第82話
「そこで我らは一つの選択を迫られた。このまま滅び行く運命を受け入れるか、あるいは運命に抗い戦い続ける道を選ぶかの、な。多くの者は戦い続ける道を選んだが、一部の者はその方針に従えず袂を別った。そして放浪の末に辿り着いた安住の地、それがこの里だったという訳じゃ」
「それでは戦うことを選んだ一派というのが……」
「うむ、十中八九アニス教と呼ばれる連中であろうな」
「……やはりそうですか」
しかしまだ疑問は残る。戦うことを選んだいわゆるタカ派は、アニス教を立ち上げて一体何をしようとしているのだろう。
「ヨギ様、では彼らは一体何をしようとしているのでしょう? 戦うことを選んだ、それと彼らの行動が結びつかないのですが……」
「そうさな、袂を別ってからの彼らの行動、それは儂にもわからん。じゃがおおよその予想を立てる事はできる。おそらく奴らの目的は、病気に強い体を手に入れる事。それしか考えられん」
「病気に強い体……?」
「うむ、大陸に逃れてきて三年目にリーダーが倒れると、人を仮死状態にする力を持つ男が新たなリーダーとなった。つまり、その男が生きている限りムーア人が滅ぶ事はないという訳じゃ。ならば自分が生きている間に、何としても病気を克服しようと考えたとしても、それは自然な流れではないかね」
「……確かに」
腑に落ちるとはこの事だろう。セネトは一人、バラバラだったピースが綺麗に収まるのを感じた。
察するに彼らの目的は、ラングルド大陸で最も病気に強いとされる種族、魔族なのだ。そして最終的に辿り着いたのが、魔族の王の血液を得て強い体を手に入れる事だったに違いない。とはいえその結論に達したのは、セネトの立場があったからこそ得られた情報による所が大きい。実際、他の四人はいまいち反応が鈍い。
「さて、儂から話せるのはこれくらいかの。少しは参考になってくれればよいが……」
「いえ十分すぎるくらいです。おかげで色々と合点がいきました」
「そうか、それはよかった。時に若人たちよ、見たところ魔導器使いが複数いるようじゃが、使いこなせているのは一人だけのようじゃな。どうじゃろう、何日かこの里に留まり魔導器の修行をしてみては?」
「えっ……?」
長老の口から出た意外な提案に、セネトは言葉を詰まらせた。彼もムーア人だから教えることは出来るのだろう。だが逆に、彼がそこまでする理由が分からない。
思わずセネトは他の四人の反応を伺うが、内三人の瞳は『お前に任せる』と語っていた。
「お主もじゃセネト。そんな根詰めた状態では良い案も浮かぶまい。リーダーたる者常に一歩引いて物事を判断しなければならん。そうでなければ、そのうちアズールのようになってしまうぞ」
「アズール……」
知らない訳がない。それはイシュメア帝国の宰相にして、アニス教のトップにいる男の名。そして先程のヨギの話から推測するに、アニス教とムーア人を率いて大陸に混乱をもたらしたその中心人物に違いない。
「そ、そんなに根詰めているように見えましたか?」
「うむ、相当な。里の外れには温泉も湧いている故、好きな時に使うとよい」
「はい、それではお言葉に甘えさせてもらいます」
温泉に心惹かれた訳ではないが、アズールのようにと言われて少し冷静になった。もとは彼も責任感のある立派なリーダーだったのかもしれない。立場や状況が人を狂わせることもある。ヨギの言う通り、一度冷静になってみるのもいいかもしれないと、セネトはそう思った。
「まずは基本知識から行こう。魔導器には大きく真打ちと影打ちがある。真打ちは最初から特定の人物に扱えるように作られた物で、特定の人物とその子孫のみが使うことができる。対して影打ちは使用者を特定せずに作られた物で、誰でも扱える可能性がある反面起動してみるまで誰が扱えるのかは分からない。この中だとレン、セリカ、ハルトの魔導器が真打ち、アンリが影打ちだな」
里の敷地内にあるとある広場。セネトがヨギの提案を受け入れたため四人もそれに従う事になった。しかし四人の前に立つのは唯一魔導器を持たないセネト。特にやることもなかったセネトだが、知識を伝える事は出来ると講師役に名乗りを挙げたのだ。
「そしてここからが本題だけど、どうやら魔導器には段階があるらしい。第一段階の〝守〟、これは単に魔導器が起動している状態で、効果範囲は武具のみに限定される。初歩的な段階でレン以外の三人はこれに該当する」
魔導器を手に入れたばかりのセリカとハルトがこの段階なのは当然として、そうでないハズのアンリもこの段階である。その事を本人も恥じているのか、苦虫を噛み潰したような複雑な顔をしていた。
「第二段階の〝破〟、これは第一段階で武具のみだった効果範囲を使用者本人にまで拡大させる。この段階のレンは魔術や魔導器の効果を一切受けないし、ラインクルズの前身硬化もこれに該当する。最後に第三段階の〝離〟。けどこれに関しては忘れていい。これに到達できる人は滅多にいないと言われているし、強さも効果範囲もマチマチでこれといった型が存在しない」
そこまで話した所で、セネトはふと四人に視線を送る。
「という訳で三人には〝破〟を目標に頑張ってほしい。レンは……三人のコーチングをしつつ暴発した時の抑え役だな。僕は離れで今後の方針を模索してるけど、練習相手がほしいときには付き合うよ」
手取り足取り教えるのかと思えばそうでもないらしい。それもそうか、いくら知識があっても魔導器を持っていないセネトでは教えることは難しかったのだ。
去ってくセネトを見送りながら、ふとアンリがセリカに耳打ちをする。
「ねえセリカちゃん、練習相手になるって言ってたけど、お兄さんって強いの?」
「う~ん……、私以上、お姉ちゃん未満って所かな。正確な所は私にも分からないの」
「えっ、そうなの?」
レンとセリカは幼い頃からイハサの元で剣を学んできた。だが剣の才能が無かったセネトはイハサの計らいで、ユズリハから呼んだ師範の元で武術を学んだ。あくまで護身術という名目の元、一度も手合わせをする事もなく現在に至る。
結局魔術師であるセネトが魔術を使うのは当然として、それでもレンには勝てないだろうというのがセリカの見解だった。
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