7 革命の音-1-

 緊急会議と称して艦のなかほどにある大部屋に集まったのは重鎮、レイーズと彼女が特に信頼する数名の部下、ガイスト自治長および役人数名という顔ぶれだった。

「会議というには内容が過激になることを先に述べておきます」

 グランが厳しい顔で言った。

 軍議という表現を用いなかったのは、すでにエルディラントの軍人ではないという意識があったからだ。

 ここでの会話は記録には残らない、たんなる打ち合わせと言っても間違いではない。

「――信じられないと思うが、これが全てだ」

 ミス・プレディスの予言に始まり、プラトウ襲撃の顛末、奇跡としか思えない魔法を用いたシェイドという少年のことなど、二人はこの数日の出来事を仔細に語った。

「魔法で艦を破壊した……?」

 レイーズは怪訝そうな顔をした。

 艦をただ沈めたのではなく破片ひとつ残さず破壊するなど、規格外の超兵器であっても不可能なことだ。

「調べてみないと分からないが私たちは純血種だと見ている。クライダードの血を重ねた人間でなければあれだけの魔法を行使できるハズがない」

 アシュレイの言に何名かが頷いた。

「ミス・プレディスの予言とも符合している。これをどう捉えるかはそれぞれに委ねるしかないが、私は――運命めいたものを感じているんだ」

 グランはきわめて個人的な感想を述べた。

「その占術を生業とされる方はいかなる人物にございますか?」

 ガイストが訊いた。

「これまで多くの災害を言い当てた信頼できる人物です。たとえば2年前に起こったベアーヌ地震で死傷者が出なかったのは、彼女の予言を受けて事前に対策を練っていたからこそです」

 ただし、とアシュレイは付け足す。

「今回の襲撃は時期についての言及がありませんでした。予想以上に早すぎた……というのが率直な感想です」

 レイーズは目を伏せた。

「占術師のことはよく分かりました。しかしそうしますと、この後のことも予知なさったのでしょうか?」

「いえ、これから先は彼女にもえなかったようです。あの光が世界全体を覆った後、何が起こるのかまでは――」

 予言は的中した。

 もしかしたら今なら彼女もこの続きを視られるのではないだろうか、とグランは思った。

「それで、あの……お二人のご意見は……?」

 先を促したレイーズは断罪されることも覚悟の上だった。

 責任の一端は自分にもある。

 10万人を見殺しにした報いは受けなければならない。

「我々は生存者の保護収容にあたった。これはプラトウを滅ぼせというペルガモンの意思に背いたも同然だ。さらにタークジェイの艦を……艦を破壊した少年も保護している。いま、とるべき道はふたつある」

 言葉のひとつも聞き漏らさなかったガイストは、皇帝を呼び捨てにしたことから重鎮が何を考えているのかを察した。

「ひとつはこの事実をただちにペルガモンに報告すること。おそらく保護した全員を殺せと言ってくるだろう。私とグランは当然として、一度は保護に協力した艦長と乗員も――申し訳ないが相当に重い懲罰を受けることになる……」

「それは……できません」

 レイーズは言った。

 それでは命令に背いてまでプラトウの人間を助けた意味がなくなってしまう。

「ならば、もうひとつは――」

 アシュレイは深く息を吸い込んだ。

「――ペルガモン政権から離叛する」

 誰もが予想していた第2案だったから特段の驚きはない。

 ただ重鎮がそれを実際に言葉にしたことで、彼らは自分たちが直面している事実の重さを痛感した。

「この町の人々を見殺しにはできない。彼らだけじゃない。ペルガモンは意に沿わない者を苛烈な方法で押さえつけてきた。いつか第二、第三のプラトウが生まれるだろう。私たちはこれ以上、彼に従うことはできない」

 残酷な支配者に加担するべきではない、と彼は言う。

「つまりは叛乱軍を結成する、ということだ」

 一呼吸おいてグランが通る声で言った。

「本気……ですか……?」

 レイーズの部下が疑念の目を向けた。

「私とグランはこの見解で一致している。罪のある者を罰するのは当然としても、このようなことが続けば民にも国にも未来はないだろう――」

 ガイストは嘆息した。

「我々は留まれば害され、拒めば叛逆者として誅殺されましょう。お恥ずかしいことではございますが、私めには死を賜る潔さがありません。この上は御皇帝に叛いてでも一矢を報いとうございます。それが犠牲者への弔いになれば――」

