第83話
「ねえ前から気になってたんだけど……」
その日魔導器の練習を終えた女性陣三人は、そのまま温泉に向かって歩いていた。
「セリカちゃん達の魔力量、なんかおかしくない? レン様もセリカちゃんもムーア人並みだし、お兄さんに至っては軽くぶっちぎっちゃってるよ? 流石におかしいでしょ」
それは生まれつき魔力量の少ないアンリの妬みもあるのかもしれない。
「それは多分、パパが高位魔族だからだと思うよ。ガルミキュラはヒト族と魔族の混血がすごく多いの」
「なるほどね……って、それで納得できる次元じゃないでしょ。ムーア人の血を引いていると言われた方がまだ納得できるよ」
「そう言われても……」
一応嘘はついてなし、限定的な事を言えばその瞬間に自分たちの正体がばれてしまう。正直に話す訳にはいかなかった。
「きっとガルミキュラの作物に魔力を増やす作用のあるモノでもあったんだろう。深く考えるな」
二人の会話を聞いていたレンが助け舟を出す。レンを信奉しているだけあってアンリは、
「そういう事ですか。流石はレン様、すごく納得しました」
そうあっさり受け入れてしまう。そんなアンリにセリカは突っ込みを入れたくもあったが、また蒸し返されても困るので触れない事にした。
やがて三人は温泉の脱衣所に辿り着く。利用するのは初めてではないし、適当に雑談を交えながら、彼女らは衣服を脱いでいく。
「そういえばアンリちゃんって、元ヴァイスリッターなんだよね? 母国と組織を敵に回すことに抵抗はないの?」
不躾な質問だったかもしれない。しかし彼女はあくまで裏切り者。簡単に信用してしまってもいいものかというのがセリカの心中にはあった。するとアンリは少しムッとして、
「今更戻れるわけないよ、組織でも下の方だったおいらが、レン様相手にあっさり負けてしまったんだから。戻ったところで組織の面汚しとして存在を抹消されるのが関の山だよ」
「そうなの? でもお姉ちゃんに負けたからって別に恥じるような事じゃないと思うけど……」
今更だがレンは素手で魔導器使いを倒すようなバケモノだ。そんなレンに魔導器まで使わせたのだからある意味大健闘である。
「そういう問題じゃない、ヴァイスリッターは無敗の達人集団。敗北者は組織にはいらない。相手に関わらず、ね。そんな組織なの」
処罰ではなく抹消。つまり負けた隊員を存在ごと消す事で、ヴァイスリッターは負けてないと主張するつもりなのだろう。ふざけた話ではあるが十分あり得る話である。
大陸最強とも言われるヴァイスリッター。セリカも当然その存在は知っていたが、そんな手段を用いるヴァイスリッターが、急にせこい集団のように思えてしまうのだった。
やがて脱衣を終えた三人は、タオルを一枚ずつもって脱衣所から出た。脱衣所にいるときには気付かなかったか、どうやら先客が一名いたらしい。脱衣所に背を向けて湯船に浸かる、男性のような頭髪をした人物である。
「人がいる……。そういえばここって混浴なんだっけ?」
アンリが反応する。混浴というよりは男女別にするという発想自体がないと言った方が正しいか。
「そうね、でも長老様が気を使って、私たちが使う時間帯は使わないように里の人たちに言付けてくれてるらしいよ」
「……えっ?」
アンリがそういった時とほぼ同じタイミングであった。先客はぐるりと向き直り、三人にその顔を晒す、
「やあ三人とも。先に使わせて貰ってるよ」
男性のような、ではない。そこにいたのは三人のよく知る人物、セネトであった。
「いっ……いやあああああああああああ!!」
瞬間、アンリはつんざくような悲鳴を上げながら足元にあった木桶を投げつけていた。
「な、何をする」
狙いは正確だった。しかし反応できないような距離ではない。慌ててセネトは飛来した木桶を受け止める。
「何じゃないよド変態! 何堂々と覗いてるんだよ!」
「そうは言っても後から入ってきたのはアンリたちだろう。どっちかというと覗かれたのは僕の方だと思うけど」
「うっ……」
確かにその通りだ。落ち度があるとすればセネトに気付かず入ってきたアンリたちの方であり、セネトを非難するのは筋が通らない。アンリは、
「レン様から何か言ってあげてください! 乙女の柔肌を見るなんて、それだけで極刑に等しい大罪ですよ」
そういって援軍を増やす方向にシフトするのであった。
「そうだぞ兄、アンリも女の子なんだから、家族でもない異性に体を見られるのは抵抗があったはずだ。わてらと同じ感覚ではいかん」
「えぇ……」
一見するとアンリの意図通りに叱責してくれているようにも聞こえる。だがレンの言葉をそのまま解釈すると、〝自分たちはいいがアンリの体を見るのはダメ〟と、そんな意味にしか取れないのだ。
「ごめんねアンリちゃん。兄さんはずっと女所帯で育ったから、異性の体を見ることに抵抗がないの」
そして重ねて知らされる衝撃の事実。アンリの反応は至って普通のものではあったが、今この場にあっては少数派でしかない。
もはや自分が一体何に抗議しているのか、それすらも分からなくなってしまったアンリは、ヘナヘナとその場に座り込んでしまうのだった。
「しょうがないな、本当はもう少し浸かっていたかったけど……」
なんて言いながら湯船から出てくるセネト。そのままアンリの側を通り脱衣所へと向かうのだった。
「それじゃ、あとはごゆっくり」
終わってみれば、終始慌てていたのはアンリただ一人であり、他三人は至って平静だったというこの事件。この日を境にアンリが若干スレてしまったのは言うまでもない。
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