」
不可能ではない、とアシュレイは確信する。
何人かが拍手した。
これは救世主の誕生を祝うものではない。
当面の、生きる手段を見出したことに対する小さな安堵の表現だ。
だが、それで充分だった。
まずは民間から指導者を立て、一団をまとめあげること。
それができなければ寄り合い所帯となり、いずれ叛乱軍は瓦解してしまう。
それを防ぐためにアシュレイはこの少年のことを救世主と表現した。
終わりのない暗黒の時代に差し込んだ、一条の希望の光――。
二人はミス・プレディスが見せたあの光景をそう解釈した。
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