6 悲劇的-10-
重鎮たちと通路ですれちがったレイーズはそこで初めて彼らの帰還を知った。
「お戻りだったのですね。申し訳ありません、お出迎えもできず……」
「今はそんなことを言っているときではないよ。それより状況は?」
「捜索隊が新たに71名の生存者を保護しました。官吏が……10名、61名が民間人です。大半が負傷していますが命に別状はありません」
「それは――」
二人は人数については考えないことにした。
「大変だっただろう。私たちも1名保護しているのだが医務室に空きはあるか?」
「使っていない部屋を急遽、医務室にあてました。軽傷ならそちらへ。ところで――」
レイーズは不安そうな顔をして言った。
「少し前、空が光りましたが……何かあったのですか?」
彼女によれば救護にあたっていた多くの乗員が、アメジスト色の輝きを目撃したという。
負傷者も同様で襲撃の記憶と結びつけてちょっとした混乱になっていた。
今は落ち着いているが光の正体は依然不明であり、乗員にも動揺が広がっている。
「ああ、それは――後で話すよ。込み入った話になるんだ。今はまず、この子の手当てをするのが先だ。皆には何も心配はない、と言っておいてくれ」
重鎮はそれだけ言うと、シェイドを連れて医務室に急いだ。
艦内は騒然としている。
生存者が逐次運び込まれ、その度に乗員が対応にあたる。
負傷者の数が多く、看護師たちは手当てに走り回るはめになった。
艦は最低限の医療設備しか持っておらず、傷の浅い者は治療を後回しにされる事態まで起こっている。
「心配しなくていい。怪我をしていないか念のために診るだけだから」
周囲を見回すシェイドに、グランは優しく言った。
「は、はい……」
彼は生きた心地がしなかった。
一度は生を諦めた彼は一転、自分がこれからどうなるのか気が気ではない。
捕獲された小動物のようにシェイドは二人に連れられて、急ごしらえの医務室に通された。
室内には4台のベッドとテーブル以外には何もなかった。
元々は乗員の仮眠室でいくつかの備品があったが、それらを放り出して応急処置ができるように空間を広くとっている。
各ベッドの間には簡易の仕切りが設けられていて、奥の様子は見えない。
シェイドはグランに勧められてそのひとつに横たわった。
二人は念のために頭から爪先まで丁寧に診たが、何カ所か擦りむいている以外には大きな怪我はなかった。
「これでいいだろう。擦り傷も治しておいたが、どこか痛むところはあるかい?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
二人が治癒の魔法を使ったのはわずかの間だったが、傷が癒えるとともに彼の緊張もようやく解けてきた。
先への不安はあるが、少なくともここでは命の心配はないと分かり、シェイドは簡素なベッドを心地よく感じた。
「疲れているだろうから少し休むといい。私たちは席を外すが、もし何か用があったらそこのボタンを押せば誰か来てくれるよ」
「はい、あの……何から何までありがとうございます……」
起き上がって礼を述べようとしたシェイドを、グランがそっと手で制した。
「気にしなくていい、今は体を休めるんだ」
彼はシェイドの頭を軽く撫でると、アシュレイと部屋を出ていった。
「………………」
シェイドはぼんやりと天井を眺めた。
体のどこにもおかしなところはない。
銃創は無意識のうちに彼自身が治していたし、それ以外の傷も重鎮が癒やしてくれた。
肉体だけなら今すぐにでも洞窟に潜って石をかき集められるくらいだった。
だが精神はそうはいかない。
あまりにも多くのことが起こったから彼の頭ではそれを処理しきれなかった。
ここまでの出来事を正確に順番に思い出すことができない。
感情的になったあまり、記憶が曖昧な瞬間もいくつかある。
「ねえ……?」
仕切りの向こうから声をかけられ、シェイドはそちらを見た。
「誰……ですか?」
「私よ」
仕切りからそっと顔を出した少女を見て、シェイドはあっと声をあげた。
「あの時は世話になったわね」
そこにいたのは以前にシェイドが助けたテスタ家の娘だった。
頭に包帯が巻かれているが相変わらずのよく通る声だったため軽傷で済んだのだろうとシェイドは思った。
「よかった、無事だったんだね」
彼が言うと少女は顔を曇らせた。
「私は、ね――」
表情と言葉から事情を悟ったシェイドは、思わず目を伏せた。
「あなたもそうなの?」
「うん……」
二人はしばらく無言のまま互いの痛みを共有した。
「僕たち、これからどうなるのかな?」
「分からないわ。この艦にいるのは悪い人たちじゃなさそうだけど」
「そうだね、助けてくれたし」
「さっきあなたを連れてきた二人組、一番偉い人みたいよ?」
「そうなの?」
「他の人たちの言葉遣いがちがってたから。あの人たちに訊いたほうがいいかもね」
少女の妙な落ち着きぶりにシェイドはソーマを重ねた。
彼がここにいたら、どこか面倒くさそうな口調で同じようなことを言っただろう。
少なくとも辺りを見回していちいち不安そうな顔をしたり弱音や恐れを口にしたりはしない。
「でも、あれこれ考えても仕方ないわよ。どうせ私たちに自由はないんだから」
この少女は自分の置かれている立場も状況も、当たり前のように受け入れていた。
達観しているのか、諦観しているのか。
とにかくその所作を彼は頼もしく感じていた。
成り行きから右も左も分からない艦に連れられ、何も見出せなかったシェイドにとって、彼女の存在は暗闇を照らすサイオライトのようだった。
「あ、名前聞いてない……」
「フェルノーラよ」
「うん、僕はシェイド。よろしくね」
「ええ」
すげない対応に、彼女は馴れ合いが嫌いなのかもしれない、とシェイドは思った。
(この子には親戚とかいるのかな……?)
シェイドはまた漠然とした不安を抱いた。
彼にはもう身寄りがいない。
一方でフェルノーラに保護者が現れたら、彼女が引き取られていく様を見送ることになる。
彼女だけではない。
ここには数十人の生存者がいる。
彼らにそれぞれ身内や引き取り手がいて、住む場所もあてがわれるのだとしたら。
そうなればひとり取り残された自分はどうすればいいのか――。
こう考えると彼は怖くなる。
先ほど彼女に感じたばかりの頼もしさは、孤独の種になった。
(僕は……どうなるんだろう……)
やがて重鎮がやって来るまで、彼はそのことばかり考えていた。
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