 唯一、生き延びる道はそれしかない。

 彼自身のためだけでなく、生き残った全てのプラトウの人間にとって死なずに済むかもしれない方法だ。

「感謝します、自治長。そのご決断が人々を救うと信じています。私たちも全力をもって皇帝と戦うつもりです」

 アシュレイは謝した後、レイーズたちに向き直った。

「よく考えていただきたい。ペルガモンに従うか、叛くか。強制はしない。上司の判断ではなく、それぞれの意思で決めてほしい。どちらになっても誰も責めることはできない」

 選択の余地はなかった。

 プラトウの民を保護した時点で全員が叛いたも同然だ。

 ガイストの言葉に背中を押されたように、数分と待たずに全員が離叛の意思を表明した。

「皆さんの気持ちを嬉しく思う。私たちが力を合わせて戦えば、ペルガモンを打倒し、圧政を終わらせることができると信じている」

 しかし、と口を挟んだのはレイーズだ。

「具体的にはどうしますか? 私たちは艦一隻に民間人を合わせても300名ほどです。これでは小隊にも及びません」

「知ってのとおり今、各地で民衆が蜂起している。軍が武力をもって鎮めても、その運動はますます大きくなっているんだ」

 アシュレイの発言に皆が一様に頷く。

「プラトウ襲撃が知れ渡れば、政府の報復を恐れて萎縮するかもしれない。しかし巧く煽動できれば全土を巻き込んでの叛乱が起こる可能性は充分にある」

 強がりにも聞こえるが根拠はある。

「まず各地の勢力をまとめあげる。暴動が抑えられてしまうのはその規模が小さく、発生場所が点在しているからだ。これをエルディラント軍に対抗できるだけの戦力に成長させ、一斉に蜂起する。そうして混乱に乗じて首都に潜りこみ、一気に皇帝を叩く」

「勢力を増強させる、というのは良案と存じますが、はたして軍と渡り合えるほどの戦力が見込めますでしょうか? 民衆の暴動も武装集団という表現がよいところで、とても歯が立たぬと察します」

「騒乱の中には駐在部隊の支援を受けているとしか思えないものや、政府関係者が手引きしているらしいものも数多くあります。また民間企業の協力を取りつけた一味の存在も確認しています。少数の暴動の裏には必ず多数の協力者がいます。潜在的には軍に匹敵する抵抗勢力があるハズです」

 それに、とグランが付け加える。

「我々のように現政権に抵抗したいと考える士官も多くいます。誰もが報復を恐れて行動を躊躇っているのです。一度火が付けばこの動きは瞬く間に広がるでしょう」

 断言するだけの確信が彼にはあった。

 ミス・プレディスの予言を肯定的に受け止めているグランには、もうひとつの計画がある。

「行動を起こすにあたって――」

 離叛の段取りに皆が手応えを感じ始めていると悟ったグランは言った。

「タークジェイの艦を沈めたあの少年を、我々の指導者として立てようと考えています」

 場がにわかにざわめいた。

「なぜですか? お二人をおいて他にはいないと思いますが……」

 この案には多くが否定的だった。

 名実ともに優れた重鎮が主導するからこそ叛乱も現実味を帯びるのであって、どこの誰とも知らない子どもを旗印にするなど不安しかない。

「気持ちはありがたいが、あの子の魔法に比べれば私たちは無力に等しい。それに彼を利用するようで悪いが、魔法で艦を跡形もなく消し去ったという事実は奇跡と言っていい。その事実を知れば、より多くの協力者が集まってくれると思う」

「私も同行していたので見ました。あんな魔法は初めてです」

 数名の官吏が同調した。

 科学が台頭してきたとはいえ、まだまだ魔法の力が人の優劣を左右する時代である。

 常識を超越した魔力の持ち主は尊崇と畏怖の対象に成り得た。

「納得できません。子どもですよ? 命を懸けるんです。遊びとはちがいます」

「いや、重鎮のお考えに委ねるべきだ。本当にクライダードなら心強い味方になる」

「殺されるかも知れないし裏切るかも知れない。大体、魔法の力で軍に敵うものか」

 賛否様々な声があがる。

 特にシェイドの特異性に頼ろうとする者と、奇跡は一度きりの不確かなもので何の役にも立たないとする反対派とが激しく衝突した。

「私はそうするべきだと思います」

 騒然となった場を収めるようにレイーズが言った。

 その声には確信を持った力強い響きがあり、全員が彼女に注目した。

「ここにいるのは政府の人間……私たちが行動を起こしてもクーデターにしかなりません。しかしその子が主導すればこれは革命です。圧政に苦しんでいた人々が、同じ民の中から現れた子に希望を見出す――協力者を……政府に立ち向かうために民の心をひとつにするには、少年を立てたほうがいいと思います」

 努めて冷静だった彼女は、言葉を紡ぐうちに熱を帯び始めた。

「一部の官吏が権力欲しさに行動していると思われては意味がありません。そんな薄汚い私欲ではなく、国のために立ち上がったと認められなければ、協力者は集まらないと思います」

 やや早口になりながらも整然とした理路は、反対派を唸らせるには充分だった。

 もちろん、それでもシェイド擁立に懐疑的な声はある。

 だが重鎮の発案であり、レイーズ、ガイストといった高位の者たちが揃ってこの意見を推したため、強硬に反対する者はいなかった。



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