第81話

「ムーア人の里っていうからムーア人が沢山いるんだと思ってたけど……」



 少女は自身をヴァイダ名乗った。ムーア人の血を引いてはいるが、純粋なムーア人ではないらしい。彼女の案内の元、一行は遂にムーア人の里へと足を踏み入れる。



「ヒト族に耳長族に獣人族。いろんな種族がいるのね」



 セリカがそんな印象を口にする。


 里の中はある種の別世界だった。木造の建物からは独自の文化が伺え、狩猟を軸としながらも畑の存在も散見される。また水が豊富なのか、こんな僻地にありながら住民は皆清潔感がある。



「この里は元からそういう場所じゃ。大陸で迫害されるなりして逃げてきた者たちで構成されている。ムーア人もその一部という訳じゃな。純血のムーア人はとても少ない。大陸中のムーア人を一ヵ所に集めたところで、村一つ維持する事は出来んじゃろう」


「そ、そんなに少ないんですか?」


「うむ、長寿である一方、病気には弱く、また子供が出来にくい種族でもある。この里にいる純血のムーア人も、もはや長老ただ一人だけじゃ。もっとも、多いときでも五人しかいなかったようじゃがの」


「ええと、じゃあヴァイダさんは……」


「うむ、その中の一人が妾の母じゃ」



 その母を長老と言わなかったことから察するに、既に故人なのだろう。


 やがて一行は、里の中で最も大きな家屋へと案内された。大きいとは言っても里の中での話であり、ワンフロアでほぼ全てが完結している民家である。


 その家の一番奥、クッションの上に胡坐をかく一人の老人。彼こそが里で唯一のムーア人であり、長老なのだろう。



「長老、例の者たちをお連れしました。何でもムーア人について知りたいようです」



(……何かさっきまでと口調違わない?)



 目上の人が相手だから敬語を使っているのだろう。セネトはそう思う事にした。



「うむご苦労だった。下がってよいぞ」


「はい」



 そう返事をするとヴァイダは、



「座布団は好きに使っていいから、適当に座るのじゃ」



 去り際にそう言い残して長老の家を後にした。



「ざ、ざぶとん……??」



(座るのに使えと言っていたことから座るために使う道具なんだろうか……? それなら長老が足の下に敷いている物、あれが『ざぶとん』なんだろうか)



 見ると近くに何枚も重ねられたクッションがある。セネトはここから人数分を取り出し、長老の向かいに配置する。程無くして五人全員がそのクッションに座った。そして……、



「遠い所をよくぞ参られた。儂は里の長、ムーア人ヨギじゃ」


「この度は急な訪問を受け入れて頂きありがとうございます。僕はセネト。わけあって帝国及びアニス教と戦っています。アニス教の中心にいるのは、謎多き種族であるムーア人。ムーア人であるヨギ様なら、彼らの行動理念や弱点を知っているのではないかと考え、伺いました」



 畏まった場での言葉使いや作法を扱えるのは、何もセリカに限った話ではない。もちろん里の中での作法は分からないが、必ずしも相手に合わせるのが作法とも限らない。



「うむ、なかなか礼儀正しい若者のようじゃな、よかろう、話してしんぜよう」



 そう言ってヨギは、どこか遠い場所を見つめながら話し始めた。



「ここラングルド大陸からずっと東に別の大陸がある。儂らはみなその大陸から来た。ムーア人はそこで魔法文明を築き、栄華を誇っていたのじゃ。じゃが終焉は呆気なく訪れた。同じ大陸に住む異民族の侵略によってな」


「……文明を築いたムーア人よりも、その異民族の方が強かったのか?」



 レンが問う。



「そんな事はない。ムーア人はその多くが高位の術者。対して異民族は、術一つ使う事ができない蛮族じゃ。だが我らは戦いというモノをあまりにも知らなさ過ぎた。長らく平和を享受し過ぎたのかもしれんな。元々長寿だった我らは、人の死に触れる機会など早々ない。そんな状態じゃったため、異民族の野蛮極まる戦法の前に、何ら成す術がなかったのじゃ」


「ええと、それはどのような……?」



 セネトが質問する。こういった答えにくい質問をしてしまう所も、セリカに知識オタクと揶揄されてしまう由縁か。


 するとヨギは僅かに顔をしかめ、



「……そうさな、そなたたちがこれからも戦いに身を投じるのであれば知っておくべきかもしれん。我らと同じ失敗を繰り返さないためにもな。奴らの作戦で特に酷かったのは、捕虜を使った肉の盾。つまり我らの同胞を盾にした戦法じゃ。多くの者はその盾に攻撃する事が出来ず、出来た者も心に大きな傷を負った。他にも幼い子供を使ったテロや暗殺など、当時の我らの常識では考えられないような戦法が使われた」



 ヨギの言葉を聞いて、セネトたちは絶句する。確かに文明が進めば進むほど野蛮な事は出来なくなっていくものだろう。だがそれが原因で国が滅ぼされるなんて考えた事もなかった。



「そしてわしを含めた一部の者は船に乗りこの大陸に逃れてきた。温暖な気候と豊かな大地。心機一転を図るには理想の場所だと皆が思った。その時は……」


「その時は……?」


「うむ、大地に嫌われた、とでも言うのかの。我らの仲間はすぐに原因不明の病によってバタバタ倒れていき、当初三百人いた我らの仲間は上陸して僅か一年で半分以下、三年も経過する頃には二割ほどにまで減っていたのじゃ」



 三百人の二割なら六十人と言った所か。しかもこれは百年前の話である。



(数が少ない事は知っていたけど、まさかここまで絶望的だったなんて……)



 セネトにとって帝国もアニス教も敵である事に変わりはない。だがそんな彼らの境遇には流石に同情せざるを得なかった。

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