8 叛乱、興る-1-

 プラトウ襲撃から2時間後。

 エリミータ級巡洋艦はまず南下し、それから東に向かう針路をとった。

 政府軍との正面衝突を避けるためだ。

 加えて敵を撹乱すると同時に、各地の勢力に蜂起を促す目的もある。

「準備はできている、ということだな?」

『いつでもやれるのが俺たち、ゲルバッドよ。あんたに言われて静かにしてたから、どいつもこいつも暴れたくてうずうずしてるぜ』

「待たせてしまったな。しかしそれもここまでだ。お前たちにはできるだけ派手にやってもらいたい。ペルガモンの注意を逸らしてほしいんだ」

『殺ってもいいのか?』

「いや、できるだけ死者は抑えたい。止むを得ない場合を除いては殺傷を前提とした行動は控えてほしい。目的は敵戦力を分散させることにある。破壊活動も……後のことを考えると慎んでほしいところだが、そこはそちらに任せるよ」

『暴れろ、でも壊すな、殺すな、か。駄々でもこねろってか?』

 狭い通信室のモニターに、好戦的な男の皮肉めいた笑みが映る。

 このギル・コーションという男は、反政府組織ゲルバッドの幹部だ。

 数年前から各地で暴動を起こしており、鎮圧に向かった重鎮が捕らえた一人である。

 組織の全容を掴むために敢えて泳がせていたのだが、連絡だけはいつでもとれるようにしていた。

 あくまで政府を攻撃対象とし、民間人には一切危害を加えないやり方に理性的な正義感を感じたからだ。

「敵味方に関係なく、できるだけ犠牲者が出ないように――それが新たな指導者の願いなんだ」

 アシュレイは微笑した。

 いかにシェイドが強い力を持っているといっても、軍とまともにぶつかっては勝ち目はない。

 政府に不満を抱く者たちが各地で蜂起し、その騒乱に乗じてペルガモンに近づくには彼らのような協力者が必要だった。

『そいつは信用してもいいのか? 国を任せても大丈夫なのか?』

 ギルは真剣な表情で問うた。

 ゲルバッドの活動目的は現政権の潰滅であり、政権を奪取することではない。

 ただペルガモンに反対しているだけなので、その後の政治体制については明確な方針を持っていない。

 誰かに新しく政治を行ってもらい、それがまた民に苦痛を強いるものであれば壊す……ゲルバッドはそのための組織だった。

「優しい子だ。殺すどころか、傷つけることさえ躊躇う。虐げられる者の気持ちを誰よりも理解している。彼なら仁政を施してくれるさ」

『俺たちにも、か?』

「分け隔てはない。あの子は誰に対しても慈悲深いんだ」

『まあ、あんたのことを疑っちゃいねえが――』

「この作戦が成功すればお前たちも救世主を支えたとして名が残るだろう。それにペルガモンが倒れたからといって諸国との戦が終わるワケじゃない。国内もしばらくは混乱するだろう」

『ああ、あんたの言いたいことは分かった。そうなったら今度はこの国を守るために力を貸せ、ってことだろ?』

「話が早いじゃないか」

『さんざん暴れ回ってた俺たちが治安維持だって? 面白え冗談じゃねえか、おい』

 ギルは大仰に笑った。

『分かった、そのガキのことは信じよう。あんたらも今の立場を捨ててまでそいつを立てようとしてるくらいだ。希望はあると思っていいな?』

「もちろんだ」

 モニターの向こうでギルは両腕を組んだ。

 静かに目を閉じ、深呼吸する。

 その目が再び開かれた時、あるのは豪放で好戦的なテロリストの顔だ。

『よし、乗った! ゲルバッド最後の大仕事だ。48時間後、エルディラント中に特大の花火を上げてやるよ!』

「ああ、よろしく頼む。お前たち以外にも政府に反対する者は多くいる。一斉に行動を起こせばこの作戦、必ずうまくいくさ。これは今までの小さな叛乱とはちがうんだ」

 その後、仔細に打ち合わせをし、通信を切ってアシュレイは部屋を出た。

 そこにちょうどガイストが通りかかる。

「お顔が広うございますな。既に十数の団体や組織が動いたと聞いております」

「そういう仕事が多かったもので。幹部に温情をかけて活動を控えさせていたことが役立ちました。命令どおりに殲滅していたら、このような好機は二度となかったでしょう」

「これも時流でございましょう」

「ところで顔色が良くないようですが?」

 ガイストは取り繕うように笑った。

「亡くなったプラトウの民を想うと、禄を食みながら今、こうして生きていることに罪悪感を抱いてしまうのです。私めも彼らと同じように死すべきだったのでは、と……」

「生きているからには成し遂げなければならないことがある――そう思うしかありません」

 後ろめたさという点では同じ気持ちだった彼は、半分は自分自身に言った。

 この後、グランと共にシェイドに魔法の基礎を教えることになっている。

 これも彼の言うところの、成し遂げなければならないことだった。


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